第21話
「フッ。真打ちの登場は、エレガントかつ大胆に限りますの」
「ホワロさん。早かったわね……」
カツン、カツン――と。
12歳ぐらいの女児が、高貴な振る舞いで廊下を歩く。
前世で四天王と畏怖されし
「到着が遅れましたの。魔王軍親衛遊撃師団特殊任務大隊ヴォストーク所属、氷雪姫ホワロは、ただいまより陛下の指揮下に入りますわ」
白く澄んだ美肌、華奢な矮躯、日本人離れした銀糸の頭髪。
全身から蒼い燐光を放つのは、彼女が熱系統の魔導で達人の域にある証明だ。
それより――
「ホワロさんの格好だけどね……」
「わたくしの
「おかしくない部分がないわよ……」
優雅に髪をかきあげるホワロは、
うむ。いつもと同じで、いつも通りおかしい。
その格好で街を出歩ける精神とか、普段着が巫女服という不屈の精神が。
まあ、巫女装束は認めよう。
ホワロは銀髪碧眼のガチロリなので、巫女装束はキュート的な意味でアリだ。
しかし!
「魔王がキレてるわよ……ファッションセンスがラリってる、って」
「フッ。巫女装束はわたくしの甲冑。戦場へ赴くのに欠かすことはできませんの」
「そっちじゃなくて、ゴツイ軍服がね……」
「旧ソ連軍の将校用トレンチコートですが、どうなされまして?」
もう、我慢ならぬ!
ホワロよ! その上着は考え直せ!
巫女装束の上から、旧ソ連軍の将校用トレンチコートを羽織るでない!
鮮やかな緋袴と土埃色のコートが、絶望的にマッチしてないぞ!
「魔王、ほんとファッションにうるさいわね……」
吾輩は許せぬのだ!
美貌とは女の武器である! 戦士が武器を磨かんでどうする!
しかも、ホワロの身長は135cmだ!
旧ソ連軍のトレンチコートの裾、地面に引きずられているぞ!
このガチロリ、どんなアホなのだッ!
「どーして軍服を上から羽織ってるのよ……」
「寒さ対策ですの。巫女装束だけでは、この季節は厳しいので」
「でもね……」
「上野にある商店で召しましたのよ。クソみたいに吹っかけられましたわ。元々はソビエト崩壊時、下痢以下の安値で買い漁って倉庫の肥やしになっ」
「もういい黙れって、魔王が言ってるわ……」
「ならばわたくしは、わたくしの、わたくしによって演じられる、晴れ舞台に登板致しましょう」
「あな、た、は、ァ、だ、ぁれ、」
損傷した頭部の再生を半ば終えた篠原が、途切れがちの言葉を紡いだ。
まだ修復が終わっていない頸部には、手のひらサイズの氷片が突き刺さっている。
それは明らかな致命傷である。ただの人なら耐えることはできない。
だが、篠原の表情に変化はない。
痛みを感じさせぬ平然とした面持ちで、新たな脅威にギギギっと首を傾ける。
それは、かつて見た光景であった。
戦場の悪魔、魔導工学の到達点、忌々しき強敵、魔導強化歩兵。
前世のみぅと同じ、勇者の戦いざまと同じである。
「ムダ、よぉ、」
喉から氷片を引き抜くと、篠原の傷がみるみる回復していく。
傷口からグロテスクな粘液が染み出し、生物めいた動きで筋繊維が絡み合う。
さすがは魔導工学が生み出したバケモノである。
ラクに殺すことはできぬ。ヤツは躊躇なき破壊でのみ活動を停止させられる。
再生をほぼ終えた篠原は、回らぬ呂律で言うのだ。
「私は、この程度、の、魔法で、は、倒、せな――」
「クスッ。でしたら――」
微笑を浮かべた氷雪姫が、緋袴に隠されたホルスターから獲物を引き抜く。
それは、口径9mmの自動式拳銃であった。
ニタっと嗜虐に嗤うホワロは、黒光りする無慈悲な凶器を構えながら宣言した。
「現代兵器でご相手しますわ」
――ヴラァラララッ!
