誕生日の朝

 誕生日はあっという間に訪れた。

 朝、窓から差し込む光で目が覚め、カインは左手の甲を見る。

 いつもと変わらない手。カインは落胆した。



「今日もダメかぁ……」



 重い体をゆっくり起こし、足をベッドから下ろす。いつもの朝は、起きたらすぐ身体を起こし、さっさと着替えて両親が待つ台所に行くというのに、今日は立ち上がることさえ億劫だ。

 こんなにも憂鬱な誕生日は初めてだ。去年までの誕生日は、大好物のチキンカレーだけではなく、他の好物も作ってくれるから楽しみにしていたのに。



「今日もヴェイツに手合わせしてもらおうかな……」



 三人で狩りをしたその日に十分な量の肉がすぐに穫れ、狩りをする必要がなくなった。その翌日には、干し肉や薫製など、テトの手伝いで保存食作りをした。カインは修理は得意だが、紐結びや包丁を使うとなると不器用になる。テトのようにいかず、悪戦苦闘をしていた。途中からヴェイツも加わったおかげで、すぐ終わった。


 それから、旅立ちの準備で忙しい合間を縫って、手合わせをしてもらっている。手合わせは剣か槍相手しかやったことがなく、ヴェイツの獲物、グレイヴのような変化球とは相手したことがない。そう言ったら、念のため経験したほうがいいから相手してやろうか、と申し出てくれた。その言葉に甘えさせてもらい、そうなった。


 朝、少しだけ手合わせをお願いしようか。この憂鬱な気分がまだ薄れるかもしれない。

 そう決めると、重かった身体がふっと軽くなったような気がした。

 立ち上がり、着替える。着替えて、剣を持って少し重い足取りで台所に向かう。

 台所の扉を開けると、ゼイロの姿はなく、ハンナが食事が並ぶ机ではなく、部屋の隅にある机で作業をしていた。


 鼻歌を奏でながら、服を縫っている。カインが明日、旅立つ時に着る予定の服だ。



「母さん、おはよう」


「おはようございます、でしょ!」



 上機嫌ながらも、いつものように小言を言い返してきたハンナに何故か安堵した。



「カイン、誕生日おめでとう」


「……うん、ありがと。父さんは?」



 いつもなら椅子に座り、カインが起きてくるのを待っているゼイロの姿がなく、ハンナに訊ねる。



「村長の家の風車が、急に止まったとかで先にご飯食べてお仕事に行っちゃったわよ。旅支度の最終確認は、帰ってからするって」


「わかった。オレ、食べたら出掛けるから」


「またヴェイツさんのところ? ご迷惑かけないようにしなさいよ」


「わかっているって」



 椅子に座り、目を閉じて顔の前で指先を合わせる。



「空の神よ、今日もあなた様の運命によって生かされることを願います」



 朝食の前の挨拶を終え、用意されていたフォークで、オムレツを刺す。口に含むと、タマネギの甘みとベーコンの旨味が口内に広がった。少し冷めてしまっているが、ほんのり暖かい。

 ゆっくりと味わい、ドレッシングがかけられたサラダも食べる。少し固いパンを、山羊乳で柔らかくして呑み込んだ。



「それじゃ、行ってきます!」


「いってらっしゃい! 早く帰ってきなさいよ!」


「おう!」


「こら! おう、じゃなくて、はい、でしょ!」



 いつもの小言を、右から左へと流し、家を飛び出した。

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