第14話
みぅの出て行け!命令に、みりあは不服そうに言うのだ。
「えー、でもぉー」
「こんど一緒にお風呂入ってあげるから、お願い!」
「お風呂ぉぉ!? ハァハァ! お姉ちゃんとお風呂です! ふっひひっwww」
「変態! いいから出ていきなさいっ! ……みりあ、いなくなった?」
「肯定しますの。瞳をハートマークに変えて走り去って行きましたわ」
「貞操の危機を感じるわね……」
「もしよろしければ、あなたの貞操の未来を占ってよろしてくてよ?」
「練乳ぶっかけられるのはイヤよ」
「ならば、パンツに爆竹を入れる、新開発の占いを試しましょう」
「気持ちだけ受け取っておくわ。さっそくだけど、あんたナニモノよ?」
みぅの問いかけに、巫女服姿の銀髪ロリは答えた。
「ただの美少女アイドルでしてよ」
「イロモノなアイドルの間違いでしょ……」
「ときはアイドル戦国時代ですの。個性がなにより大事になりますわ。向こうの世界から転生してきたアドバンテージを生かして、霊能力に特化したプロモーションで成功を治めていますの」
「……あたしと同類ね」
「肯定ですわ。しいて違いがあるとすれば、わたくしが魔王軍側であなたが帝国軍側であっただけ」
「敵同士ね。前世の続きでもしたいのかしら?」
「否定しますわ。かつては敵同士で剣を交わした仲ですが昔のこと。お互い恨みっこなしですの」
なんと、このロリも転生者であったか!?
しかも、魔王軍側となれば、吾輩の元部下ではないか。
「鳴瀬美海さん。あなたの真名を教えてくださる?」
真命というのは、きっと前世での名前であろう。
「名乗るのはあなたが先よ。あたしは、まだ細木さんを信用していない」
「よろしくてよ」
銀色の前髪を優雅にかきあげながら。
お嬢さまのテンプレな口調で喋る怪しいロリは、聞き慣れた名を口にした。
「わたくしの真名は
なぬっ!? 氷雪姫ホワロだと!?
「四天王ってなによ……?」
吾輩直属の、選びぬかれし四人の配下のことである。
いずれも一騎当千の武芸者であり、その戦力は単独で一軍に匹敵するのだ。
吾輩自慢の部下で、その忠誠心は深淵の底よりなお深く、蒼穹のさらなる高みにも達すると自負しておる。
クククッ、吾輩の四天王は――
「四天王ですの? はん! ブラックな上司にコキ使われるクソな役職ですわ」
「……素晴らしい忠誠心をお持ちのようね」
「お笑いですわ。あの上司への忠誠心なんぞ、カメムシの下痢便程度でしてよ」
……
………このロリがァァ……ッ!
……
「ねぇ……魔王の悪口を堂々と言うの、その……大丈夫かしら?」
「どーせディグラムの耳に入りませんし、一向に構いませんの。まったく上が無能で無責任で無様だと困りますわ。クソ上司で魔王軍総司令官のディグラムが、自分の責務を投げ捨てて異世界に逃亡したせいで、わたくし達がどれだけ苦労したか。文句のひとつでも言ってやろうと思いまして、わたくしが自らこちらの世界に転生してみれば、必死の捜索にも関わらず行方不明で音信不通。連絡手段も用意していないとは、もうアホとしか言えませんの」
「へぇー?」
「前世の鳴瀬さんもアホで無能な上層部には苦労したことでしょうに。帝国の上層部が腐ってたのと同じで、魔王軍のトップも酷いものでしたわ。特にわたくしの上司のワンマンプレイには大本営に所属する将官全てがウンザリしておりまして、ディグラムの肖像画をマトにダーツ競技に勤しんだり、軍用犬の名前を「ディグラム」にして、お手やら伏せやら芸を仕込むのがブームになっておりましたのよ。他にもケツ拭く紙に丁度いいとのことで、ディグラムの顔写真が印刷された紙切れが高額で取引される事件も起きまして、その報告書が提出された大本営では日頃のストレスもぶっ飛んで、皆が腹を抱えて大爆笑しましたの。思い出してもテラワロスですわwww」
……なぁ、みぅ。
「なに?」
みぅの寿命、5分ぐらい縮むかもしれんが。
吾輩の魔力、5秒ぐらい全力開放しても構わぬか?
