第5話鳴海とひよりの休日は――!?

現在俺は渋谷駅周辺ハチ公像前にいる。

昨日の夕時に明日一緒に出かけませんか?とひよりに誘われたので今ここに至る。

普通は同じ寮に住んでいるのだから一緒に出るべきなんだが、先に行ってくれませんか?と言われてしまった。

昨日はあんなことがあったのに不思議な感じだ。

魔法使いによる魔法使いの選抜。RPGに出てくるようなモンスターと戦い、ギリギリではあったが無事に合格することができた。

一体どのような場所なのだろうか……?

魔法という概念が存在する世界。こことは全く異なる場所。謂わば異世界といって差し支えないだろう。

実に楽しみだ……。


「何をそんなにニヤついているのですか?」


どうやらひよりが到着したらしく一人ニヤついていた俺を不思議そうに見つめていた。


「……………」


「どうしたのですか?」


「いや……何でもないよ」


――――周りの視線が痛い……!


「天使が舞い降りた………!」


誰だよ今小声ながらも感極まったこと言ったの。いやその気持ちはなんとなくわかるよ!?

流行りの夏服コーデを取り入れており、ケバケバしさは全く感じられず清楚系女子という印象が強い服装。


「では、行きましょうか!」


こんな事には慣れているのかひよりは実に楽しそうに微笑みながら俺を呼び掛ける。

俺は駆け足で隣に並ぶと、


「今日は何で俺を誘ったんだ?」


今日は何故俺を誘ってくれたのかその経緯を尋ねてみる。


「今日は私用がもともとあったのですが、お礼もしたかったので」


「お礼……?」


再び尋ねるとひよりはこちらを見つめながら微笑を浮かべる。


「あの時鳴海くんが助けてくれなかったら、私は……死んでいました」


あの時とはきっと興奮状態にあったオーガが棍棒をひよりに振り降ろしたときに俺が抜剣し、受け止めたことを言っているのだろう。


「お礼なんていいのに、当然のことをしたまでさ」


右の頬を指先で掻きながら答えるとひよりはかぶりを振りながら微笑む。


「普通はその当然のことをそうそうできるものじゃありませんよ。だからお礼をさせてください」


ひまわりのように照り輝く夏の太陽のように笑うひよりを見ると自分も微笑まずにはいられなくなる。


「それじゃお言葉に甘えさせて………それでこれからどこに行くんだ?」


隣で並走していたものもこれからどこに向かうのかまだ見当もついていなかった。


「つい最近できたショッピングモールにでも行こうかと思いまして」


「あの駅の裏手に建てられた異様にばかでかいやつか……」


最近できたショッピングモールとは渋谷駅の周辺敷地に東京ドーム約9個分のモールが建設されたのだ。食品や衣服、インテリアグッズ、イベント会場等々あそこに行けば何でも揃えられると有名なのだ。

ショッピングモールに着く前に心を渦巻く疑問を確かめておこう。


「訊きたいことがあるんだけど……。ひよりは回復の指輪ってまだ持ってる?」


パステルグリーン色の指輪の所在を訊く。


「はい。何故ですか?」


こちらを眺めながらひよりは首を傾げる。

心渦巻く疑問とは昨日のオーガ戦のことだ。

あの時抜剣しオーガの棍棒を受け止めた時に俺の体を包んだ謎の光は一体……。

あの翡翠色に輝いた光のおかげでオーガの腕を吹き飛ばし倒すことができた。

甘いキャラメルを連想させるような茶色の瞳を見つめながら答える。


「自分の傷を癒したときのことを憶えてるか?あの時ひよりの傷だけでなく俺も何らかの影響を受けたんだが……?」


自分の顎をさわさわと触りながら考えていると横合いから、涼しげな風に乗ってひよりの声が届く。


「傷のせいで断片的ですがあの時は無我夢中でした。自分のことではなくどうにか鳴海くんを助けることはできないかと。……その時でした、指にはめていた指輪が眩く光始め私と鳴海くんを包み始めたのは」


「そうだったのか……」


少し俯きかげんに俺は低く話す。

人混みを掻き分けながら黙考する。

――――つまりコリシュ先生の言葉を借りると、ひよりは回復魔法が得意ってことか……?だとしても先生はこうも言っていた、「効力は精々骨折を治せる程度や相手をすこし燃やす程度なんだ」と。……炎魔法や回復魔法が得意というだけで効力以上の能力を発揮することができるのだろうか。