ホワロの拳銃から、分速1800発のレートで9mm×19mm弾がバラ撒かれた。
明滅するマズルのフラッシュが、犬歯を剥き出しに嗤う氷雪姫の凶貌を照らす。
「ムダ、だと言っ、」
虚空を走る弾頭は、大気に幾筋もの死線を描く。
しかし相手は、地球の常識が通用しない魔導の使い手である。
アモの契約とライフリングの儀式により破壊の運動エネルギーを授けられた意思なき金属の群れは、既存の弾道力学では説明できない重力波のもたらす抵抗によって、自身が蓄えた運動エネルギーを残らず熱エネルギーに変換、空中で融解して、固体から液体を経て金属蒸気に三態変化――熱によるプラズマ化で雲散霧消する。
ホワロは忌々しく舌打ちをひとつ、澄んだロリ声で言うのだ。
「まあ、重力波フィールドでして? あらゆる質量投射兵器を無効化する固有重力圏の結界とは不愉快ですの。まったく平成の日本で重力障壁を張りやがるとは……あなたに常識は存在しませんこと?」
「いき、なり拳銃を乱、射する、あなたも少しは常識で動いたどう?」
「もう喋れるとは、随分と再生がお早い」
小柄な体躯の美姫は、旧ソ連軍の将校用トレンチコートの裾を翻して悪態をつく。
青い瞳で勇者殺しを見据えて、愉しげな口調で吐き捨てた。
「フフッ。それでこそ壊しがいがありますの。わたくし、濡れてきましたわ」
「おかしいのは、あなたの服装だけではないようね」
「あら? 物言いがユーモラスなゾンビですこと」
「校舎内で銃撃戦を始める、あなたの愉快さには負けるわ」
「ええ、愉快ですわ。やはり拳銃は東欧製に限りますの。これはチェコスロバキア製の自動式拳銃、Cz75改フルオートストライク。装弾数は15+1発。9x19mmパラペラム弾を使用。連続射撃を可能とする特殊改造済み。作動方式はダブルアクション ティルトバレル式ショートリコイル。秒速380mで飛翔する質量8.2グラムの弾頭は人体を蹂躙するに十分な威力を持ちます。ついでに言うと接射時の作動不良を防ぐマズルガードも装着しておりますわ。しかし、さすがは最強の勇者殺し。ヒトであらざるバケモノを相手するには近代兵器も力及ばずのようですわね。しかし豆鉄砲でも気分を盛り上げるには上等でしてよ。鼓膜を揺るがす銃声は兵士のシャンソン、大気を染める硝煙の香りは戦場のパルファム。どうです、懐かしい芳醇がしませんこと?」
「…………」
「これは失言でしたわね。動く死体のバケモノに生きる為の嗅覚はない。味覚や痛覚の一部さえも失った不快な擬似生命。だからこそ――」
ホワロは、熱を帯びた拳銃を掲げた。
焦げたオイルの匂いが鼻腔をくすぐり、うっすらとした白煙が銃口から揺れる。
美姫の唇がニヤッと釣り上がり、声なき哄笑が歯の隙間から漏れる。
朗々と響き渡る美声で、物騒なことを叫んだ。
「殺しがいがありますわ――ッ!」
そう、ダンスの誘いは大胆に。
ハードに、ド派手に、デンジャラスで、クソやかましくっ。
「レッツ・パーティーですの!」
マズルが奏でる硝煙のワルツ、破壊と殺戮のミュージック。
踊ろうぜ、最強の勇者殺し。
向こうの世界で腕を鳴らした、最凶無敵の四天王が相手してやる。
ホワロの照準は、確死・必殺・狙い違わず。
網膜に映る少女型のシルエットに、パラペラムの弾幕をバラ撒いて包む。
「ムダよ」
硝弾乱舞の嵐は届かず、重力波の障壁に阻まれてダメージはなし。
「クソ忌々しい障壁ですこと」
「私は重力を操る勇者殺し。重力使いに上下はない。前後左右も意味を成さない。床も天井も壁でさえも大地となり、無限に広がる蒼穹は宇宙まで続く奈落の落とし穴へと変わる」
篠原は、詠うように言いながら。
ふわりと空中に浮かんで、蛍光灯の下がる天井に着地した。
