その唇彩るなら 何者のモノでもない 貴女の彩を!

「あぁ………やっぱり傷、残ってるじゃない…」

自業自得とはいえ、イイ大人がまさかこんな所に傷痕作るなんて...都会アッチのスラムや闇市、セントラルイーストのチンピラに絡まれた時振りだから......数年振りって所かしら。

とりあえず、一応私も聖職者サービス業者。嫌でも人に顔を見せなくてはならない訳で…


「はぁ…とりあえず、“コレ”つけておくしかないわよね…」

久方振りに取り出したソレに視線を落とし、溜息と共に少し見窄らしい傷を隠す様、縁取りなぞっていく。前から思っていたけれど…やっぱりこれは派手過ぎるわ…何より私の好みじゃないし。コレを選んで押し付けたアイツのセンスって壊滅的よね。


「…スッゴイ発色イロ。まず、こんなの他人に贈らないわ…」

っていうより、全くもって私の好み掠りもしてないし…ある意味これも才能ね。鏡にいつもより発色の良い口元をじぃ…と睨み続ける自分が映っている。勿論、睨み続けたところでその色は変わらないし、もっと派手に品もなくその色を強く激しくしているみたい…まぁ、そんな事はないのだろうけれど。


「………はぁ。今日は何だか朝から最悪ね」

盛大に溜息を漏らし鏡の自分をもう一度だけ睨んでから、ささっと身支度と軽い食事を済ませ窓から差し込む3日振りの晴天。寝起きには少し眩しい日差しを感じて、悩みのタネ一つが解消された事と晴天の嬉しさに苦し紛れではあるけれど、多少の笑みが零れる。

ドア一つ隔てそこを通れば仕事先…さぁ、今日もどうか平穏な1日である様に‥そう祈りを我が主に捧げる。


「…さて。今日こそ我が主である神に祈りが届くと良いのだけれどね…」


 私が信仰し宣教すべき神は、どうも私の祈りには応えてくれないみたいなのよね…でも、本当にどうか2~3日は穏やかに平穏無事に過ごさせて頂戴。いくらこんな辺鄙な地へ出向している修道士にも、バカンスや休暇は必要なのよ?数日が無理なら、今日だけでも構わないから。だからどうかお願いよ。我が主サマ。この前、無益な血が流れなかった事と日頃の行いを大いに加味して、1日の賽の目や気まぐれを起こして下さいませ。


あと、あの2人が仲良くまた此処へ来てくれる様にも…なんだか2人して凄く暗い顔して帰っていったから。この辺じゃ遊び場が少ないみたいだし、何よりあの子達との交流は少なからず私の癒やしでもあるのよね。それと、貴族街裏のスラッグも此処の所バタついてるみたいだからそろそろ決着付けさせてあげて頂戴な。


‥あぁそれから、駐在所の若憲兵クンなんだけれど、彼女が浮気?不倫?してたそうよ。ここでお付き合いを申込んで受入れてくれたんですって。だから、破局なんてされたら信仰もあがったりだし…そっちもなんとかしなさいよ。

唯でさえ、この街の人達は教会ココへ滅多な事がない限り、立ち入らないんだから…あ、やっぱり訂正。立ち入りはこのままが良いわ。あんまり多いと大変だし面倒だもの。でも、駐在所の憲兵クン所はお願いね。あぁ、それと…。



  長々と我が主である龍神に祈りを捧げたけれど…どれか1つでも届く事を願いながら、次は教会内外の掃除ね。とりあえず、昨日内にしっかり教会内コッチは終わらせたから外なのだけれど…此処は、田舎だから‥雪が多いのよねぇ。昨夜は降ってる様子はなかったし今も天窓やステンドグラスの光の入り方から多分天気も良いみたいだから、ささっと街道と敷地を繋いで教会前までを片付ければ良いわね。っていうより、一人でソレをやるっていうのが無理難題なのよ。


こんな面倒な作業をする事になるって分かっていたなら、アッチで何不自由なくやっているであろう魔術師の友人に、雪除けの魔術でも呪言でも…いえ、一層そういったマジックアイテムでも錬成して貰っておくべきだったわね。

…近い内に手紙でもかいて頼んでみようかしら?きっと嬉々として貸出すなり作ってくれるなりしてくれるだろうし………本人が来ちゃうなんて事は…まさかないわよ、ね?

