2014年 3月10日 ①

 水憂と会ってから、数日が過ぎた。

 あれからオサムは何度か僕を家に呼ぼうとしたけれど、僕はそれを断り続けていた。オサムは水憂をひとりにすまいとして世話を焼いているのだろうが、僕から見るとそれは余計なお世話に見える。

 孤独が必要な人間はいる。オサムは独りでいることを好まない性質だから、そのことがきっと分からないのだろう。

 水憂はたぶん、僕と似ている。構われすぎると疲れるタイプの性格だと思う。誰かと同じ空間にいるというのは、それだけで疲れる。他人の息づかいが聞こえるだけでストレスになるということもあり得る。

 僕はあの子のストレスにはなりたくはなかった。

「すまん、サークルの用事でどうしても家を空けなきゃならんくなった! 留守のあいだ、家に居てくれないか」

 と思っていたら、オサムが家にやってきた。息を切らせて膝に手を突いている。

「誰かいなくても、一人で大丈夫じゃないのか?」

「そういうわけにもいかないんだよ。言ってなかったが、あの子、脚が悪いんだ。誰かが看ててやらなきゃいけないんだって」

 初耳だ。そういえば、水憂の部屋には真新しい車椅子が一台置いてあった。あれはそういうことだったのか。

「いやでも、俺が行っても水憂ちゃんも困るんじゃ……」

「もう時間ねえから頼んだぞ、佐伯! これ鍵! じゃ! 夕方くらいには帰るから!」

「あ、おい!」

 僕の手にオサムの家の鍵らしいものを押し付けて、彼は玄関先に止めてあったクロスバイクにまたがってすぐに遠くの方へ行ってしまった。

 僕は「オサムだから仕方がない」と心の中で何度か唱えたあと、いくらなんでも、友人だからといって実家の鍵を渡すのは無用心すぎるだろうと呆れた。

 正直、二人きりで水憂と顔を合わせなければならないという事実は僕を憂鬱にしたが、頼まれて引き受けた(引き受けさせられた)以上は、行かなければならないだろう。

 僕は適当に身支度をすませて、家を出た。






「こんにちは」

 部屋の扉をノックしても返事がなかったため、入ってみると、水憂はこのあいだと同じように部屋を真っ暗にして、スタンドライトの明かりだけで本を読んでいた。

 電気を点けてやると、こっちが驚くくらい大仰に驚かれた。よほど読書に集中していたのか、手に持っていた本を放り投げてこちらを怯えたように見ている様子に、申し訳なさが立った。

「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ」

「……」

「オサム、君のお義兄さんに頼まれて」

「……」

「様子を見に来たんだけど……」

「……」

 ベッドの上で、水憂がじり、と後退するのがわかった。警戒されていた。

 突然あらわれた男に対しては当然の反応なのだろうけれど、少なくとも彼女にとって僕は危険で信用に値しないと言われたようでショックだった。僕はこの数日で勝手に、水憂に対して親近感を覚えていたのだった。

「えーと……一応、君の世話をするように頼まれたんだけど、僕はなにをすればいい?」

「……」

「いつもお義兄さんがしてくれてることでいいし、教えてくれないかな」

 言うと、水憂の視線は部屋の片隅に置いてある車いすに向かった。

「それに……乗せてくれます……」

 小さい声だが、確かに言った。僕は頷いた。

「他には?」

「ご飯、持ってきてくれます……あと、本とかも……」

「それくらい?」

 こく、と小さな頭が縦に振られた。

「わかった。じゃあお昼になったらご飯を持ってくるし、必要なときは言ってくれれば車椅子にも乗せるよ」

「……」

 僕は椅子を持ってきて、前回と同じ場所に置いた。ベッドから遠すぎず、近すぎない場所だった。僕はさっき水憂が床に落とした本を拾い上げながら、言った。

「僕はここにいるけど、気にしないでほしい」

 とは言ったものの、水憂は落ち着きなく身じろぎしている。彼女の居心地を悪くしている僕も居心地が悪い。早くも僕はオサムの帰宅を待ち望んだ。

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