狩り

 狩りは、バリラの森と呼ばれている場所で行う。バリラの森はカンデレラを出て、すぐ北の所にある。


 狙うは、アリシア要望の猪だ。猪は基本的に昼行性で、警戒心がとても強く、慣れない場所には安全が確認出来るまで近寄らない。

 人里に赴いて作物を荒らすのは夜間だが、それは人間に見つからないようにする為だ。


 息を潜めて、慎重に辺りを窺う。猪は聴覚に優れ、人の気配を察知すると距離を置いてしまう。獲物を遠ざけてしまうような真似はしない。その分、曲がり角でバッタリと出くわす可能性が高くなるが、その時はその時だ。


 猪は熟練の猟師でも、気を引き締めなければならない。熟練といえない二人なら、尚更の事だ。


 猟犬がいれば猟が楽になるのだが、ギルティア家の猟犬は去年、テトの父の後を追うかのように死んでしまった。猟犬には子供がいなかった。去年は、村で子犬は生まれなかったこともあり、それ以来は猟犬無しで狩りを行うようになった。どこかの家子犬が生まれたら引き取るつもりだが、訓練をしなければならないので、今すぐ子犬を引き取るとしても、猟犬として活躍するには、最低一年はかかるだろう。


 うり坊がいればいいが、この時期にいるかどうかは微妙なところだった。


 前を歩いていたテトが屈む。テトがくいくいと指を動かし、後ろのカインに合図を送る。カインは、テトが見ている地面を覗き込んだ。そこには、玉のような動物の糞があった。それも複数ある。形と大きさを考えると、猪に違いない。時間はそれほど経っていないのか、まだ柔らかそうだった。

 テトが掌の上で人差し指と薬指を歩かせる。足跡を探すぞ、という合図だ。


 テトから離れ、地面を注視する。木の葉の音を立てないように払いのける。すると、不自然な窪みがあった。動物の足跡だ。一見鹿のようだが、すぐ近くに猪の糞がある事を考えると、猪に間違いないだろう。蹄の向きと糞の場所からして、これは糞をした後の足跡だ。

 テトを呼び、発見した足跡を見せる。テトはカインを見て頷き、顎をくいっと引く。行くぞ、の合図だ。


 より一層気配を殺し、周りの音に耳を傾けながら奥に進む。

 だが、猪どころか鹿の姿も見えない。



「なぁなぁ」



 森に入ってから、初めて喋った。



「なんだ?」


「今日はもっと奥に行ってみねぇ?」


「大人たちから、奥には行くなって言われているだろーが」


「いいじゃん。あと二年したら成人だし」


「今は成人してねーだろ」


「細かいことは気にするなって! それに、バリラの奥が何があるのか気にならね? もしかしたら、猪の沼田場があるかもしれないだろ?」



 沼田場とは、猪や鹿が水浴びに使う水場のことだ。猪は闇雲に森の中を歩くわけではない。食べ物を探す時以外は、決まった道を歩くのだ。沼田場も然りである。



「沼田場、か。確かにあるかもな」


「だろ? それにこのままじゃ、アリシアとおばさんに文句言われるかもよ?」



 間。カインを一瞥するとテトの口から、盛大な溜め息が出た。



「…………大人たちには言うなよ」


「あたぼうよ!」



 当然だ。怒られたくない。


 二人は再び無言になり、森の奥へと足を踏み入れた。

 獣の気配を感じないまま、二人は奥へ奥へと進む。


 水の音がして、その場を行ってみたのはいいものの、ただ川が流れているだけだった。

 とは言え、猪を見つける前に、水場を発見出来たのは幸運だ。捌くには水場が必要だ。仕留めたらすぐ血抜きをし内臓を取り出した後、仕留めた獲物の体温を下げる必要がある。そうしないと肉が臭くなるからだ。その為に流水にしばらく浸からせる必要がある。ダニなどを綺麗に洗い流すため、本当は海水で浸ければいいのだが、海に近いとはいえ、海との境に天高く聳え立つ岩山に囲まれたこの土地に海水なるものはない。

 なので、一時的な処理として川で体温を下げ、村に帰ったら塩水で処理するしかない。


 水場の付近で探索することになり、二人は慎重に気配を探る。


 集中力が切れた頃、カインはふと空を見上げ、あんぐりとした。

 森のその奥に、明らかに異質な物が突き立っている。石で出来た塔のようだった。黒ずんでいて、青く澄んだ空に浮き出ている。



「ああっ!」



 その存在を認識し、カインは無意識に声を上げた。



「静かにしろっ!」



 前を歩いていたテトが、小声でカインを叱咤する。



「だって、あれ、見てみろよ!」



 カインが指した方向を、テトは怪訝そうに見やった。石の塔を確認したテトが瞠目する。



「なんだ、あれ!?」


「な? な? そうなるだろ?」



 テトに確認させた後、カインは再び石の塔を見上げた。フツフツと湧き上がる好奇心を刺激させる容貌に、カインは漫ろになる。



「テト、なぁ」


「猪が先だ」



 カインが言わんとしていることを察し、テトは間髪入れる。カインは不満げに頬を膨らませた。



「でも気になるじゃんかよー」


「そうだな…………」



 テトは一間置いて、口を開く。



「猪を冷やしている間に行けばいいだろ」


「あ、そっか」


「ということで、ささっと猪を探すぞ」



 弓を抱え直し、テトは石の塔とは別の方向に踵を返した。

 一層やる気が出て、カインははやる気持ちを抑えながら、テトの後を追った。

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