いづれにせよ新しい便箋と切手を買ってこないと、もう予備がないのよね。アッチに報告書送る締切がえぇっと…今週末だしその時に買い足してその場で用件をしたためてまとめて送ってしまいましょう。







 何時もより厚手のコートと手袋、あとマフラーをぐるぐる巻いてさぁ、面倒事を片付けにいざ外へ出てみれば、さっき我が神に話をした若憲兵クンが一人黙々と雪掻きしてるなんて思いもしなかったわ。神様はなんのつもりなのかしら…なんて思っていたけれど。やっぱりなんかあった訳ね。お礼にお酒でもって誘ったは良いのだけれど…まさかあの実直な若憲兵クンが、お酒が入るとあんな風になるなんてねぇ‥もしかして浮気の原因ってあれなんじゃないの?彼には大変申し訳ないけど彼女さんの気持ちはわからなくもないわ。えぇ。


 まぁ、面倒事にしたのは私でもあるし…介抱とまではいかないけれど、相手してあげて愚痴を聞いて序に『その酒癖は、オタク。アウトよ』ってだけ伝えたからまぁ良いんじゃないかしら。まぁ酔っぱらいになんたらって言うくらいだし、きっと覚えてないかも知れないけれど…。

とりあえず、早々にお帰り頂けれたのは良かったけれど‥帰り際の『司祭どの、今日は、ここセクシーですね。この後、ご予定ですか?』は余計だっつうの。あのアホ憲兵は。一層もうしらばらく彼女さんと喧嘩してればいいわ。もう、折角気にしない様にしてたって言うのに…


 あぁーーーー……もう、気になってきたじゃない。もう、一層傷が見えても良いから今から落としてきましょう。時間的にも一番面倒なアレも来てもおかしくない頃合いだし‥絶対面倒な事が起こるのは、目に見え…



「…もし、聞いているか?」

「…は?」

「やあ、“おはよう”私の愛しいマリア」

「……何でこのタイミングで来るのよ……最低」

「…?このタイミングとは?」

「いいえ。コッチの話。どうも、伯爵様」


 本っ当なんで?こんなタイミング悪く来るのよ…咄嗟に首周りに巻いたままでいたマフラーで口元を隠せたのは、不幸中の幸いね。訪ねてきたアチラも気づいていないみたいだし。適当にあしらってさっさとおかえり願いましょう。それが無理ならそれっぽい事言って‥一度、席を外させて貰ってそのまま篭城させて頂くわ。何せ今日は極力他人と顔なんて合わせたくないのだから。


「今日も、貴女の言葉を借りるなら『今晩も冷えている』っというのだろうか?」

「え?そうかしら。今日は幾分、寒さは和らいでいる気がするのだけど?」

「そうなのか?」

「えぇ?なんで、そんな事聞くのよ。オタクだって寒いのくらい解るでしょ?」

「まぁ、そうではあるのだが…」

「なによ。はっきり言いなさいな」

「貴女は、冷え性でだったのは、初耳であったからね?」

「………は?」

「随分と暖かな格好をしているのでな。てっきり、貴女はとても寒がりなのかと」

「あぁ…」


 そう言われて己の格好を思い出す。コレが来る前の更に前、雪掻きをするのに羽織っていた厚手のコートと作業中曇り出して寒くなり取りに戻った耳あてとニット帽。そして今、最も見せたくない口元を覆うくらいにぐるぐる巻きにされたマフラー…ソレに加え、この室内なかは大型の薪ストーブを焚いているから暖かい。確かにこんな格好してるのなら、極度の寒がりかこれから外出でもするかのどちらかよね。変な所良く観ているのよねぇ…本当に。