「好きにすれば……」
「鳴瀬さん。こんなジョークがありましてよ。とある将軍が従軍記者に答えたコメント『我が方面軍における最大の脅威は総司令官ディグラムである』。ぷっくく……他にも――はわぁぁぁ!? こっ、この魔力は……暗黒よりもなお昏く、漆黒よりも深き闇を思わせる圧倒的な闇属性の魔力は……ま、魔導王ディグラム様の……は、はわぁぁ」
ロリが怯えだした。吾輩は魔力を全力放出中。
ホワロが全身で感じているのは吾輩が放つ魔力波で、放射線のように無味無臭だが尋常ではないヤバさを孕んだ気配が怒りである。
魔王軍総司令官ディグラムが、鳴瀬みぅに命じる。
汝の声帯を以って、
「ホワロさん。魔王から伝言よ――汝の忠誠、しかと聞き届けた」
「偉大なる魔王軍総司令官ディグラム様! 陛下直属の四天王、氷雪姫ホワロは、これより陛下の指揮下に入りますの! 我が忠誠心は無限なり! 深淵の底よりなお深く、蒼穹のさらなる高みにも達します! なんなりと仰せくださいませ!」
「魔王から伝言よ――この場で自害せよ」
「どうか恩赦を! 魔王軍に所属する全ての将兵は、偉大なるディグラム陛下が転生後も忠誠心を失わず! 魔王軍の最高官位である総司令官の座は、陛下が異世界に転生後も不可侵のまま! 未だ陛下の座するままでございままま…すす、の!」
「魔王。そろそろ許してあげたら?」
吾輩は、ホワロに自害せよと命じたのだ。
ならば、余の下達した勅令を果たすまで恩赦はありえぬ。
「そんな暴君だから部下に嫌われるのよ……」
ふん。
良き指導者とは、臣民を導くために、時として痛みと犠牲を強いることがある。
その痛みを乗り越えた先に、最終的な勝利があるのだ。
しかし、痛みに耐えられぬ部下が謀反を起こせば、全てが台無しになってしまう。
ゆえに、余への不満を口にする者には、徹底的な粛清を行う必要がある。
余は指導者であるがゆえ、軍規の乱れは許さぬ。
たとえそれが、かつて余が忠臣として取り立てた四天王の一員であってもだ。
「魔王、相変わらずホワロさんに死ねって言ってるわよ……」
「ヒィィッ!? どうかご慈悲をぉ!? せ、せめて、魔力の気配だけはなく御姿をお見せください! わたくしは陛下に御無礼を働いた謝罪を直接行いたく申しますわ! 鳴瀬さん、陛下はどちらにおられますの!?」
「……あたしの処女膜」
「はぁ?」
「魔王だけど、あたしの処女膜に……憑依してるの」
「鳴瀬さん、何を突飛な――あぁぁぁ!? たしかに感じますの!? 鳴瀬さんの下腹部から陛下の禍々しい闇の重圧を……陛下、おいたわしい御姿に……」
みぅよ。
面倒くさくなったから、汝に命じよう。
――あのロリを殺せ。
「イヤに決まってんでしょ……」
兵卒の分際で、余に抗命を謀るかッ!
これは魔王軍総司令官、ディグラムの命であるぞっ!
