第17話
恋する・バレンタイン・チョコレート・レシピ
●材料
・チョコレート(安物でオッケー)
・まな板(あなたの胸じゃないよ)
・包丁(板チョコを刻んだり、カレシを刺すのに使います)
・ボウル(チョコを溶かしたり、憎い
・ハートの枠(なければ、浮気相手の心臓で代用してもオッケー)
・チョコペン(カレへの想いをチョコで書きましょう。ダイスケダイスキダイスケダイスキダイスケダイスキダイスケスキスキスキスキスキナンデドウシテワタシヲウラギッタノスキスキスキスキスキダイスケダイスキス……死んじゃえ)
●作り方
1.チョコレート、まな板、包丁、ボウル、を用意します。
2.まな板の上でチョコレートを刻み、ボウルに入れて湯煎でゆっくり溶かします。
3.ハートの枠に、溶けたチョコレートを注ぎ込みましょう。
4.恋敵に包丁を突き立てます。
5.温度に注意しながら固まるのを待ちます。
6.ハートのチョコレートに、一生忘れられないメッセージを描きましょう。
7.完成です。
8.愛しのカレに包丁を突き立てます。
9.これでカレシはアナタのものです。この瞬間を永遠にすべく心中しましょう。
―――――――――――
ハートのマークに込めた想いは、さっさと終われ調理実習。
ギスギスした空気で始まった調理実習は、奇跡的に何事もなく進行している。
ハラハラ・シノハラ。
こちらを不安気に伺っていたクラスメイトの連中も、いまは作業に没頭。
バレンタインの決戦に備えて、それぞれが戦いを繰り広げていた。
「こちら第3班、ホワイトチョコの湯煎に突入する」
「鍋の中に突っ込むの」
「こちら鈴森。現在の温度を報告する。湯煎温度50℃。特に異常は見当たらず」
「計画通りね」
「1班リーダーより鈴森かえでに告ぐ。現状の湯煎温度を維持するの」
「ボールの温度上昇中……47℃、51℃、56℃、くっ、温度の上昇が止まらない!」
「湯煎中のチョコが危険温度を突破! もうダメぇぇ!」
「ここは食卓。撤退は許可できないわ」
「右舷第8テーブルより伝達! 氷の在庫が心もとないとの情報!」
「冷却用の氷の奪い合いね……上等よ、バトミントン部の俊敏性を見せてあげる!」
「溶けてきたね――」
「よぅ相棒。まだ溶かしてるの?」
「歪んだチョコは溶かし直さないといけない。ヒビ割れたハートは湯煎で溶かす」
「ヘラ握りしめて、待ってなさい」
「カカオ上乗せね」
広々とした調理室は、乙女の熱気に包まれていた。
アホみたいに真剣な乙女たちが、それぞれの思惑を秘めて作業に没頭する。
まったく。
どいつもこいつも菓子メーカーの陰謀に踊らされおって。
ここはひとつ、処女膜の吾輩が男目線から言わせてもらおう。
チョコなんぞ貰っても、面倒くさいだけである。
「男って本当にチョコ貰って喜ぶのかしら? うどんはどう思う?」
「さぁ」
みぅと香川は、じわじわと固まるチョコレートを暇そうに眺めていた。
「男にはホワイトデーとかあるじゃない」
「あー」
「一方的に押し付けられたプレゼントで、お返しの義務が強制発生とか」
「うわっ。めんどい」
「知ってる? 韓国にはブラックデーがあるそうよ」
「なにそれ?」
「バレンタインやホワイトデーに縁がなかった人が4月14日に慰め合う儀式よ」
「あー、韓流ドラマでやってた」
「うどんも、あたしと同じドラマを見てたみたいね」
「うろ覚えだけど、黒い服装でジャージャー麺を食べるイベントだっけ?」
「ジャージャー麺とか、どっから出てきたのかしら?」
「知らない」
「あのドラマどうだった?」
