村の子供達
村に帰って即刻猪を解体。したいのは山々だが、猪は皮下脂肪が十分に冷えていないと、解体しにくい。それに、吊し上げて猪に残った水分を落とさなくてはならない。
肉を腐らせないため、猪を暖めさせないのが大事だ。よって、日向ぼっこは厳禁である。
ギルティア家の地下には、その為の地下庫がある。暑いこの時期でも、手がかじかむほどの冷気が充満している。そこに猪を吊り上げて、一晩置くのだ。
村に帰って、猪を地下庫に吊り上げて、その日は解散となった。次の日に、テトが解体した猪の肉を届けてくれる予定だ。
翌日。テトが家に来る前に、カインはハンナに、卵と野菜を交換してきて、とお使いを頼まれた。
卵を貰いに養鶏所へ行く途中、カインは広場を通った。
広場は村の中心部だ。そこには噴水がある。小さな風車をいくつも付けた噴水で、その風車の力を利用し地下水を汲み取る仕組みだ。そこは、村の憩い場でもあり交流の場でもあった。
いつもなら大人もいるが、今日は子供たちだけみたいだ。
カインは立ち止まる。その子供を群が何やら不穏な空気を醸し出していた。
この村の子供は数は少なく、年代によって人数が著しく異なる。
カインと同世代はテトしかいないが、アリシアと同世代は八人もいる。
あそこにいるのは、アリシアの同世代だ。その内の三人の男子が一人の男子を囲んでいる。
囲まれている男子は五歳のエレンで、エレンを囲んでいるのは、ナヤ、ブナン、バル。ナヤはガキ大将で、ブナンとバルはナヤの取り巻きだ。
最近、弱い者苛めが趣味だとアリシアが嫌悪感丸出しでぼやいていたのを思い出す。
どうやら、自分よりも小さく気が弱いエレンを標的にしたらしい。
エレンが涙目で逃げ出す。ナヤがエレンの背中に向けて、ボールを投げた。ブナンとヴァルもそれに続いてボールをエレンにぶつける。
「こらぁぁぁぁ!! なぁにやってるんだー!!」
カインが怒声をあげると、ナヤ達が大きく肩を震わせた。だが、怒声の主がカインだと確認すると、明らか様に安堵してふんぞり返った。
「な、なんだ! お前かよ!」
「年上にお前言うな!」
エレンとナヤ達の間に立ち、カインはナヤ達を睨む。
「ナヤ、ブナン、バル! 自分より小さい奴を苛めたらダメだぞ!」
「いじめてねーもん。遊んでやっただけだし」
ナヤがそっぽ向きながら屁理屈を捏ねる。
「泣いている奴にボールをぶつけることは遊びじゃない! 苛めだ!」
「エレンがよえーから、そんくらいで泣くんだよ」
ナヤが鼻で笑うと、ブナンとバルがそれに続いた。
「そうだそうだ!」
「おれたちは、ひとりぼっちのエレンと遊んでやっただけだ!」
「あー言えばこー言うな! 泣いた時点で苛めなんだよ!!」
「へりくつだー!」
「お前たちに言われたくないやい! ほんと、口が減らないな!」
カインはだんだんと苛々してきた。まだ小さいから、手を挙げたら悪いのは自分になってしまう、とぶん殴りたい衝動を抑える。
だがその衝動は、ナヤが放った言葉でスゥッと冷えた。
「だいたい、勇者だからって正義のミカタぶってるんじゃねーよ」
ピクッとカインの眉が動く。
「勇者のもんしょーはまだ出てないっていうし、ほんとーにカインが勇者かな?」
「エラソーだし、勇者っていう感じしねーし。勇者ってつえーんだろ? カイン、つえー感じしないし」
「カインが勇者なら、オレだって勇者になれるよな!」
「そうだよ、ナヤ!」
「ナヤのほうが勇者にふさわしーぜ!」
カインが何も言わないことを良いことに、三人は好き勝手に言い続ける。
カインは拳を強く握りしめ、歯を食いしばった。
悔しいような、悲しいような、怒りのような。そんな感情が液体のように混ざり合って、煮えくり返りそうだった。
その時、横から男の声が聞こえた。
「盛り上がっているねぇ」
聞いた事がない、低く落ち着いた声。村人ではないことは確かだ。おもむろに振り向こうとしたら、頭を撫でられた。大きく、ゴツゴツした手だった。
顔を上げると、見覚えのない男の黒い瞳とかち合った。切れ長だが、目尻が下がっている。麦色の肌はカサついているように見える。紫がかかった黒髪は畝っており、それが肩まで続いている。前髪は何故か右目のほうだけ長かった。
「な、なんだよ! 大人が入ってくるんじゃねぇ!」
突然現れた、見知らぬ長身の男性に狼狽えた様子で、ナヤが吠える。男は「おー、こわこわ」と肩をすくめながらも、余裕ありげに呟いた。
「ていうか、誰だよ、お前」
「しがない傭兵さ」
「傭兵? 傭兵がなんでここに来たのさ」
「村長に用があってだな」
「村長~?」
バルが胡乱げに声を上げる。
「都のとあるお方から、村長に届け物を頼まれてね。ここには初めて来たもんだから、場所が分からなくてね」
「都!? おっちゃん、都から来たのか!?」
「そうだぞー。兄ちゃんは都から来たんだぞー」
都、という言葉を聞いた途端、ナヤ達は目を輝かせた。
都は大人達しか行けない、子供にとっては憧れの場所だ。特にナヤは都会への憧れが強いらしく、一番男の言葉に食いついた。
「な、なぁなぁ! オレたちが案内するから、都の話きかせてくれよ!」
「おぉ。そいつは助かるねぇ」
男が軽く笑う。そして、カインの頭をまた撫でた。
「じゃ、またな。少年」
男の手が離れる。ナヤ達は、こっちだ、と男の手を引っ張った。
少し離れて分かったが、男は逞しい体格をしていた。傭兵といったのは事実で、かなりの修羅場を潜ってきたのだろう。体格もそうだが、晒している腕には大小の傷が数多く残っていた。男の背中には、斧のように大きな武器があった。刃が背中を覆うほど大きく、鉤爪が付けられている。
見たことない斧だな、と眺めていると男が顔だけ振り返った。そして、意味ありげに口の端を吊り上げる。
男は再び前を見た。ナヤ達に促され、去っていく男の背中を呆然と見送った後、カインははっとなった。
(もしかして……助け船を出してくれた、のか?)
もし、あのままナヤ達に言われ続けたら、怒りが爆発したかもしれない。そして、ナヤ達を傷付いてしまっていたかもしれない。
その前に止めてくれたのだろうか。
「カインお兄ちゃん」
エレンの声に引き戻され、カインはエレンを見る。エレンは小さな両手で、カインの左手を握ると、ふにゃりと笑んだ。
「あのね、ナヤくんたちがなに言おうと、カインお兄ちゃんは、ぼくにとって勇者、だよ?」
「……ありがとな」
エレンの柔らかい頭を撫でると、エレンは気持ちよさそうに目を細めた。
おかげで余憤は消え去ったが、それでも心に突き刺さった欠片を抜くことはできなかった。
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