一人記憶の海に浸っているとそれを引き戻したのはひよりの柔らかい声音だった。


「着きましたよ、鳴海くん」


「お、おお……」


思わず感嘆の息が漏れてしまった。

今日が休日とあってか平日の倍以上のお客さんでごった返していた。

入り口付近ではクマの着ぐるみと風船を持った満面の笑顔の子供たちがじゃれあっている。実に楽しそうだ。

人の波をひよりと一緒に歩いていると俺に話しかけてくる。


「行きたい所が2階にあるのでそこまで行きましょう」


詳しい場所は話さずひよりは先にエスカレーターに乗り込む。俺も後に続く。

二階に到達すると一際大きな声が聞こえ始める。それは低くもなく高くもないちょうどいい高さで、キレイで澄んでいる声。


「シャナ様ー……!アイスクリームをお持ちいたしましたよ!」


「エ、エイス!ここではそう呼ばないって言ったでしょ!」


「な、何故ですか?シャナ様!」


そんなやり取りが人目をはばからず聞こえてきた。


「………」


―――何だろう。こういう人ってやっぱり相場が決まっているのだろうか?

こういう人とはエイスと呼ばれた青年のことだ。相貌から察するにきっと同じ年か一つ年上ぐらいだろう。メガネを掛けていてそのメガネが相まって知的にみえる。髪の色は夏の夕時のように明るい黄金色こがねいろ。美青年と言って差し支えないだろう。

シャナと呼ばれる少女は少し幼さを含んでいるが先程のやり取りからこの少女も同い年あたりだろう。

この少女の容姿も美青年に負けず劣らずだ。髪の色が雪の結晶のように透き通っている白髪。瞳はリンゴを連想させる。この子も美少女と言って差し支えないだろう。

そんな会話を尻目に俺とひよりは横を通り過ぎる。

通り様に美少女と目があった気がするが、きっと気のせいだろう。


* * * * * * *


骨董品屋アンティクウス………?」


俺は囁いた。

あの後ひよりの横を目的地までついていくと骨董品を専門に扱う店の前で足を止めた。――――やっぱり、珍しいよな……ここ。

一人ごちると隣から声が届く。


「鳴海くんはここで待っていてください。ここで……絶対に!」


ひよりは強く念押しをすると扉に手を掛け、綺麗な鈴の音を奏でると店の中に消えていく。


「どうしたんだ?」


一人取り残され疑問に思っていると。あることを思い出す。


「そういえばここに確か……あのネックレスが置いてあったような……」


この骨董品屋には何度か立ち寄ったことがある。

何故かというとここに気になるものがあるからだ。骨董品屋アンティクウスに初めて寄ったのは友人と三階にあるゲームセンターに迎う途中だった。物珍しく思い友人とともに入店したのだが、入店と同時に感慨深い思いが心の底から込み上げてきた。

店の床は花の模様が描かれたタイルを使用していて中世のヨーロッパを思わせるものだった。壁は小麦色―――――しかし全てが綺麗に手入れされているわけではなく少し煤けている。

そんな少し珍しい内装にどこか懐かしさをおぼえていた。

記憶の片隅がズキっと疼く。

―――幼い頃にこの光景を見たことがある……。

そんなノスタルジックな気持ちを抱きながら店内を見渡していると、一つのアクセサリーが目に留まる。

そこにだけ闇が存在するかのように真っ黒で、ふちを純白に染めている。そして中心には鮮血のように真っ赤な宝石が嵌まっている、十字架のネックレス。

それを見た瞬間。

記憶の深海から呼び起こされるものがあった。

朧気だが確かに俺はここと似たような場所を訪れたことがある。それはたった一人で訪れたのではなくもう一人。それはきっと女の子だった。詳しい容姿はおぼえていないが、太陽のように眩しくも明るく元気に笑う女の子だった。