「敵将の命令に従うわけないでしょ? 寿命縮みそうだから魔力抑えなさいよ」
ぐぐっ、致し方ない。
吾輩は、慈悲深き支配者である。
臣下の狼藉は許しがたいが、今宵は特別に恩赦を与えよう。
ところで、
「ホワロさん。魔王、許してくれるそうよ」
「ありがたき幸せですの!」
「ところで、あたしと魔王がこっちに転生してからの推移だけど」
「総司令官ディグラム殿、報告が遅れたことを謝罪しますわ。偉大なる陛下が魔王軍精鋭の窮地を救ってから、魔王軍は苦戦を重ねながら大陸全土で進軍を続け、陛下の転生から512日の期間を費やして、帝国首都ランシュタットを制圧。第二都市のエーメリアにおいて降伏調停が結ばれ、公式には戦争は終結しましたの。以後は降伏を良しとしない残党軍との戦闘が続きましたが、おおむね掃討は終わっております」
ふむ、ご苦労であった。
ところで、幾つかホワロに問いただしたいことがあるのだが。
「魔王から質問よ。なぜ転生から十数年、余の居場所を探らなかったのか――」
「必死で探しましてよ? ほら、今月も」
ホワロは、巫女服の内側から、真新しい雑誌を取り出して見せてくる。
その雑誌のタイトルは、
「月刊アトランティスね……」
牙谷氏が編集者を務める、アホらしいことで有名なオカルト雑誌だった。
みぅは、雑誌のページをペラペラめくる。
巻末辺りに『文通相手募集欄』という、読者投稿コーナーがあった。
……なにやら、言いようのない畏れを覚えるぞ。
「うわぁ。なにコレ……」
吾輩とみぅは、知らなければ幸せだった現代社会の闇を垣間見た。
―――――――――――
・オリンピアの記憶がある方で、シャナディアの紋様に導かれし者を探しています。
ちなみに、私の前世は太陽の巫女レピアでした。(レピア 14歳女性)
・タイムリープが出来る方、ぼくと友達になりませんか?
ただし、オド=シアが闇に染まっていないことが条件です。(ヨーガ 18歳男性)
・ロキシー、エリィド、またはサラディーの一族の方、連絡を待ってます。
玉座に捧げた運命がお待ちです。(ユシャの火守女 19歳女性)
・魔王軍総司令官ディグラムに告ぐ。諜報部より伝達事項あり。
迅速に連絡を求む。(氷雪姫ホワロ 前世で25歳+こちらの世界で14歳)
―――――――――――
「なによコレ……」
「日本において最も信頼できる、異能者や異世界人の集う読者欄ですの。この雑誌は素晴らしくてよ。様々な異世界からの来訪者や時間旅行者の読者で溢れております。この世界で陛下がご存命であるなら、きっと本雑誌にて情報収集を」
「するわけないでしょ……」
「毎月人探しの投稿を続けておりましたら編集の方の目に止まって、今では雑誌に連載コーナーを持つまでになりましたのよ。他にもわたくしの美貌と卓越なる占星術を芸能事務所のプロデューサーに見初められて、ついにアイドルデビューまで果たし、この頃は学業に芸能活動に多忙な日々を送っておりますわ」
「それで、本来の任務を果たす時間がなかったわけね……」
「否定は致しかねますわ。しかし、わたくしの芸能活動には他の目的もありましてよ。全国ネットのテレビ放送で陛下に呼びかけて接触を達成する計略もありましたの。ですが――」
「どうしたのよ……」
「陛下への呼びかけですが、放送では全てカットされてしまいましたの……」
「当然でしょうね……」
全国ネットで、前世がアレやらコレやらの電波発言なんぞ流せぬな。
さて、他にも訪ねたいことが。
「次に質問だけど、どうしてあたしが勇者だったことを知ったの?」
「ふっ。わたくしの地道な調査の賜物ですわ。微弱すぎて消えてしまいそうな魔力の残滓を辿り続けて、ようやく特定に至りましたの。決め手となりましたのは、先日に鳴瀬さんが受け取ったパワーストーンですわ」
「パワーストーン?」
ほら、きっとアレのことであろう。
キバヤ氏にプレゼントされた、チベットの高僧がうんたらかんたらの。
「あー、あの胡散臭い石ね」
「そのパワーストーンですが、本来は透明な石が白色に輝いていたと耳にしましたわ。これは鳴瀬さんが持つ光属性の魔力に反応したがゆえ。元の世界で最強の勇者と誉れ高いエイリスの反応にしては微弱すぎるのが不可解でしたが、まず間違いないであろうと接触を決意しましたの」
