親友

 クーリィとは母の女友達であり、この村唯一の医者だ。テトはクーリィの息子で、カインの頼れる親友である。


 テト・ギルティア。村一番の弓使いだ。去年亡くなったテトの父が猟師だったため、その後釜を務めている。毎日猟をやっているわけではなく、猟をやらない日は診療所の手伝いをしていた。


 ギルティア家は住宅兼診療所であるが、風車が回っている。ベルター家同様、製粉はしていないため家庭用だ。

 診察中、と書かれている札がドアノブに引っかかっている。それを確認して、カインは扉を開けた。



「こんちはー」


「あ、カインお兄ちゃん!」



 カインを出迎えてくれたのは、受付の窓から顔を覗かせているアリシアだった。アリシアはテトの妹で、今年で九歳になる。



「よ、アリシア。おばさん、今診察中か?」


「うん。村長を診ているよ。またギックリ腰になったとかで」


「またかよ!」


「腰って、一回いったら弱くなるんだって。だから仕方ないって、お母さんが言ってたよ。ねぇ、その野菜は?」



 高く括られた一つの赤髪の束を揺らしながら、アリシアは首を傾げる。



「ああ、そうそう。これ、うちで穫れた野菜。お裾分けしてこいって、母さんが」


「わぁい! おばさんに、ありがとうって伝えてね!」



 アリシアは嬉しそうに、受付でぴょんぴょんと跳ねた。



「テトは?」


「お母さんと一緒に、村長を診ているよ。呼ぶ?」


「いいよ。あとどれくらい掛かりそうだ?」


「うーんとね」


「アリシアー! ちょっと来て!」



 クーリィの声が響く。



「はーい!」



 アリシアが受付から姿を消した。受付から診察室へ続く扉を使ったのだろう。

 とりあえず、野菜を受付に置く。すぐ戻ってくると思い、待合室の長椅子に座った。


 視界に飛び込んできたのは、ボードに貼っている似顔絵だった。一回りほど年下の子供たちが書いたのだろう。なかなか個性的な絵がずらりと並べられていた。

 親や自分を治してくれてありがとう、と感謝を綴った似顔絵。微笑ましくなる。



「カイン!」



 診察室の扉から、赤髪の少年が出てきた。テトだ。身長はカインと同じくらいだ。翡翠色の三白眼と目が合い、カインはにっと笑う



「よ、テト! 村長の腰はどうだ?」


「大分良くなったけど、しばらくは激しい運動禁止だな」


「じゃあ、明日の稽古は休みか」



 明日は村長が稽古をつけてくれる日だった。稽古の日を楽しみにしているカインにとって、それは悪い報せであった。



「なあ、カイン。今から狩りに行かないか?」


「今手伝い中だろ?」


「母さんが肉食べたいっていうから、急遽狩りすることになったんだよ」



 テトは小さく溜め息をついて、肩をすくめる。



「肉大好きだもんな、おばさん」


「穫れた半分はそっちに回せってよ」


「マジで!? 鳥狩ろうぜ!」


「さては、おばさんに強請ってチキンカレーを作ってもらおうっていう魂胆だな?」


「なぜバレた!?」


「分かりやすすぎだっつーの。チキンカレーは、誕生日に作ってもらえるんじゃねぇの?」


「待てない!」



 元気よく即答したカインに、テトは大きな溜め息をつく。



「じゃ、剣を取って」



 踵を返して、家に戻ろうとしたカインの肩を、テトが強く掴む。引き止められ、カインは肩越しにテトを見る。テトは呆れ顔になっていた。



「テメェ……この前の狩りの時にうちに置き忘れたままだっただろ」


「あ」



 そうだった。大きくて肉厚が良い鳥が穫れて有頂天になり、解散場所だった此処に剣……ショート・ソードを置き忘れ、そのままにしていた。



「忘れるなよな。まったく。いずれは旅出るっていうのに、これじゃ先が思いやられるぜ」


「うぅ……言い返せない」



 頂垂れたカインの頭を小突く。



「剣、持ってくるから、待ってろよ」



 テトは受付所に入り、住居区に続く扉へ入って行った。



「カインお兄ちゃんって、お兄ちゃんがいないとダメだね」



「そんなことねぇって!」


「どうかな~? カインお兄ちゃんが旅に出る時は、お兄ちゃんと一緒じゃないと心配だなぁ」


「テトが村出たら、アリシア寂しいだろ?」


「うーん。さびしいけど、それよりもカインお兄ちゃんが心配だな。だから、お兄ちゃんを連れていってもらったほうが、せーしんてきふあんがないっていうか」


「無理に難しい言葉を使うな」



 テトが呆れながら、剣と弓を持って出てきた。



「アリシア。テメェ、おれが旅に出ても、一人で母さんの手伝いが出来るのか?」


「できるもん!」


「どうだかなぁ。一昨日、カルテをどっかに置いて、大目玉食らった奴は誰だったか」


「ううっ……! お兄ちゃんのイジワルっ!」



 楽しげに口の端を吊り上げながらテトが、ほらよ、と剣をカインに向けて投げた。カインは慌てて、それを受け止める。



「あっぶねぇな! 雑に扱うなよ!」


「へいへい」



 カインが声を張り上げても、テトはしれっと返事をする。



「じゃ、行ってくる」


「いってらっしゃーい! アリシア的には、猪が食べたいな!」


「見つけたらな」



 軽く返事して、テトは診療所を出る。カインもその後を追いかけた。

 診療所を出て、しばらく歩いた所でテトが口を開いた。



「というわけで、チキンカレーは誕生日までの楽しみっていうことで」



 ぽんっと肩に手を置かれ、カインは呆れながら了承する。



「はいはい……」



 なんだかんだで、妹には甘いテトであった。

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