第四話 ワイルドカード

「結果は?」

音もなく現れたレプトを見もしないでラプラスは問いをぶつける。

「ま、予想通りってとこかな。」

薄ら笑いを浮かべ、その感情は窺い知れない。いつも通りのレプトだ。こちらに歩み寄り手にした資料を机に落とした。拡がった紙に目を向ける。電子上の文章より何十倍も理解に時間を要するが、旧言語を知るものが限られた今、機密性セキュリティは悪くない。

「これまでに異常な行動を見せた個体の型番は全て同じ。これがネハ型にのみ起こると断定していいだろう。

 中身も漁ってはいるけれど、根本的な原因がわからない以上、このまま何もしなければネハ型の個体は全て暴走する可能性がある。」

たっぷりの沈黙の後、ラプラスはたった一言だけ。

「暴走、か」

二人の目線がぶつかる。睨むラプラス。ゆったりと微笑むレプト。二人の考えていることは同じだ。

 これは本当に"暴走"なのか。


 活動する全ての機械人形オートマトンには自律思考こころ補助機構の保有が義務付けられている。それは一つの指針となり、こちらが逐一指示を与えなくても大まかな達成条件で活動することを可能にしている。その中に我々には予期せぬモノがある…これはプログラムのバグではなく、書き込まれた予定通りの行動なのではないか。仮にそうだとしたら、『誰かが意図的に再開発区域で探し物をさせていた』ということになる。

「一体何を探していた…?」

それがわかったら苦労しないよ、とでも言うかのようにレプトは肩をすくめる。

「あの地点はちょうど研究所があった場所、それもネハ型の元になった試作体を担当してたの部署に近い。亡骸でも探してるんじゃないかな」

あいつ。『斜陽』を引き起こした張本人。ロストにとっては口に出すのもおぞましい名前。その名前を知る者はもういない。彼女の恐怖は私にも影響を及ぼし、はっきり思い出せないでいる。


わたしが調査するよりも、姉さんのほうが心当たりはあるんじゃない?姉さんはこの世界にごまんといる機械人形の中で唯一、人間の手によって作られた。生身の人間を見たことがあるのも、研究所を知っているのも姉さんだけ。」

ラプラスは眉をひそめ頭を横に振った。

「前にも言っただろう。

 斜陽が起こり、私は彼女ロストから"思考"を譲り受け、融合した。それ以前の記憶は複雑に混ざり合い、判別不可能な断片になった。のことはおろか、はかせのことすらも朧げなんだ。」

一呼吸置いてから、それに、と続ける。

「お前にもロストの記憶は入っている。何か思い出せることはあるのか?」

レプトは笑みを崩さぬまま答える。

「まさか!僕は姉さんと違うからね。定期的に記憶域ストレージを整理しなくちゃまともに動けない。もし彼女の記憶に関する部分があったとしても、”MOTHER”のどこかにガラクタと一緒に放りこまれてるよ。」

浅く溜息をつき、レプトに背を向ける。


「ネハ型…あいつが仕込んでいたのか…。何にしても、全個体を修正するのは…」

「難しいね。」

月宮殿つきのみやで活動している百万体もの機械人形は、たった4つの型を基にしている。ネハから始まる型番を持つ個体の数は、三十万にものぼる。機械の根幹、基本OSを触るとなればネット経由のパッチ配布というわけにもいかない。回収するだけでも多大な影響を及ぼす。

「…あいつの機械工学の腕だけははかせも信用していたんだがな。最初から己の欲望のためにしか動いていなかったということか」

「結論を急ぎすぎるのはよくないよ。どちらにせよ大事になる。あいつの手の内が判らないまま動くのは危険だ。」

あいつはもうここにはいない。それでも残した爪痕は深く深くこの地に刻みつけられている。その息はまだ濃い闇を包んで渦巻いている。その手は我々の首めがけて静かに近づいている。

「”MOTHER”は何と?」

「あいつの意図が絡んでいる可能性は大いにある。だが、確証がない時点での行動は更なる混乱を招くだろう、だってさ。

 ま、考えることは皆同じってことだね。」

MOTHERとは、月宮殿を統制する量子演算型コンピュータ及び内蔵OSの名称である。かつて研究所でシステム制御を担っていたマザーコンピュータをベースに大幅な改修を行ったもので、機械による人間文化復興計画のすべての指揮はこれによるものだ。現在も、資源採掘、交通システム、社会構築に至るまでありとあらゆる管理を担う。また、ラプラス達の機密情報を管理するのもMOTHERの役目だ。


 立ち込める闇を打ち払うようにラプラスは口を開く。

「我々は我々の使命を果たす。邪魔があれば取り除く。それだけだ。」

どこからか小人が一匹出てきて、机に置かれた書類を手にとる。

『ほぞんしますか?すてますか?』

『捨ててくれ』

ぴし、と敬礼を決め、どこかへ消えていった。その様子を見ていたレプトは愉快そうだ。

「姉さんは本当に8B型あのこたちがお気に入りだね。いま何体いるんだっけ?」

「12体だ。8B型こいつらには思考が無い。だから応用が利く。

 無い方が都合が良い事もある。」

「ふぅん?」

わざとらしく意味深長なレプトの態度を無視し、ラプラスは目を伏せる。

「あれから二千年もの時が経った。それなのに、たった1都市の形だけの復興をして…なにも進歩していない。」

「それは野暮な考えだね。生物が進化するには、途方もなく長い時間を要する。それは僕たちにとっても同じことだ。失ったものを取り戻すのは簡単なことじゃない。」

同意できれば少しは楽になったかのかもしれないが、言葉に甘えていられるは無い。

「ま、何かわかったら呼ぶよ」

レプトはそれだけ言うと、ゆったりとした足取りで部屋をあとにした。残されたラプラスは目を閉じたまま、腕を組みただじっとしている。その複雑な表情の中には、焦りや恐怖よりも深い悲しみが混じっていた。

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