序巻『勇者』
両親
風が強く、吹いていた。
カイン・ベルターは目を細め、風車の群れを見据えた。風を一身に受けた羽根が、ガタ、ゴトと大きな音を立てて、悠然と回っている。
カインはもうすぐ十六になる少年だ。亜麻色の髪を風に靡かせて、群青色の瞳を忙しく動かしている。溌剌とした顔を緩ませ、道具箱を持ったまま背伸びをした。肩を下ろし、隣にいる父、ゼイロに顔を向けた。
「なあ、父さん。今日の仕事はもう終わりだよな?」
「そうだな」
ゼイロは、自身の栗色の髪を掻きながら、頷く。ゼイロは平凡な顔立ちをしている。瞳の色は、黒曜石のような光が宿っているが、それ以外は至って平凡だ。
「だったら、今から自由時間でいい?」
「ダメだ。家に帰るまでが仕事だ。あと、ガルスさんちの風車の歯車を作るための材料があるかどうか確認しないとな」
「ちぇ」
唇を尖らすと、ゼイロは目笑した。
「なに。確認はそう時間はかからないさ。その後に、思いっきり遊びに行きなさい」
「おう!」
「返事は、はい、だろ?」
「あ、ごめん。つい」
「今は父さんだけだからいいけど、母さんがいる時は気を付けないと怒られるぞ」
「うう」
母の静かな剣幕を思い出し、カインは苦い顔をした。母のハンナは笑顔が絶えない、優しい母だが、言葉に煩いのだ。カインの口調を上品にさせたいらしく、返事をするたびに叱られる。朝の挨拶だってそうだ。カインはいつも「おはよう」と声を掛ける。だが、ハンナは少しだけ声を張り上げて「おはようございます、でしょ」と訂正してくる。これが毎朝である。いい加減、母も諦めればいいと、カインは心の中で辟易していた。
「さて、帰るか」
ゼイロが道具箱を持ち直し、家へ続く道を歩く。カインもその後を追いかけた。
風車が止まない村カンデレラ。
そう謳われるほど、この村は絶え間なく風が吹いている。実際、カインも生まれてこの方、風車が一斉に止まったところを見た事がない。
風車は全ての家に設置されており、製粉をするための風車が多数ある。カンデレラの周辺では、絵の具の材料として適した良質な岩と鉱石が採れる。そのため、カンデレラでは絵の具に使われる粉を製粉しているのだ。
カインの家は村唯一の風車修理屋を営んでいる。代々続いている家業で、今は父の代になっている。
カインは今、見習いの修理屋として父の手伝いをしていた。
この村には、学校という教育機関がない。月に二度、村長の妻が教室を開き、そこで最低限の知識を学ぶ程度だ。そして同じく月に二度、村長が子供たちに剣などの武器の扱いを教えている。村長は元々城に仕えていた兵士らしく、武術に関しては村一番だった。カインも来る日に向けて、村長の許で剣の稽古に励んでいる。
その日以外は、各家の手伝いをするのが暗黙のルールとなっている。
カインもその例に漏れず、家業である風車制作及び修理を手伝っていた。制作といっても、設計図を作り、現場監督になるだけで、一人で作っているわけではない。新しい風車を作る時は、村人が協力し合って作っているのだ。
まだ父のように大掛かりな修理は出来ないが、簡単な修理なら出来る。壊れた原因を特定できるくらいには経験を積んでいるつもりだ。
「なぁなぁ、父さん! 今度、歯車の作り方教えてくれよ!」
「いいけど、ちゃんと勉強もしなさい」
「えー! 勉強嫌だ!」
「嫌でもやらないといけないぞ」
ゼイロは苦笑しながら、カインの頭をぐしゃっと撫でた。
「嫌って言っても、周りがそれを許さないよ。特にお前相手だと尚更だ。勉強ができない、と陰口叩かれるのは嫌だろ? 勉強は絶対にお前の為になる。頑張ってくれよ」
そう言われると、ぐぅの音も出なくなる。唇を尖らせてそっぽを向いた。
頭では分かっているのだが、やはり嫌なものは嫌だ。
ベルター家は、村より少し離れた場所にある。他の家と同様、風車がついているが、カインの家の場合は製粉はしていないため、家庭用として風車が使われている。
「ただいま」
「ただいまー」
「お帰りなさい。早かったわね」
母のハンナが食器を洗っている手を止め、振り向きながら返事をした。
ハンナは美人という程でもないが、愛嬌のある顔をしていた。自慢の金色の髪を青色のリボンで軽く結っている。カインが産まれる前に亡くなった祖母の形見の品らしい。優しい翡翠色の瞳が、ゼイロとカインを見た。
「風車が動かなくなった理由がすぐ判明したから、すぐ終わったよ。歯車を作るから、木が余っているかどうか見ないと」
「お疲れ様。それなら、カインの手、空いているわよね?」
「いや、今から一緒に木の確認を」
「アナタだけでも出来るわよね? カインをお使いに出したいんだけど」
「いや、これも修行の内で」
「昔からやっているでしょ? もう確認の仕方なんて分かっているわよ」
ゼイロが項垂れた。母の勝ちである。
「お使いって?」
「クーリィさんのところに、それを届けてほしいの」
ハンナが指を差した先を見ると、机の上にザルに盛られている野菜たちが置かれていた。
「庭の野菜よ。見ての通り豊作なんだけど、多すぎてうちじゃ食べきれないから、クーリィさんのところにお裾分けしようかなって」
「そういえば、あまり収穫がなかったって言ってたな」
この村では、野菜は自宅の庭で栽培する。自分の家の分は自分の家で作る、というのが当たり前なのだ。
「届けてくれた後は、自由時間ということでいいから」
「マジで!? 行く行く!」
「テト君と遊ぶんなら、ちゃんとお仕事が終わったのか確認してから誘いなさい」
「分かっているって!」
野菜が盛られているザルを抱え、家から飛び出る。そのまま、一直線にクーリィの家へと駆けて行った。
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