天井からぶら下がる篠原の姿は、至って自然でありながら不自然だった。
ウェーブのかかった黒髪は天井に垂れ下がり、スカートの裾はめくれない。
篠原は、自分に掛かる重力のベクトルを逆さまにしたのだろう。
今の篠原には、天井が地面であり、床が天井なのだ。
ゆえに逆向きの重力でものを投げれば、それは上に向かって落ちるハズ。
物理法則の常識が介在しない戦場。
それが魔導を用いた戦闘。まさにデタラメである。
呆れ混じりの挑発口調で、ホワロはつぶやくのだ。
「まるでコウモリですわ。逆さの世界に興奮を覚える新手のフェチズムに目覚めまして?」
「私の異能を披露しただけ。重力操作を極めれば、こんな嫌がらせもできる」
「――ッ!?」
ホワロの膝が折れ曲がる。
床のリノリウムが、ビリビリと布切れのように裂ける。
ホワロの細腕から重みに耐え切れなくなった拳銃が落ち、床にめり込んで止まる。
苦悶の美姫は、地球の重力を遥かに超える重みに耐えていた。
地球の重力下で30kgに満たない体重は、いまは200kgを超えているであろう。
ミシっミシッと、骨の軋む音が聞こえる。
超重力で圧縮された大気が、ホワロの肺を膨らませることを拒んでいる。
だが、ホワロは吾輩の四天王だ。
この程度の攻撃で屈するほど、やわな
「たかがゾンビの分際で! 陛下直属の四天王を
重力に逆らって振るわれた細腕が、バ――ッと虚空にラインを描く。
緩やかな弧を描く指先が魔導を描き、濡れた唇から詠うような呪言が紡がれる。
五指のさばきは、新たな魔法陣を描きだした。
それは、攻性術式18陣、防御術式13陣、肉体強化術式6陣、索敵術式4陣。
合計で41陣にも及ぶ、物量上等で数撃ちゃ当たるの戦術魔法陣だ。
蒼で描かれた大小の魔法陣は、いずれも氷雪姫を囲むように配置された。
「あなたは何者?」
「おだまりバケモノ! 死人に名乗る義理はなしっ!」
美しき氷雪姫が、猛々しく吠える。
蒼い魔法陣の輝きが一層強さを増し、構築された術式を開放していく。
魔力の蒼刃が繰り出され、撃ち放たれる蒼い霊槍。
狭い廊下に、ホワロの攻撃魔法を避けるスペースはない、
篠原は、迎撃の姿勢を取る。
廊下のリノリウムを踏み抜いて、弾丸を思わせる速度で跳躍。
進路上に存在する蒼い霊弾を、黒い霧をまとった手足で連続して迎撃する。
そこで、氷雪姫の防御術式が発動した。
蔦のような氷の結晶が形成され、敵対者を周囲の空間ごと絡め取ろうとする。
篠原は、氷の蔦に絡め取られた自らの右足を手刀にて切断。
連続で放たれた黒の光弾が、氷雪姫の防御術式に阻まれて雲散霧消。
篠原の周囲360度の空間に蒼い魔法陣が新たに出現する。
いずれも、ホワロが展開した攻撃術式だ。
蒼の魔法陣が輝きを放ち、攻撃魔法の一斉射撃を開始、
シャワーのように降り注ぐソレを、踊るような動きで避ける篠原。
刹那の隙を見初めて、迎撃の魔導を放つ。
氷雪姫の周囲に浮かんだ魔法陣が、突如発生した黒い球体にえぐり取られた。
「リープストライク!?」
「任意の空間をワープさせる魔法を攻撃に転用。理論上はどんな装甲も貫通する」
「クッ!? わたくしの魔法陣がいくつか転移させられ――」
氷雪姫と篠原は、至近距離で魔導を撃ちあっていた。
互いに正面を向き、互いの死角に攻撃術式を放ち、互いに防御術式を詠唱する。
「とりましたわっ!」
ホワロの蒼い魔弾が、篠原の脚を捉えて消滅させた。
ドロっと鮮血が流出する太ももの切断面、大腿骨だけがウソみたいに白い。
しかし、篠原は勇者殺しの勇者である。
脅威の再生能力は健在だ。瞬時に傷口の復元が始まる。
動きが止まった篠原に、ニタっと勝機を見出した氷雪姫は、勝負を仕掛けた。