その時に俺はこのネックレスに似た物をその記憶の女の子から貰ったんだった。

しかし朧気な記憶。その記憶が真実か定かではない。そもそもこの光景はどこで見たもので、そして、問題のネックレスは今現在手元にはないのだ。

シャリンっと心地のよい音色が耳朶をくすぐる。

オシャレな紙袋を手にしたひよりが出てきた。


「結構早く終わったんだな」


紙袋を手にこちらを見つめ。


「はい!いい買い物ができました……あと、これを」


骨董品屋でいい買い物って……。と心の中で一人苦笑をしていると。ひよりがあるものを差し出してくる。

それを両の手のひらで受けとる。


「これって……!」


ひよりから手渡しされたものを確認するとそこにはあのネックレスがあった。

先程まで考えていた代物を渡され、驚愕のあまり目を見開く俺にひよりは。


「以前、蓮くんと話していたのを聴いたものですから。これがお礼です」


微笑を浮かべながら優しく話す。

この骨董品屋アンティクウスに立ち寄るようになってから、友人の蓮に度々このネックレスのことを話していたのを聞かれていたらしい。

―――でもこのネックレス……


「いくらしたんだ……?結構値がはったような気がしたんだけど。本当に良いのか?」


少し声が上擦りながら俺が訊くと、ひよりは左右にかぶりを振る。


「良いのですお礼ですから。……もうお昼ですからご飯を食べに行きましょう!」


微笑みながら答え、5階にあるお食事処エリアへ向かう。

その様子を苦笑しながら眺める俺は、例のネックレスを首に掛け後を追う。


* * * * * * *


「ん~美味しい!」


目の前に座るひよりが上品にたらこスパゲティの麺を啜る。

それに倣うように俺も麺を啜り、息を吐く。


「本当だ。美味いな」


今まで食べてきた麺類の中で一番かもしれない。

たらことクリームが麺と絡み合い口の中で濃厚に広がる。そして、たらこのプチっとした食感。

そんな味の感慨に浸っていると、俺から真っ正面の席―――ひよりからだと真後ろ―――の席からある声が俺たちに聞こえてくる。


「シャ・ナ・様~。はい、あーん」


「や……やめんか!」


あのやり取りが聞こえてくる。2階に上がるためのエスカレーター出入口、目の前で繰り広げられていたやり取り。

コント染みた会話にゆるふわボブパーマの美少女、ひよりは訝しげに真後ろの二人を見る。

そして俺に聞こえるぐらいの囁き声を漏らす。


「また会いましたね。あの方たちと」


「うん……何か見てて楽しいな。飽きないよ」


呟きながらシャナとエイスを眺めていると、再び視線がシャナと交わる。今度は気のせいじゃない。こちらの視線に気づいただけだろうか。

目線を元の位置に戻すとひよりと目が合う。


「ははっ……!」 「ふふっ……!」


二人で笑い合い、食事に戻る。

そして次の目的地に向かう準備をするのだった。


* * * * * * *


二人分の影が黒く長く伸びる逢魔ヶ時。

少しの蒸し暑さを消す夏の涼しげな風がひよりの声とともに届く。


「あのショーは驚きでしたね」


「ああ。まさかヒロインの女の子が助けに来たヒーローに飛び蹴りをするなんて。思わず笑っちゃったよ」


二人の笑い声が人気ひとけの少ない道に木霊する。

一頻り笑い合うとひよりが謝辞を述べる。


「今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」


「お礼を言うのは俺の方だよ、寮生活を始めてからは引きこもり気味だったからちょうどよかった。ありがとう」


「これでは何のために出掛けたのか解りませんね」


「だな……」


再び俺たちの笑い声が閑散とした道に木霊する。

不意に小さくひよりが呟き始める。


「私たちが魔法学校に入学を果たしたら平凡な日常は変わるでしょうか?」


俺は夕陽の光を白い肌が反射させ一際存在感が増したひよりの顔を見つめる。


「詳しい話をまだ聞いていないので魔法学校の場所はわかりませんが。存在を知らないだけで、もしもこの世界に、もしくは別の世界に存在するのだとしたらいつかその世界にも慣れてしまい、飽きを感じてしまうのでしょうか」


ひよりの独白めいた言葉に耳を傾けていた俺も思わず考えてしまった。

――――― 魔法という概念が存在する世界。

言葉だけで表してみるととても楽しげな感じがする。これだけだときっと飽きなんて感じないだろう。

でも慣れてしまったら……。

そのあとは一体どう感じるのだろうか。

―――でもやっぱり俺は……。

気がつくと寮の門前に着いていたようだ。ロビーへの道を歩いているとその光景は昨日ととても似ていた。


「………?」


視界の片隅に白い物体が入る。

視線を左へ動かすと手紙が風に飛ばされてこちらに向かっていた。

―――――いやこの表現は間違っている。今現在風なんて吹いていない。無風なのだ。

厳密に言うと手紙が独りでにこちらに向かってきている。

無言で見つめる俺とひよりの目の前で止まり、開封部のシーリングスタンプがピリピリと破れ……。


「神崎鳴海、相瀬ひより殿、本校のご入学おめでとうございます。つきましては明日の明朝4時にお迎えに上がりますので、寮門前までお越し下さい」


と、女性の声で手紙が話す。


「吼えメール……?○リーポ○ターですか……?」


俺はそう問わずにはいられなかった。

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