予言

 呼び出される理由を訊いてもテトは、さぁ、と答えるだけだった。



「昨日のこと、誰も言ってない、よな?」


「母さんにもアリシアにも言ってねぇよ。そっちはどうなんだよ」


「もちろん言ってないぜ」



 バリラの森の奥まで行ったとバレていたら、呼び出される理由は分かる。だが昨日は、自分たち以外に森に入った大人はいない。そして二人とも、誰にも話していない。だから、全く覚えがなかった。


 理由を考えている間に、村長の家に着いた。村長の家も例に漏れず風車が設置されている。ベルター家と同様、製粉しないので主に家庭用として使用されていた。

 テトは、ノックもせず、扉を開いた。



「村長、カインを連れてきました」



 村長は椅子に腰掛けていた。その隣には村長の妻、エルザがいて、椅子に座っている。

 村長とエルザがカイン達に視線を寄越した。



「ご苦労じゃった」


「テト、ありがとうね」


「いえ」


「じっちゃん、腰大丈夫かー?」



 昨日はギックリ腰で診察所に来ていた村長である。昨日今日で椅子に座るほど回復はしないはずなので、一応訊いてみた。



「ぶっちゃけ、今すぐ横になりたい」


「無理するなよー? ばっちゃんが心配するから」



 エルザが肩をすくめる。



「今更心配はしないさ。ま、いつも運んでくれる村の衆には迷惑をかけないでほしいけど」



「ばあさんが手厳しい」

「あ、オレを呼んだ理由ってなんだ?」


「とりあえず、そこに座りなさいな。ヴェイツさんも」


「いえ、俺はここで十分ですよ」



 聞き覚えのある声に、カインは振り向く。

 そこには、養鶏所に行く前に会ったあの男が腕を組んで、壁に凭れかかっていた。

 カインと目が合うと、男が片手を挙げた。



「よ、少年。さっきぶりだな」


「なんじゃ。もうヴェイツ殿に会っていたのか」


「まあ、広場で」



 歯切れ悪く答えて、カインは村長の向かいの席に腰を下ろした。その隣にテトが座る。



「さて、本題に入るぞい。本当ならゼイロとハンナも呼ぶべきなのじゃが、後で話すとして、まずお前達に話そう」



 重い空気が緩やかに流れてきた。その空気を肌で感じ、カインは背筋を伸ばす。



「そこのヴェイツ殿は、都のとある方からわしに……というより、カインに言伝を預かってきたのじゃよ」


「オレに?」



 広場で男……ヴェイツが、ナヤ達に説明した言葉を思い出す。

 あの時、ヴェイツは『村長に届け物』と言っていた。



「届け物って、言伝のことだったのか?」



「いや、正確には手紙だ。村長宛とオタク宛の」


「でもオレ、都に知り合いいないぞ?」



 親戚もいなければ、友もいない。だから、手紙を貰う覚えはない。



「とある方、とは誰ですか?」



 テトが村長に訊ねる。

 少し間を置いて、村長が答えた。



「モイラ教の大神官、ガディウス様からじゃ」


「大神官!?」



 テトが驚愕し、声を張り上げる。一方、カインは『大神官』という単語を、捻り出していた。



(えーと、ダイシンカンってたしか、モイラ教で二番目に偉い人……だったっけ?)



 モイラ教とは、空の神を信仰する宗教だ。カインが勇者であると記した、予言書『ハルメス詩歌』を保存している組織でもある。



「そのガディウスさま? が、オレになんだって?」



 もちろん、大神官とも面識がなければ、モイラ教の関係者にも知り合いはいない。

 村長が眉を顰めた。



「カイン……お前ももうすぐ十六だ。テトも十六になっている」


「あ、うん」



 五日後……十七のマグナスがカインの十六歳の誕生日だ。テトは、先月の十のキジュールで一足先に十六歳の誕生日を迎えている。



「それがどうしたんだ?」


「実は先日、新しい予言が発見されてだな」


「新しい予言?」



 カインが首を傾げる。新しい予言、とはどういうことだろうか。ハルメス詩歌はモイラ教が保管しているのではなかったか。

 カインの疑問を察知してか、テトが耳打ちした。



「ハルメス詩歌は元々一つの本で、なんだかんだでバラバラになってしまって、世界中に散らばったって、習っただろーが」


「そうだっけ?」



 村長が咳払いする。二人は改めて姿勢を正した。



「その新しく発見された予言によると、お前達はカインが十六になった誕生日の翌日、魔王を討つ旅に出るらしい。だから、予言通りに旅に出ろ、とのことじゃ」


「……………………………………………………………………へ?」



 村長の突拍子な……前置きはあったが、結果として突拍子な発言に、カインは素っ頓狂な声を上げた。テトもぽかんとした顔で、村長を見つめる。

 誕生日の翌日に旅に出る。つまり、六日後。



「い、いきなり言われても、困るぞ!」


「じゃが、予言がそう告げている」


「でも、まだ紋章が出てないのに!」


「紋章が出ていない?」



 黙していたヴェイツが口を開く。



「おお、そういえば話しておらんかったのう。実はカインの紋章は、カインが産まれて数日後に隠れてしまったんです」


「隠れてしまった?」


「おそらく、魔王からカインを守るために、紋章自ら身を隠したのでしょう。表面上見えませんが、紋章は確実にカインの左手にあります」


「ほ~。そんなことがあるのかね」



 顎に手を添えながら、ヴェイツが呟く。



「紋章が出ていないまま、旅出るのは不安だわな。けど、見えないだけで紋章があるんだったら問題ないんじゃないか?」


「でもなぁ」


「出てこないまま旅に出ても、旅の途中で出るかもしれないだろ? そんなに気にするなって」



 カインは俯いて、左手の甲をじっと見つめた。



「あの、お前達って言ってましたけど、それっておれもカインと一緒に……?」


「うむ。予言には『ヨランスの狩人』という人物が出て、その人物がカインと旅立つらしい。ヨランスというのは、国初の刻に登場する弓の名手。村一番の弓使いはテトじゃから、テトのことじゃろう」



 テトは開いた口が塞がらず、言葉を失った。



「いきなりでごめんなさいね。でも、予言通りに事を進めないと、魔王を倒せないでしょう? 魔王を倒す予言なんだから、予言から外れると魔王を倒せなくなるかもしれない。それは分かるわね?」



 エルザの言葉に、カインは力なく頷いた。



「紋章が出ていなくても六日後、あなた達は村から出なくてはいけない。それまでに準備とかしておきなさいな。心の準備も忘れずにね」

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