「ずっとヒロイン死ねって思いながら見てた」
「感想もあたしと同じね」
暇を持て余すがゆえに、みぅとうどんは無駄話を続けていた。
和やかとは言えないが、険悪でもない空気である。
そんな二人を眺めながら、ボソッと
「鳴瀬」
「なによ?」
「あんた、ちゃんと他人と意思疎通できんのね」
「どうだか。あたしってコミュ障だし」
「やっぱウザ」
「別にすだちに好かれたいとは思ってないし。そういえば、アレどうなったの?」
「指示語で会話するのもウザ。アレって何よ?」
「たたき。リスカしてたじゃない」
「コッチーね。あの娘は前から精神不安定気味だったけど、今は落ちついてるわよ」
「あ、そう」
「意外じゃん。鳴瀬のクセにちったぁ心配してくれてんの?」
「それなりに」
「へぇ」
「恨みつらみの遺書とか残されたら、めんどい的な意味で」
「やっぱ、かわいくないわね。てめぇが死んでろ」
「楽な自殺方法、今日中にググっとくわ」
みぅと徳島が、中身のない会話を続ける横で。
篠原は会話に参加せず、固まるチョコを無言で眺めていた。
空気のように無言の篠原だが、香水の匂いだけは存在をアピールする。
ヒマな時は常に化粧に励んでいる印象の篠原だが、さすがに調理実習の時ぐらいは化粧を控えるらしい。
むしろ、表情は真剣そのものだ。
冷えて固まるチョコを、念だけで殺さんばかりにガン見している。
「シノ。見てて楽しい?」
「べつに」
徳島の問いかけに、篠原はボソッと答えた。
チョコを見据えたまま、感情の起伏の感じられない声で言うのだ。
「ずっと見てないと、ちゃんと作れたか分からないから」
「んなの、齧れば一発で分かるでしょ?」
「…………」
みぅのツッコミには答えず、篠原は不愉快そうに無言の威圧を飛ばしてくる。
それに対するみぅの反応は、全然応えてない。
さすがは元勇者である。ただの威嚇でビビるタマではないか。
たんに鈍感とか無頓着ともいうが。
それから数分――
篠原班のチョコは、無事に固まった。
幸いにもハートがひび割れることはなく、綺麗な形を保っている。
チョコペンで、思い思いのメッセージをハートマークに書き記していく。
ところでみぅよ。おまえはなんと書くのだ?
「鳴瀬。あんた、なんて書くの?」
「なんも書かないわよ」
「あんたにゃ渡す相手がいないもんね」
「殘念。いるわよ」
「おいおぃ? マジマジ?」
「メッセージを書くなんて、あたしには恥ずくてできないけどね」
「初々しいよ。甘酸っぱくてサイコーじゃん」
「ところがどっこい、苦くてビターよ」
「はぁ~~~。ミルク多めの恋したいわ……」
「サンマにでも告白すれば?」
「すだち、すだち、しつこいのよ。ところで、シノはなに書くの?」
「…………」
すだちの問いかけには、反応せず。
篠原は、無言でチョコペンを走らせている。
その表情は、鬼気迫るものがあった。
いつもの無表情とはまた違う、ド迫力の真面目ツラだ。
「あ、なるほど」
ホワイトチョコの文字を見て、すだちが納得する。
みぅも気になったのか、篠原がメッセージを書き込んだチョコを覗くと、
「へぇ。意外」
篠原のバレンタインチョコには、
―――――――――――――――――――
お父さん、お母さん。
いつもありがとうございます。
―――――――――――――――――――
と、
女の子らしい、丸っこくてカワイイ字体で書かれていた。
「でしょでしょ。意外でしょ。ああ見えてシノは、重度の家族ラブなのよ」
「うん。ぶっちゃけ家族とか興味ないタイプと思ってたわ」
「家族は大事。悪いことかしら」
ぶっきらぼうに答える篠原だが、会心の書き込みに満足な様子だ。
