報告

 村長の家を出た後は、よく覚えていない。テトと言葉を交わしたが、会話になっていたのか怪しい。


 テトと別れ帰途についても、エルザの言葉が頭の中でぐるぐると回って、足取りがだんだんと重々しくなっていく。


 いずれはこの村と別れ、魔王討伐の旅に出ると分かっていたことなのに、いざ目前まで迫ってくると心が定まらなかった。

 ヴェイツはああ言ってくれたが、やはり不安になる。紋章が出ていない状態で、本当に旅に出ていいのだろうか。もしかして、自分が未熟だから紋章に認めてもらっていないとか。


 深く沈み込みそうになり、カインは激しく頭を振った。

 考えても仕方ない。とりあえず、この事を両親に報告せねばならない。

 これ以上考えないように、カインは全力で走り出した。


 帰宅すると、ハンナが笑顔で出迎えてくれた。



「おかえりなさい。村長の用事はなんだったの?」



 カインは一瞬、言葉を詰まらせた。何度も喉の奥で反芻し、ようやく絞り出す。



「あのさ、その……都からモイラ教の偉い人から伝言があって」


「モイラ教の偉い人から?」


「オレ、誕生日の次の日には旅に出なくちゃいけないって……」



 ハンナが目を丸くし、硬直する。

 おそるおそる母の顔を見ると、険しい顔になっていたが、カインと目が合うと一瞬で笑顔になり、声を張り上げた。



「あらあらあら! ついにその時が来たのね! お父さんにも言わないと! もう、そんな浮かない顔をしているから、なにかと思ったじゃない!」


「だって! いきなり言われたら!」


「ま、そうね。せめて一ヶ月前に言ってくれたら、こっちもゆっくり準備出来たのに」


「オレが気にしているの、そこじゃないんだけど……」



 カインは肩を落とす。その肩をハンナが力強く掴む。



「紋章が出ていないことを気にしているのね? 大丈夫よ。いずれ出てくるから。なんだってアナタは勇者! 間違いなく勇者なんだから自信持って」


「母さんは出てくるって思う?」


「いつになく弱気ね。思っているわよ。それに、いざピンチっていう時に紋章が現れて、それのおかげで助かったら、カッコいいじゃない!」


「おお! なるほど!」


「だから気にしないの! 分かった?」


「おう!」


「返事は、はい、でしょ!」



 ペシッと叩かれて、カインは呻く。だが、鬱々していた気分が晴れたような気がして、不思議と苛つかなかった。



「さて、お父さんに知らせないと! 旅に必要なものは明日から準備しましょうか。ということでカイン、帰って早々で悪いんだけど、またお使い行ってきてくれる?」


「またかよ! で、どこに?」


「材料の調達よ。カインが帰ってきたら、頼んどいてくれってお父さんが」


「分かった! メモは?」


「はい、これ」



 ハンナからメモを受け取り、ズボンのポケットの中に入れる。



「メモは落とさないようにしなさい!」


「分かっているって! 行ってきまーす!」



 元気いっぱいに返事し、カインは再び家を飛び出した。

 その背中が見えなくなるまで見送ると、ふっと真顔になる。先程の喜色に浮かべた顔とは打って変わって、心の底が見えない表情だった。冷たいともいえる瞳で、カインが去った方向を見据える。


 そしてハンナは踵を返し、早走りでゼイロがいる作業場へと向かった。

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