遺跡
その後、猪は見つかりテトが弓で猪の動きを止め、カインが止めを刺した。
その場で速攻血抜きをし、カインの剣とテトが持っていたナイフを使い、内臓を取り出した後は、見つけた川に浸からせた。
川は底が深かった。川の流れは緩やかで、猪をしっかり固定すれば流される心配はない。
カインは意気揚々とテトを引き連れて、石の塔の麓を目指した。麓に着き、石の塔の全貌を目の当たりにし、カインは驚嘆した。
「うおぉ……」
「すげぇな……」
テトも感嘆の声を漏らし、石の塔を仰ぐ。
それは、正確には石の塔ではなかった。石で出来たピラミッド状の巨大な建造物だったのだ。人に放置されてからかなりの年月が経っているのか、蔦が建造物に絡まっている。遺跡と呼ぶのが正しいだろう。
塔だと思っていた箇所は、建造物の一番高い場所にある小さな塔のようだ。
壁のような基壇の上に四層の階層があるみたいで、天辺へと続く階段の途中に、その階層に続く回廊が見えた。
基壇の石は、煉瓦のように積み重なっていた。その一つ一つに見事な浮き彫り細工が刻まれている。それは一枚の絵になっているようで、圧巻の一言だった。
燻っていた好奇心が燃え上がり、カインは興奮気味にテトに振り向いた。
「オレ、天辺に行ってくる!」
「おいこら!」
カインはテトを置いて、階段を駆け上がる。途中、後ろを一瞥するが、テトが追いかけてくる様子がない。きっと、回廊を歩くことにしたのだろう。
階段を登り切った先には、また違った世界が顔を覗かせていた。
最初に見えた大きな塔を中心に円を描くように沢山の鐘に似た石の塔が並んでいる。それが三層。石の塔には、菱形の穴が規則的に複数開いており、中が見えるようになっている。
惹かれるように、穴を覗き込んだ。
「ヒッ!」
窪んだ目と目が合い、上擦った悲鳴を上げて後退る。
その中には、人の形をした何かがいた。石像というには明らかに違い、木像に近いが異質なその存在感がその可能性を否定する。
間違いない。干からびた、人のミイラだ。
女なのか男なのか区別がつかず、着ているものも風化して、ただの古びた布切れとなっている。手首を鎖に繋がれ、両手を挙げている形で、鎮座されている。
他の石の塔も、同じようにミイラが鎮座されているのか。
カインは心臓を氷のような手に掴まれたような、錯覚に陥った。
鳥肌が立ち、冷たい嫌な汗が背中を伝う。
膨らんでいた好奇心が一気に萎み、代わりに恐怖心が這い上がってきた。
この場にいたくない、早く離れたい。
硬直していた足を叱咤し、後退する。まるで、熊と遭遇した時のように、目を逸らさず、のたくさと。
足が自由に動くようになったのは、階段の前まで後退した時だった。拘束が解かれたとばかりに、一気に階段を駆け下りる。
一階目の回廊でテトがレリーフを眺めているのを見つけ、走り寄った。
「テェェェェトォォォォォォ!!」
大声で呼ぶと、怪訝な顔をして振り向く。
凄まじい形相をしていたのか、テトはカインの姿を確認した途端、明らかに身を引いた。
「ど、どうした? 天辺はもういいのかよ?」
「いい!」
力強く頷く。ミイラについて話そうかと思ったが、口を噤む。テトの為にも黙っておこうと思ったのだ。
テトは物怪顔でカインを見たが、理由を訊かず会話を続ける。
「だったら、レリーフを見てみるか?」
「そうだなぁ……」
カインはレリーフに視線を移した。
見事だとは思うが、レリーフに刻まれた彫刻が何を表しているのか、全く分からない。
「この渦みたいなもん、なんだ?」
「多分、海じゃないか?」
「海?」
「渦じゃなくて、多分波だと思うぞ」
「なんで海が見えない森の中に、海のレリーフなんか作るんだ?」
「さぁな。昔の人が考えることなんざ、わかんねーよ」
肩をすくめて、テトが歩き始める。どうやら、回廊を渡るつもりのようだ。レリーフが何を表しているのか分からないものの、今は一人になりたくなかったので、カインはテトに付いて行くことにした。
全ての階層のレリーフを見て回った所で、カインはテトに訊ねた。
「結局、レリーフは何を描いているんだ?」
「神話じゃねーか? 空と海の絵が描いてあったし」
「神話? 空と海?」
「ばぁちゃんから習っただろーが。世界の生い立ちの神話」
「え~と…………たしか、最初は空と海しかなかったっていうやつ?」
「そうそう。空の神と海の王しか存在しなかったっていうやつ」
最初、世界には空と海しかいなかった。
空の神、海の王しか存在しなかったのだ。
それを退屈に思った空の神は、五つの命を創り、世界に落とした。
それを寂しいと思った海の王は、海に生きる者たちを創った。
やがて、海に生きる者たちは明るい世界に焦がれるようになり、その下で生きたいと願うようになる。
海の王はその願いを聞き入れ、大地を創った。海に生きる者たちの半分が、大地に移り住んだ。
これが人と生き物の始まりである。
という内容のもので、最低限の知識として教えられる。
「にしても、なんで神と王なんだろうな~。神と神でもよくね?」
「知るかよ。神話作った昔の人に訊け」
テトは、吐き捨てるように言った。
「それにしても、これだけでかいのに、中に入る入り口がねーな」
天辺以外、一通り見たが、入り口らしき場所はなかったのだ。
「カイン。天辺に入り口はなかったのか?」
「え、え~と……」
カインは視線を泳がせる。
ミイラの容貌が、脳裏に蘇った。そういえば先にミイラを見つけ去ったから、天辺を調べることはなかった。
「な、なかったと思うぞ」
「ふーん……」
疑惑の目から逃れたくて、カインは今思い出したというばかりに声を張り上げた。
「あ! そろそろ、猪を揚げてもいい頃じゃね?」
あれから随分と時間が経っていると思われる。帰る時間もあるので、そろそろ引き上げないといけない。
「そうだな。行くか」
階段を下りていくテトの隣に立つ。下りながら、カインは天辺を顔だけ振り向いてみた。
階段の先、天辺には誰もいない。
だが、あのミイラの姿が見えたような気がした。
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