信じがたいことに、にんまりと笑っていた。
「ふーん。家族が大事ね。いいことじゃない?」
「私は鳴瀬さんに失礼なことを言ってしまったようね」
「あー、気にしなくていいわよ。あたしの過去なんて。どーでもいいし」
「なーなー、鳴瀬」
うどんが割り込んで、みぅにスマホを見せてきた。
「コレ見てみろよ」
「ん? なによ、うどん? ケータイの画面なんて……こ、これは中々ね」
「だろ? サイコーだろ?」
うどんが、みぅに見せた携帯画面。
表示された画像は、制服姿の篠原と母親らしき中年女性を撮影したものだ。
それは、とても仲の良さそうな母娘がスーパーで買物する画像だった。
いつも無表情の篠原だが、画面の中では幸せそうに笑っている。
「合成写真か何かでしょ……」
「それがマジ。シノは教室ではあーだけど、家族と一緒の時は違うわけよ」
「信じらんない。あの篠原さんが自然な笑顔を浮かべるなんて……」
「萌えるっしょ?」
「うん。ぶっちゃけ、コレは和む」
「制服姿でスーパーに買い物しに来た親子ってシチュが、またよくね?」
「あー、分かる。本当に仲良さそうな感じ」
「鳴瀬さん」
押し黙っていた篠原が、みぅをまっすぐ見据えて、声をかけてくる。
「???」と、怪訝そうに、首を傾げるみぅ。
篠原は、会心の出来だったチョコレートの端っこを小さく割った。
そして、小さな破片を片手に言うのだ。
「鳴瀬さん。チョコの味見をお願いできる?」
「ほぇ?」
「チョコの味見。お願い」
「ま、まぁ。味見ぐらいなら……バリバリ、普通にチョコの味だけど」
「変じゃない? 本当に美味しい?」
「うん」
「そう。良かった……」
表情こそ変えないが、ほっと胸を撫で下ろす仕草。
「……篠原さんって変わってるわよね?」
みぅの何気ない一言に、篠原は表情をいつもの真顔に戻して答えた。
「鳴瀬さんも、だいぶ変わってると思うわ」
「フン。否定できないわね」
「そう、鳴瀬さんは変わりつつある。最近の鳴瀬さん、今までと違う気がする」
「ったく……イメチェン作戦も大変よ」
メンドそうに視線を逸らすみぅ。
どうやら、こいつのコミュ症も、ちったぁ改善しているらしい。
まだ捻くれは治らないが、段々と教室に溶け込みつつあるようだな。
「……フンだ」
吾輩のコメントに反応したのか。
赤面したみぅは、照れくさそうに鼻を鳴らした。
ところで、みぅよ。
汝は本当に、あの計画を実行に移すつもりなのか?
「……」
吾輩の問いかけに、みぅは首を上下に動かして意思表示した。
どうやら、覚悟を決めているらしい。
そんなとき、みぅに背後から抱きついてくる人物が現れた。
「美海ちゃん! ちゃんとチョコってる?」
「……まあね」
「えへへ。美海ちゃんはメッセージになんて書いたの?」
「秘密よ」
「ふふっ。楽しみー」
ニコニコと笑顔を絶やさない、ムラサキの瞳からハイライトが消えた。
すぅーと、感情の温度が下がっていく。
硬直したみぅの耳元で、壊れた笑顔のムラサキは囁いた。
「放課後。旧校舎の裏。工藤君を呼び出しておいたから、分かるよね?」
「えぇ」
ムラサキは、歪んだ笑顔を浮かべている。
――たとえ、何があっても、
――工藤にバレンタインのチョコを渡して恋仲になりやがれ。
――ちゃんと舞台はセッティングしてやったんだ。
――言われなくても、わかってんだろ?
そのような意志が込められた、いびつで歪んだ不快な笑顔だった。
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