「ちょっとね。日暮れ前まで、外に居たのよ」

「ほぅ。外出?」

「そこまでオタクに、話す必要はないと思うのだけれど?」

「…まぁ、確かにそうだが。興味本位、というものだと思ってくれて結構だ」

「じゃあ、ノーコメントよ。オタクは私のなんでもないんだし」

「……」

「そんな顔しても、だめよ。今日は疲れてるから、要件があるなら早く済ませて…」

「…マリア」

「バニカよ。何?」

「口元をそんなに覆ってどうしたのだ?」

「…っ。」

「どうしたんだ?」

「‥ほっといて頂戴。今晩きょうはとても疲れてるの、もう良いからしら?ガーネット伯爵」

「オイ!待て!」


 なんで、そこに気がつくのよ!まぁ、あからさまに口元だけ隠してるみたいにしてるのが悪いのは理解ってはいたけれど‥どうしてそこをあえて突っ込んで聞いてくるの?馬鹿なの?いや馬鹿よねコイツはーあぁ!もう!自分がアホらしくなって来た…申し訳ないけれど此処でお開きにさせて貰うわ。


 くるりとまだ訪れたばかりの客人に背を向けて居住部屋プライベートルームに向かって歩き出す。そこまで行き中へ入ってしまえばアレは絶対追って来ない。(そういう所は、分別があるといえば良いのか‥マナーがなってるというのか‥判らないけれど…)兎に角、己が城まで一目散に早歩きで向かう。背後から『待てといっている』だの『余計な詮索が過ぎた』だの『すまなかった、待ってくれ!』だの色々聞こえてくるのだけれど、今日は生憎何時も以上に、虫の居所が悪いのよ。そう念じながらあと腕を伸ばせば、安寧の地への扉に手が届ーーーー



ドンッ!


「…はぁ?ちょっと、オタク。何やってんの?」

「………すまない」

「何が?」

「余計な詮索をしてしまった事と、この行動自体についての謝罪だ」

「謝ってなんでも済むなら司法も憲兵もいらないわよ」

「…そうだな」

「どいて」

「できない」

「疲れてるのよ」

「あぁ。先程聞いた」

「じゃあ‥」

「だから、どうせ、これで、今日は終わりなら…」

「…っちょ!」


 あぁーーなんで、こいうことするのかなぁ…やっぱりコイツの事、全くもって理解らない…どうみたって私、嫌がってるでしょうが!って言うより扉とコレと板挟み?えぇっと…壁バタン?いやこれ扉だから扉どっかん?とか言うのだったかしら?何にせよ、ないわぁ‥とか現実逃避を始める私の脳内は我ながらなんともお気楽なモノね。そんな風に思ってる内に口元を隠していたソレを軽くずり下げられて、暗がりだろうと発色は褪せないであろう唇が人目に晒されて…

 


「「………」」

「…なによ」

「………」

「…オタクが見たいって思ってやったのでしょ?」

「…………………」

「ちょっと!なんか言ったらどうなの!?」

「それは……んだ?」

「え?」

「…それは、誰の為に、つけたんだ?」

「はい?」

「想い人か?」

「は?」

「それとも、故郷にいる恋仲の贈り物か?」

「いや、ちょっとま‥」


 え?ちょっと何?怖いのだけれど。眉間にしわ寄せたかと思ったら、じっと見つめるとか凝視するとかのレベルを通り越して睨みつける‥いいえ。殺意よ殺意が篭ってるし…別に私、悪くないじゃない。オタクは私の恋人じゃないんだから!何で私がこんなに気まずい雰囲気に晒されなきゃならないのよ。っていうより人の話を聞きなさいよ。オタクの愛しのマリアでしょ?私は。


「………虫唾が走るな。この趣味は」

「…悪かったわね、贈り主が悪趣味d!?」


 ……………………良い?今、起こったっていうより、起こってる事を説明してあげる。今、アレが指先で下唇をなぞったと思ったらその、あれよあれ。致してるのよ。此処まで来たらある程度察して頂戴。もう照れるとか初な年頃じゃないから言い淀んでる訳じゃないのよ。驚きと何とも言えないショッキングさに私の脳内が思考停止の緊急信号を送っているのよ。だから、察しなさい。後、他言無用。言ったら全身全霊で天罰を下してもらうから。良いわね?他言無用よ。


「…頬叩かれるのとナニを蹴り上げられるのどっちがお好み?」

「…貴女にそういった趣味があるのであれば、どちらでも喜んで受け入れよう」

「勘違いしないで頂戴。強姦怪物にヤラれそうなった正当防衛よ」

「…俺は、無実だ。怪物ではあるが、女性に乱暴などしない」

「壁際に両手を拘束してるのに?」

「あぁ」

「嫌がってる異性に口付けているのに?」

「受け入れてたぞ、シスター」

「……」

「否定はしないんだな」

「まぁ、その場で蹴り上げれなかったのは確かだし」


  

