誕生日プレゼント
広場を通らず、遠回りして宿屋に向かう。
辺鄙な村だが、卸問屋がこの村唯一の店へ商品を卸しに、また風車の群を見るため観光客が来るため、小さいながらも宿屋はあるのだ。ただ後者は魔物の影響もあり、最近は滅多に来ないらしい。
らしい、というのも観光客が来ていたのは十六年前で、カインが産まれた辺りから、魔物が活発になり、徐々に観光客が減っていったのだ。故にカイン自身、観光客が沢山来ていた時期を知らない。
広場を通らないのは、少しでもナヤ達との接触を避けるためだ。
ヴェイツがカインと共に行動していると何処で聞いたのか、カインに対して風当たりが強くなった。ねちっこくはない。ただ、睨んで文句を言うだけ。小さい子供だから迫力もなく威圧感もなく、怖くないがやはり鋭い視線は痛い。
出来るだけ近道を通ろうとすると、エレンの祖父、サシと擦れ違った。挨拶だけして通り過ぎようとしたが、相手側に呼び止められた。
「おお、カイン! 誕生日おめでとう!」
「お、おう!」
顔が少し引きつったが、それでも元気に返事をする。
「ちょうどええところに会ったわ。これ、わしら一家から誕生日プレゼントだ」
差し出されたのは、小さな鞄だ。腰に付けるタイプで丈夫に作られている。ただとても古そうだった。
「旅のお供として持って行ってくれ」
カインが旅に出ることを知っている。田舎は噂の伝達が速い。村長か両親か、発信源は分からないが村人全員がカインの旅立ちのことを知っていてもおかしくはない。
「ツピルスの皮で出来たもんだから、まず破れることはない」
「ツピルス?」
「世界一頑丈だといわれた動物だ。五十年以上前に絶滅したから、もう手に入らん一品だ」
カインは目を見開く。
「古いが、あまり使ったことないし、ベルトも新品と取り替えといたから」
「え、それってめっちゃ貴重ってことか? 本当にいいのか?」
訊ねると、サシが笑って頷いた。
「いいんだよ。棚の中に仕舞われるよりも使われるほうが、物にとってもいいことだ。どうか使ってくれ」
サシと鞄を交互に見やって、カインは鞄を受け取る。
「ありがとう! 大事に使うよ」
「旅は過酷だろうが、頑張ってくれ」
サシと別れ、ヴェイツの所に向かおうとするが、村人と擦れ違うたびに誕生日プレゼントを渡された。中には顔と名前は知っているが、話したことはあまりない村人もいた。
プレゼントは主に、お小遣い程度の通貨だった。確かに通貨ならあっても困らないし、旅には必要な物でありがたく貰う。さっそくサシから貰った小さな鞄の中に通貨を入れていく。
通貨だけではなく、砥石や薬草、その他諸々も貰い、ヴェイツが宿泊している宿に着いた頃には、両手から零れ落ちそうな程の量になっていた。
宿の表には行かず、裏庭に向かう。朝は素振りをするのが日課で、ここにいる時は裏庭を使わせてもらっている、と本人が言っていたのだ。
裏庭に行くと、ヴェイツがグレイヴを振り回すように素振りをしていた。
「ヴェ、イ、ツ~」
名を呼ぶと、グレイヴを地面に突き立てて、カインのほうに視線を向ける。
そして、目を丸くした後、肩をすくめた。
「おいおい。なんだ、その大量の荷物は?」
「なんか誰かと会うたびに、誕生日プレゼントだって渡されて。旅に持って行けって」
「気持ちはありがたいが、全部は無理だな~。あっても使わんやつもあるし」
「だよな~。ちょっと、下ろすの手伝ってくれね? 落ちたら大変なことになりそう」
「はいよ」
ヴェイツが上の部分を持ち上げたおかげで大分軽くなり、ゆっくりと地面に下ろすことができた。
「ありがとな」
「どういたしまして」
ヴェイツも取った部分をその横に置く。
「しっかし一杯貰ったな。ツルハシなんて、鉱山に行くわけじゃないのに」
ヴェイツが苦笑気味に言う。
「ロープは……けっこう頑丈そうだな。これは使えるか」
「杖も貰った」
「杖は使えるぞ。ボードゲームは嵩むな……トランプくらいはいいか」
誕生日プレゼントを物色するヴェイツの服の裾を軽く引っ張った。
「なぁ。手合わせをしたいんだけど」
「ん? ああ、すまんすまん」
プレゼントから目を離し、ヴェイツはカインに振り向く。
「愉快なプレゼントばかりで、思わず漁ってしまった。勝手に漁って悪かったよ」
「いや、別にそれはいいんだけどさ」
何故謝れるのか分からず、カインは手を軽く振った。
「手合わせの後さ、プレゼントの選別してくれね? こんなにあると嵩むし、オレじゃどれか必要かわかんねーし」
「お安い御用さ。さて、手合わせだな。プレゼントは、宿屋のおっちゃんに預けるとして、離れた場所に移動するか。ナヤに見つからない場所はあるか?」
片手でグレイヴを担ぎ、ヴェイツはカインに問うた。
「バリラの森かな。あそこ、オレくらいの歳なら奥に行かないんなら入ってもいいけど、ナヤくらいの歳は入ったらいけないんだ」
「あの悪ガキが大人の言うことを、素直に聞くとは思えないんだけど」
「うん。でも前にこっそり入って、村長にこってり絞られたから、懲りているって」
「親じゃなくて村長か」
「ナヤの親、ナヤにすっげー甘いんだよ。しかも村長の孫だから、周りの大人も本気で叱れなくて」
「ああ、村長のお孫さんだったのね。どうりで取り巻きのガキたちの腰が低いわけだ」
ヴェイツが顎に手を当てて、視線を上に向かせる。
「ばっちゃんもたった一人の孫だから、可愛くてしょうがないって感じだし。村長だけなんだよな。ナヤを本気で叱る人間は」
テンベは村長の孫など関係なくナヤに接しているが、放任主義なので叱らない。
「オタクもナヤを叱っていたじゃないか」
「アイツ、生意気だからオレの言うこと聞きはしねーから。アイツがマジで堪えるの、村長の怒りだけだよ」
「へぇ。良いこと聞いた」
カインは首を傾げた。
「なに? ナヤの奴、しつけーの?」
「しつこいっていうより、喧しいな。ああいうガキは苦手なもんで」
「なんか分かるや、それ」
思わず苦笑する。
「あ、そういえば言ってなかったな」
「なにをだ?」
ヴェイツはグレイヴを担いでいないほうの手で、カインの頭をぐしゃりと撫でた。
「誕生日、おめでとさん」
「ありがとな」
カインは笑って返す。
母から、擦れ違った村人から、お祝いの言葉とプレゼントを貰った。
それなのに、プレゼントもなくはしゃいだ声色でもないというのに、ヴェイツの軽く言われた祝いの言葉が、この日初めての祝いの言葉のように感じた。
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