第16話


 男女別の授業と聞けば、保健体育を連想するであろう。

 バレンタインを迎えたこの日に行われる男女別授業は「調理実習」であった。


 調理の題目は「バレンタインチョコ」。

 この時期に相応しい、乙女チックな制作物である。


 調理のお題がアレなので男子と一緒では作りづらかろうという、家庭科の江森先生の粋な計らいである。

 ちなみに男子は、理科室のガスバーナーで漢のチャーハン大会を開催するらしい。

 そっちの方が楽しそうである。吾輩も混ぜて欲しい。


 それより、問題なのが、


「し、篠原さん……よ、よろしくね……きゃ、キャハハ☆」


 笑顔で、ギリッと歯ぎしり。

 ニコニコ→ビキッと、みぅの額に青筋が浮かぶ。

 無理して作った笑顔はぎこちなく、弧を描く瞳には殺意の波動が満ちている。


 教室から男子が抜けたので、残った女子達は班を合体させられた。

 みぅの悲劇は、そこから始まる。

 順番通りに「1班+2班」という形なので、時に期待しない合流が起きるのだ。


「よろしく、鳴瀬さん」

「ギギギッ……こ、こちらこそ」


 そう――

 みぅの所属する5班と、篠原が所属する6班が合流するような悲劇が。


 周りのハラハラ感がヤバイ。

 まるで原発事故が起きたみたいに、心のガイガーカウンターがピィーピィー鳴っている。


 みぅの歪んだ笑顔と、篠原のすました真顔の対決。


「この行方、どうなるんだろう……」

「分かんない……」


 同じ班になった徳島トッキー香川カガミンが、怯えながら呟いた。


「やばくねぇ?」

「ヤバイよ」


 別の班、違うテーブルで。

 不安げな表情の高知コッチーと、眉間にしわを寄せる愛媛みかんが呟いた。


 うむ、吾輩も思わず頷いてしまった。

 もちろんこれは比喩的な表現で、処女膜の吾輩に頷く部分はない。


 だが、みぅと篠原が同じ班で共同作業という状況がヤバいのは確かである。


「美海ちゃん! カルシウムの錠剤ッ!」

「あ、ありがと……ガリガリッ」

「アンタ、もう豚骨でも持ち歩いたら?」


 本日7回目のカルシウム補充で、うどんからありがたい助言が来た。

 みぅは「グギギッ、考えとく」と前向きな返事をする。


 吾輩は見たくないぞ。

 教室で豚骨をバリバリと齧る女子高生など。


「おたくも苦労してるわね」

「すだちに心配されるとは思わなかったわ……ストレスで胃が妊娠しそうよ」

「なにか出てきそうなのね」

「ガチで出てきそう……血反吐とか、血反吐とか、血反吐とか」


 みぅとすだちが自然に会話する奇跡を眺めて、ふと思い出した話がある。


 とある戦場に犬猿の仲の兵士がいた。

 顔を合わせるだけで罵り合いが始まる、とても仲が悪い二人の兵士がいた。

 その兵士が所属する小隊は、塹壕の中で敵の砲撃に一晩中晒された。

 夜が明けて、救援部隊が砲撃を受けた塹壕に向かう。

 そこには犬猿の仲であった兵士が、敵対していた兵士を抱える姿があった。

 そいつは真っ先に「戦友が怪我をしている! 助けてやってくれ!」と叫んだ。

 同じ塹壕で砲撃を受けた二人は、共に命の危機を乗り越える体験を共有した。

 この経験が二人の関係を修復し、互いに困難を乗り越えた親友に変化させたのだ。


 これは、生存本能が人間同士の意思伝達を効率化するべく感情をシャットダウンした結果であろうと思われる。

 みぅと篠原が同じ班で調理実習を行うのは、並みの砲撃なんぞよりヤバい。

 ゆえに関係者は、無意識の内に一致団結したのだ。


 ――やべぇよ!

 ――敵とか味方で、いがみ合ってる場合じゃねぇよ!


 と。


「さぁ。始めましょう」


 無表情な篠原のリーダーシップの元、ギスギスした調理実習は始まった。

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