 “でも、それは受け入れたと違うから”‥そう付け足せば、少し残念そうに微笑むアレの口元は食事中に声をかけかられたみたいな赤色スカーレットに染まっている。勿論、相手は食事なんてしてないし私もその食材になったわけではないのだけど、なんだか段々と心拍が速くなるのと頬が熱くなるような気がして、視線をそれとなくはずせば上からクスクスと声が聞こえてきた。何とも言えない気持ちに、私の目の前にある案外男性らしい胸板めがけてドスンッと頭突きを入れてなけなしの抵抗をする事位しかまだ思考は回復してないみたい。

 そんな私の頭をまるであやすように数回撫でたかと思えば、“少し、失礼するよ?”と突然の紳士気取りに声をかけてから顔をスッと覗き込まれる。溜息が出てしまったけれど、反応するのも面倒になって来てされるがまましていれば、顔を上げられ再度、下唇に指が触れぐるりと一周ゆっくりなぞられたみたい。


「ちょっと、次はないわよ?」

「それは、残念だ」

「とんだ変態ね、オタク」

「変態かどうかは分からないが、やはり、貴女にはスカーレットよりこちらの方が似合っているぞ」

「……は?」

「コレを」

「…」


 そう言って内ポケットから小さな手鏡を取り出してから拘束されていた両手が自由になった。少し痛むソコを擦りながら手渡された、手鏡を受取りソレに映り込む己の顔を見つめると…先程まで嫌で嫌で仕方なかったドキツイ発色をしていた口元ではなく、ほんのりと薄紅色をした口元と頬が目に入る。頬の事は良いとして、口元は随分と落ち着いてるし、何より私好みの発色で唇の傷が綺麗に隠せている。少々の驚きと今日1番の嬉しさに口元が自然に綻んでしまった。その時、ふと鏡の中で微笑む伯爵アレと視線が絡んでしまった。色々な事が有りすぎて気まずい事ったらありゃしないわ。


「……なに?」

「喜んで、頂けたな?マリア?」

「…そうね、さっき付けて奴よりはマシかしら?」

「必要があれば、明日の朝一に機械人形彼らのひとりに届けさせよう」

「あらそう。じゃあ、今回はお言葉に甘えようかしら?」

「あぁ、その代わり‥」

「何?」

「もう一度だけくちづk…ッッッッグ」

「あら、ごめんなさい。よく聞こえなくって。もう一度、なんでしたかしら?」

「……いや、なんでも、ない…」

「そう、じゃあ今日はこれでお開きね。それじゃ、おやすみ」

「あぁ…」

「…あ」

「…なんだ?」

「ちょっと、しゃがみなさいな」

「‥?………!?」

「それじゃ、約束、忘れないで頂戴ね」

「ま、まってくれ!バニカ!」

「おやすみなさい」


バタンッ!


〔おい!待ってくれ!頼む!〕


「ふぁぁぁ‥すっっっっごい疲れたわ…」


〔ふ、不意打ちなんて!卑怯だと思わないか!〕


「あー。これ落とすのが面倒だわ‥」


〔バニカ!シスター・バニカ!そこにいるなら開けてくれ!〕

「煩いわよ、吸血鬼。さっさとリップ持ってきて帰りなさいな」

〔……次もあるだろうか?〕

「ノーコメント。おやすみね、コレ可愛くって好きよ」

〔…!あぁ…俺もそう思う。おやすみ、愛しいシスター〕

「はいはい」



 ざまぁみなさいな。やられっぱなしなんて悔しいじゃないの。背後で、喚いて顔を赤くして、悶ていればいいわ。フン。

別段、顔が赤くなってるのもアレが私好みをのリップをプレゼントしてくれるのが楽しみになっているのも気の所為。ただ、少しだけ認めて貰えたみたいで嬉しいのはあるかしら‥今度お礼くらいはしてあげないと、よね?そんな事を眠気に誘われ魔術の類で彩られた口元をそのままに、少し古ぼけているベットに身を投げて微睡の中に考えてその話題さえ投げ捨てて1日を終えていく。

 翌朝一に機械人形アレのつかいのノックラッシュで起こされるまであと5時間。






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