「コストコにはなぁ!!夢が詰まっとるんや!!」」

 船橋の車を目掛けて、川嶋由紀という砲弾が発射された。

「本当に、川嶋さんはイベントごととなると急にギアが上がるよな」

「確かに」

 西田と赤羽は、駐車場に続く道路を歩いていく。後部座席に乗り込むと、助手席の川嶋は下唇をぬっと出して「歩くんじゃない」と後輩二人を叱責した。

「で、どこに行くんですか」赤羽がミラー越しに、船橋に喋りかける。

「決まってるやろ。コストコや、コストコ」船橋が白い歯を見せる。

 赤羽は「コストコってあんた、あれ八幡市やわたしですよ!?下道したみちで一時間かかりますよ!?」と狼狽うろたえたが、西田は「やわたしってどこです?」と川嶋に尋ねている。共に京都に移り住んでちょうど一年経ったが、赤羽はコミュニケーション能力の高さが幸いし、学部の友人とともに関西をあらかた散策しており、京都の地理に関しては大体把握していた。

 川嶋が「八幡市っていうのはね」と説明を始めるのとほぼ同時に、船橋がえた。

「コストコにはなぁ!!夢が詰まっとるんや!!」

「肉、腐るぞ……」

 赤羽の心配などどこ吹く風といった態度で、船橋は京都市内から八幡市に向けて車を走らせていった。


「ゲン先輩!!見てくださいよこれ!!」

「アホ!!ワシの目ぇ潰す気か!!」

 赤羽が大型のキャンピングライトで、船橋の顔を照射した。あれだけ八幡市コストコに行くのを渋っていた癖に、いざ着いてみたら船橋と二人ではしゃぎまくっていた。来店して20分ほど、ああやって店内の商品で遊んでいる。

「男の子って、こういう巨大なスーパーに来たらテンション上がるんだね」

 川嶋は二人が遊んでいるところを、微笑ましそうに眺めている。後ろから無表情でショッピングカートを押してくる西田の方に振り返る。

「キタローは、楽しくないの?」

「いや、別に。どっちかと言うと、目的を済ませて早く帰りたいですね」

「人生は、過程を楽しまないと」諭すような言い方で、川嶋は笑った。「コストコと人生は違いますよ」と反論しかけたが、西田は口を閉ざした。格闘ゲームだったらどうだろうか。よく考えると、自分が強くなっていく過程に、楽しみを見出だしていた時期が確かにあった。これは川嶋が言うように、人生は過程を楽しむものなのかも知れない。

「川嶋さん、ちょっと来てくださいよ」

「え?なになに」

 赤羽が川嶋の肩を叩き、ワインコーナーに連れていった。過程を楽しむ。一人残された西田の頭に、川嶋の言葉が反響していた。


 結局、船橋と赤羽の遅延行為によって、目的の食材が揃うのに三時間を要した。川嶋に関しても、試飲のワインを赤羽に勧められるがままに飲んで、酔っ払って遅延行為に一役買ってしまったのだった。

「いや~~悪い悪い。すっかりくらなってもたなあ」

 船橋はハンドルを握りながら、悪びれずに言った。

「仕方ないっすよ。コストコには夢が詰まってますから」

 助手席に座った赤羽も、往路とはまるで別人のように、屈託の無い笑顔で船橋を弁護している。

「キタロー、おまえずっとむすーって顔してたな」

「いや、そんなことないですよ」

 突然、話を振られて、西田は動揺する。下手な嘘だったが、西田の精一杯の社会性だった。スマートフォンには、有名プレイヤーの対戦動画が再生されていた。三時間、西田は付き合いきれなくなってショッピングカートを押しながら動画を観ていたのだった。

 人生は過程を楽しむもの、それが真であるなら、格闘ゲーム以外の過程を楽しめない自分は、ずいぶんと偏った人間なのだな、とつくづく感じさせられた。

 ここは我慢だ。

 新入生歓迎会が最低なものになれば、有望な新人は入ってこない。こういう催事に関しては、自分が口を挟むより得意な人間に任せておいた方が無難なのだ。

 西田が臥薪嘗胆の思いで対戦動画を眺めている横で、川嶋は後部座席のシートに顔を埋め、すやすやと寝息をたてていた。

 

 

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