第三話 斜陽

登録文書 第542573号

情報規制レベル:A

以下の文書は、管理官ドミナの直接の許可を得た対象のみ閲覧することができる。

カテゴリ:人類史

記録者:8B-0071-12



人間が核を手にする日はついに来なかった。人はただ傲慢にも怯え続けていた。その汚れた手が地球を歪めているのだと、自らの生命いのちをも穢すのだと知っていても、止まらなかった。

だから、人間が滅びるのは道理であった。

三度目の世界大戦は、実に人口の九割九分九厘を削り取って収束に至った。戦う者も、その相手もいなくなったが故に自然消滅したというのが正しい表現だろう。大陸の殆どは放射能に汚染され、死の大地と化した。被ばくに苦しめられながら巨大な地下空間が築かれた日本列島の某所は、十数万人規模が生き残る唯一の"都市"であったが…

たとえ技術が進み自律機械人形オートマトンが量産されたとしても、生態系エコシステムの崩壊した地球に人間が生き残る術は無く…人類は、地球から姿を消した。

この一連の出来事を、『斜陽』と呼称する。


というのが、"一般市民型"に人類史の終焉。この歴史に嘘は無いが、全てではない。後半にはまだ足りない部分がある。『斜陽』は、人類が消えるまでの道筋ではなく、人類を絶滅に追いやる決定打となった事件の名である。

 あの大災厄を生き延びたのだから、地下都市を築いた人々の多くは相当な有識者、もしくは権力者であった。しかし支持する人あっての権力…なんの策略が働いたにせよ、知識ちからの無い人間は自然に滅びるものだ。

 技術者達は少ない資源をかき集め、機械化メカニゼーションを進めていく。光、食料、空調、衣服…ありとあらゆる産業は自動化オートメーションされ、外界に触れる機会を極限まで減らし、人類はささやかな平穏を取り戻したかに見えた。だが…『過ぎたるは及ばざるが如し』。何人の生存も拒むこの環境の中で、人類は急速な進化を求めた。恐怖に追い詰められ歯止めが効かなくなった人々が、禁忌とされた技術に手を出すのは自然のことなのかもしれない。


-ヒトの思考の電子化-


それは、人類がヤワな肉体を手放し新たな生を手にする可能性。

そして同時に、が誰かに管理され、悪用される危険性。

それでも人は望んだ。もうそれしか無かった。

その為の機械人形オートマトンだった。いつか自分たちが入るであろう完全な身体を求め、機械工学は著しい発展を遂げ、ついに機械人形の数が人口を上回るまでになった。それが、今がこうして文明を築いている起源となる。

 さて、肝心のヒトの思考…つまり「心の電子化」は、人類の最期まで実用されることはなかったとされているが、実際にはこうだ。

 「心の電子化」技術は確立され遂に実用まで至ったものの、電子化された人々のデータが削除されてしまうという恐ろしい事件が起こる。当初はシステムの不具合や人為的ミスが疑われたが、開発者の一人が故意に行ったことが判明した。その意図は我々の預かり知らぬところだが、本人の述によると人形を作るだけ作らせた後、人間は滅べばよいと考えていたことが窺える。(音声記録:Q-■■■■-■■■を参照)

消されたか逃げ惑うばかりの人々の中で、彼の前に立ち塞がったのは助手を務めていた人物だった。これまでの悪事。不当に入手した赤子や、法に背いて作り出した人造人間…Archangel七曜の使者。全ては人類のためと、感情を押し殺して行ってきた事は、彼の身勝手でしかなかったのだ。命に代えてでも止めようとするが、人類はもう、彼の手の中で握り潰された後であった。人類史の最後のページは書き終えられようとしていたのだ。

  助手…”はかせ”と呼び慕われていたその人物は最期に言葉を残した。いつの日か、また地球に「いきもの」が戻ってくる日が来るはずだと。そして、そのために重要な鍵を遺したとも。

人類が消えたこの世界に、たったひとつだけ人間の心が存在する。あまりに膨大なデータ故にそれは3つに取り分けられ、それぞれ別の個体の中で機能している。一つは、ラプラスの中に。

人類によって生み出された最初で最後の完全なる自律機械人形、それが【カヲ,〇〇七一,一】ラプラスである。外部データの蓄積に基づく半自律ではない、ヒトと変わらぬ完全なる自律を初めて可能にした個体である。その思考を司る機構の一部に、生身の人間のデータが組み込まれているのだ。

七曜の使者の7番目にしてNo.lost番号なしの烙印を押された少女、通称ロスト。彼女の思考のおよそ30%が、ラプラスの中にある。


 機械人形たちは遺された言葉を最後の命令と受け止め、「いきもの」を取り戻す方法を模索している。とりわけ、人間を復活させる方法を。擬似的な心、人間の文化の再構築。全て戻ってくるであろう人間を考えてのことだ。ラプラスをはじめとする『ロストの後継人』もまた、そんな機械人形たちを導き、人類の復興への道を探っている。

 『斜陽』から約二千年、機械による地球上の文化復興から千年。西暦にして四六二〇年。有効な手段は未だ見つかっていない。


 沈み続ける船の中で、我々は夢を見ている。夢とは空想であり、予想であり、仮定であり、総ての期限だ。一度は滅びた人類を再び壇上に立たせること。それが正しいことなのか、私は知らない。ただそれを人が求めるなら、私は求めよう。その先が奈落だとしても。

我々に残された光は僅かだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る