三人で
翌日の朝。ウキウキとした様子で、旅に必要な物を話し合う両親に付いていけず、ただ眺めていると、扉を叩く音がした。
ヴェイツだろうか、と扉を開けたが、そこにいたのはテトだった。
「テト! うっす!」
「はよ。テメェは朝から元気だな」
苦笑気味に言い、テトがカインの後ろを覗き込む。
「おじさんとおばさん、なんか盛り上がっているな」
「旅に必要な物をあーだーこーだって話し合っているんだ。途中からオレ、付いていけなくなって」
「あー……たしかにあれは付いていけないな」
テトの訪れを全く気付かないゼイロとハンナに、テトは半眼になった。
ただ盛り上がっていただけが、だんだんと白熱し始め、割り込めない空気になっている。
「で、なんの用?」
「狩りの誘いに来た」
「狩り? 一昨日したじゃん」
猪肉はまだある。それはテトの家でも同じことのはずだ。
「バーカ。旅の保存食用にだ」
「保存食?」
「いつ食べ物が手に入るか分からないし、ここから都はかなり遠いだろ? だから干し肉とか薫製を作っておこうと」
カインは合点した。カンデレラは山辺で大陸の端にあり、都は真反対の海辺にある。大人の足でも片道最低十二日はかかるのだ。たしかに備えたほうがいい。
「なるほどな! さすがテト! オレ、そこまで考えていなかったよ」
「だろーな」
テトは腕を組み、片笑む。
「狩りか。いいねぇ。俺も賛成」
テトの背後から、誰かがひょっこりと顔を出す。ヴェイツだ。
真横からいきなり出てきたヴェイツの顔に、テトが仰天し、その場から離れてヴェイツと向き合った。
「昨日の……!? どうしてココに!」
「勇者様に手合わせしたいとお願いされてね。それはそうと、狩りに行くんだろ? 俺も混ぜてくれないか?」
「なんでですか」
怪訝そうに顔をしかめるテトに、ヴェイツはへらっと笑った。
「村一番の弓使いの腕を見たくてな。勇者様、手合わせは後でいいか?」
「いいぜ! あとさ、勇者様じゃなくて、カインって呼んでくれよ」
「おう。俺も呼び捨てでいいぞ」
「勝手に話を進めるな。たく……しょうがないな」
テトが盛大に溜め息をつく。
「狩りの経験は?」
淡々とした口調で、テトがヴェイツに訊ねる。
「あるぞ」
「ならいいです。おれたちが使っている合図を道中教えるんで、覚えてくださいよ」
「分かった。ところで、あそこで白熱しているお二人さんは、カインの親御さんか?」
ちらり、と二人を一瞥する。テトが叫んだことに気付かなかったのだろうか。振り向きもせず、新たな来訪者に気付いた様子はない。
カインは頷いた。
「どうする? 狩りに行くって言わないといけないぞ」
「分かっているって! でも、どう割り込もう……」
「話しかけたくないよな。なんか巻き込まれそうで」
テトの言葉にカインは、うん、と同意する。そんな中、ヴェイツが一つ提案をした。
「なら、置き手紙を残しておくか?」
「それ採用!」
さっそく紙と羽ペンを取り出すために、棚に向かう。紙は魔物の影響で仕入れが少なくなってきている。一枚丸々使うと怒られるので、端だけを千切り、インクも少しずつ使いつつ羽ペンを走らせる。
飛ばされないように、コップの下に置き、そろりと二人の許に戻った。
「よし、行こうぜ!」
三人はそっと家を出て、歩き出した。
「狩り場はどこだ?」
「バリラの森っていうとこ。猪も熊も出るから気を付けろよ」
「了解。広場を通るのか?」
「通らないけど、それがどうかした?」
訊くと、ヴェイツは苦笑いをした。
「昨日の坊主……ナヤだっけ? アイツに会ったら面倒になると思ったんだよ」
「ああ……あんた、都から来たって言っちゃったもんな」
「なるほどな」
最初は訳が分からず、眉を顰めたテトだったが、都という単語を聞いて得心したように呟いた。
ナヤの都への憧れは、村人全員が知っている事だ。都の話が聞きたくて、ヴェイツを独占しようとするかもしれない。
「会ったら、狩りよりも都の話をしろって離してくれないだろうなー」
「勘弁してくれよ。離してくれなくて嬉しいのは、美女だけだね」
「教育的にも近付けさせないほうが良さそうだな」
ヴェイツの言葉を冷たい目で一蹴し、テトは先に行ってしまった。
「ありゃりゃ。健全な男子なのに嘆かわしいねぇ」
「妹がいるから仕方ないって」
「可愛がっているんだな……あ、そういえばアイツにも言わなくちゃいけないな」
なにを、と訊く前にヴェイツが前を歩くテトに向かって、声を張り上げた。
「昨日言い忘れたが、大神官に頼まれてオタクらの護衛を頼まれたんだ! ま、よろしく!」
「ハアアアアァァァァァァ!?」
テトの怒鳴り声にも似た驚愕の叫びが、辺りに響き渡った。
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