下鴨大学非公認サークル格闘ゲーム同好会

ひどく背徳的ななにか

「新入生歓迎会を行います!!」

 相手の致命的な技の空振りに、冷静にコンボを叩き込んでいく。幾千と反復練習を行ってきただけに、淀みはない。

「あーあ、また詐欺重さぎがさねに引っ掛かったよ」

 赤羽隆太あかばりゅうたが、悔しそうに敗戦の弁を口にすると、隣の勝者、西田幾多朗にしだきたろうの肩に手をやった。

「もうちょっと接待してくれよな、キタロー」

 西田は赤羽を一瞥すると、何事も無かったかのように、再戦ボタンを押し込んだ。大学の部室棟にある使われてない部室に、モニターとゲームハードを持ち込んで占拠している非公認サークル格闘ゲーム同好会。西田と赤羽は一年前の春、つまり入学と同時に、このサークルに入った同期だった。

 接待。西田はこの言葉が嫌いだった。格闘ゲームプレイヤーの中でよく使われるスラングで、手加減を意味する。西田という男は、そういったものとは無縁の人生を送ってきた。正月に親戚が集まって開かれるボードゲーム大会では八歳の従兄弟に圧勝し、小学校のドッジボールで最後に残った女子の腹に全力でボールを打ち込んだ。勝負は勝負。いかなる相手にも常に全力を出す。こういった西田の性癖に後ろ指をさす人間も少なからずいて、友人も少なかった。

 そんな西田は、高校生の時にゲームセンターの格闘ゲームに出会った。初めは一方的に負けていたものの、徐々に才能を開花させていく。帰り道は毎日ゲームセンターに寄り、対戦し、学習し、精度を高めていった。大学受験が目前となる頃には、その地区に西田に比肩するプレイヤーはいなくなった。全力を出しても非難されるどころか、むしろ称賛を受ける。格闘ゲームの世界は、西田にとって福音のように思えた。

「もう、やめだ。やめ。やってられるか、こんなクソゲー」

 赤羽は席を立った。20戦20敗、1ラウンドも取れなかった。赤羽も高校生の時はゲームセンターに通って格闘ゲームに熱を上げていたのだが、入学以来、西田には一度も勝てなかった。赤羽は粗大ゴミをそのまま拾ってきたソファに腰掛け、漫画を読み出した。

 ──やってられるか。西田の思いも同じだった。高校生の頃から、西田はがむしゃらに格闘ゲームに打ち込んできた。地域に敵がいなくなったので、敢えて地方を飛び出して、京都の大学に入った。それなのに、このザマだ。全力を出せば相手がいなくなる。格闘ゲームと出会う前と、何ら変わらない。大学に入学してから一年が経つ。西田は最近、見えない薄皮の中にいるように感じていた。ぼんやりと大学に向かい、惰性でゲームと向き合う日々が続いていた。以前は大火のように荒ぶっていた勝負に対する心が、ここ一年で小火ぼやに変わっていた。

「おい、キタロー」

 お世辞でも似てるとは言えない目玉のオヤジの物真似に振り向くと、サークルの先輩である三回生の川嶋由紀かわしまゆきが立っていた。

「あ、もしかして、またアカバネくんを虐めてた?」

赤羽あかばです」赤羽がすぐさま訂正する。

「キタローくん、本当に強いよね」

「そこまでじゃないですよ」

 西田はプラクティスモードで、コンボの確認を続けている。

若人わこうど二人よ!!今日は良いニュースを持ってきたぞ!!」

 芝居がかった口調で、高らかに、川嶋は満面の笑みで宣言した。赤羽は西田を見て、プラクティスモードを止める気配がないことを確認する。やれやれ、おれが聞かねばならないのか、といった表情で漫画を置く。

「なんですか、良いニュースって」

「よくぞ聞いてくれた!!」

 赤みがかった、ボブの髪がふわりと跳ねる。きらきらと、希望に満ちた大きな瞳と、ネイルを整えた人差し指が赤羽を捉える。

「新入生歓迎会を行います!!」

 ああ、もうそんな時期か。猶予フレームの少ないコンボの精度を確認しながら、西田はしみじみと考えた。去年は、格ゲーキャラクターのコスプレをした先輩方に囲まれて冷めきった宅配ピザを部室で食べる、という最低の歓迎会だった。10人くらいが参加したが、結局入会したのはおれと赤羽だけだった。非公認のサークルなので、予算は全て先輩方の自腹で、それもコスプレ衣装を買うためにほとんど消えたのだと説明された。

「今年は、去年の反省を生かして、普通に鴨川でバーベキューにします」

 赤羽は胸を撫で下ろす。コスプレだけは勘弁してくれ、と祈った甲斐があった。

「と、いうわけで、今から食材を買いにいきます。さあ準備して。ゲン先輩が駐車場で待ってるよ」

 ゲン先輩こと船橋元ふなはしげんは、来年度から、二度目の四回生をやる羽目になった非公認サークル格闘ゲーム同好会の主で、こういった催事は彼と川嶋が先導、もとい扇動するのがこのサークルの日常だった。

「ほら、キタロー。行くよ」川嶋に急かされる。赤羽は既に上着を着ている。

 西田はゲームハードの電源を落とした。新入生歓迎会は重要だ。強い新人が入ってくれたら、このくすぶった気持ちが何か変わるかも知れない。

 ハンガーに掛けていたカーディガンを取り、袖を通しながら西田は歩き出した。

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