両手を振りかざし、生き残った攻撃術式を全展開、
攻撃型の魔法陣が輝きを増して、バチバチッとアークの紫電がきらめく。
篠原は、予想される攻撃魔術に身構えた。
「隙ありですのッ!」
攻撃魔術の発動を一時中断、Cz75改を連続発射。
魔導に備えた篠原は、物理攻撃に備えた重力障壁に傾けるリソースを削っていた。
それでも、重力障壁は銃弾に耐えた。
物理法則を無視した斥力が、フルメタルジャケットの蹂躙を相殺する。
しかし、ホワロの追撃は終わらない。
発動を一時中断していた、攻撃魔術の一斉射撃が行われる。
「――ッ」
重力障壁に回した魔力を転嫁する暇もなく、幾つもの攻撃魔術を受ける。
蒼の散弾に顎を砕かれ、蒼の槍に瞳を穿たれる。
蒼の旋刃に四肢を断たれ、蒼の球体に腹を凍結させられる。
美しき少女の容姿を持つ篠原は、見るも凄惨な肉塊じみた様相に変わった。
だが、生きていた。
四肢を砕かれ、臓器をえぐられ、動く肉塊のような姿になっても。
「あっいう……いじ」
「目を背けたくなる容姿になっても生きている。まさに人外、バケモノですわ」
ダメージは受けている。
だが、ダメージとなっていない。
肉体の損傷を受けているが、10秒とかからずに再生が行われるので無意味。
みぅよ、ホワロに問いかけろ!
「ホワロさん、魔王から質問よ」
「どうぞ」
「勇者殺しに勝てるか否か――だって」
「万に一つは勝ち目がありますわ」
「つまり?」
「万に一つ程度の勝機しかありませんの」
氷雪の美姫は、勇ましい笑顔で言いのけた。
私は勝てない。勇者殺しに勝てない。それでも闘いぬく――と。
それでこそ、吾輩の四天王である。
不屈の闘志と尽きることのない忠誠心、見事なりけり。
魔導王ディグラム、しかと見届けたぞ。
「魔王が見事だってさ」
「お褒めいただき恐縮ですの。こたびの栄誉は生涯の誇りにします」
「魔王から勅令が来てるわ」
「お聞きしますわ」
「勇者殺しの牽制を行い遅滞せよ――だって」
「かしこまりました。陛下に用意して頂いた死舞台です。見事な大輪を咲かせて見せましょう。ですが、ひとつだけ陛下にお伺い致します」
「なにを?」
「牽制だけでなく――べつにアレを倒してしまっても構わなくて?」
「……無理は禁物だって」
「よろしくてよ。四天王の名に恥じぬ戦いをお魅せしますわ」
覚悟を決めた、勇猛なる氷雪姫が歩む。
その姿に悲壮はなく、ただ武勲を求める
「いざ、参りましょう」
「あなたは愚か。死に急ぐ必要はない」
「何をほざきまして? わたくしがあなたを殺すために用意したのは、多数の近代兵器、鍛え抜いた体技、攻性術式76陣、防御術式26陣、肉体強化術式17陣、索敵術式9陣、計128陣にも及びます」
「そう。すごいわね」
「大戦兵器の到達点、狂気と悪夢の魔導研究が行き着いた先、勇者殺しよ、いざ尋常に参りましょう。四天王において最凶と畏怖されし氷雪姫ホワロが――」
「リープストライク」
「あっ」
四天王において最凶と畏怖されしロリは。
篠原が放ったワープ球の直撃を受けて、小さな体を丸ごと空間転送された。
ホワロが羽織っていた、旧ソ連軍の将校用トレンチコートの切れ端だけが。
――ふわり、ふわりと。
旧校舎の廊下に漂って、パタリと落ちて動きを止めた。
……
…………みぅよ。
……
「なに?」
……
…………死ぬ気で逃げろ。
……
「ドちくしょう」
これ以上ないほど、シンプルな心情を口にして。
みぅは、その場で大反転!
ダダッと廊下を全力疾走、最強にして最凶の勇者殺しから逃走を始めた。
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