「ビンゴよ。それよりキバヤさんって、ホワロさんのスパイだったのね……」
「あの御方は素晴らしくてよ。前歴は内閣府の情報収集担当でしたが、政府が宇宙人関連の機密を教えてくれないことに業を煮やして退職した経歴を持つ――」
「それ、単に政府が宇宙人と接触してなかっただけでしょ……」
「今は真実を追い求めるべく、オカルト雑誌の敏腕編集者として活動してますの」
「きっと、その真実には永遠に辿りつけないと思うわ……」
「ですが、調査能力は確かですの。わたくしが元の世界から伝達された『勇者殺し』の限られた情報をお伝えしたら、数日の内に候補を絞って――」
「ちょっとストップ。なによ!? その『勇者殺し』って、不穏なキーワードは?」
「説明する前に、わたくしは陛下に謝罪しますわ。陛下の離れし後、魔王軍は陛下が遺した命に逆らって、限定的な魔導兵器の実戦投入を行いましたの」
……そうであるか。
「いつか世界を滅ぼしかねない魔導兵器の研究と配備を禁じた陛下の誓いは高潔でした。しかし戦局は無慈悲。帝国軍が次々と魔導兵器を投入する中では、劣勢に喘ぐ我が軍に他の選択肢は残されておりませんでしたの」
吾輩の部下は、優秀だったようだな。
余の過ぎたる理想論を修正し、最終的な目標達成を行ったらしい。
「ホワロさん。魔王がほめてるわよ」
「光栄ですわ。説明を続けますと、戦争に投入された魔王軍の魔導兵器のひとつに『勇者殺し』がありましたの」
「説明をお願い」
「勇者殺しとは、第三世代型魔導寄生体――従来の魔導強化歩兵の問題点を修正し、より実戦に即した改良を施した魔導兵器に付けられた愛称のことでしてよ。絶命時の自爆特性の改良や、短すぎる耐用年数を改善していますの」
「そいつは人道的で結構なことね。あたしにも寄生してくれないかしら?」
「鳴瀬さんの前世は勇者でしたね。思うところはあるでしょうが、第三世代型魔導寄生体は、生きた人間ではなく、人間の死体に寄生しますの」
「……人道とかモラルとか、全力で投げ捨てに掛かってるわね」
「耳が痛いですわ。なお、死体を素体に選んだのは耐用年数の関係ですの。魔導寄生体は人の魂魄に寄生し、絶命に至る重篤な免疫反応を起こします。ゆえに生命活動が停止した死体を依代に擬似的な生命活動を模倣、生きていれば必ず起きる免疫反応を限りなく起こさないよう改良してあります。これによって従来の寄生体で問題だった耐用年数の大幅延長に成功しております」
「厄介ね。そいつを殺そうにも、既に死んでるし」
「哲学的な問いに関しましては、生きた人間同様に破壊すれば問題なしと答えますわ。しかし第三世代型の魔導寄生体は手強くてよ? 死体を都合のいいように動かしているので、戦闘において不要な、味覚、嗅覚、痛覚、代謝機能の一部、体温維持など、生体機能を停止しておりますから」
「ふーん。まるで死にかけの勇者みたいね」
「手負いほど恐ろしい獲物はいませんわ。従来の魔導寄生体は知性がなく本能だけで動くエネルギー生命体でしたが、改良型である第三世代型では死体を操る特性ゆえに人間同様の知性を持たせております。また帝国側による指揮権の乗っ取りを警戒して、当時5人いた大元帥より階級が低いモノの命令には従わないようプログラミングされております」
「だったらその元帥に、任務の中断なり自害なりを命じさせればいいじゃない?」
「全員死にましたわ。帝国軍の勇者爆弾で」
「…………」
「命令の変更権を持つモノが死に絶えた魔導兵器――勇者殺しに与えられた任務。それは全ての勇者を駆逐すること。勇者殺しは、自身に与えられた任務に従って、多くの首級をあげましたわ。そして、すべての勇者を狩りつくしました。いいえ、一人の勇者が残されておりました。最後に残された勇者は」
「……魔王と異世界に転生した、あたしのことね」
「理解が早くて助かりますわ」
「ストーカーって怖いわよね。わざわざ別の世界から、あたしを殺しに来るなんて」
「まったくですの。鳴瀬さんを殺せば、尋常ではない被害が出るというのに」
「悪かったわね。生きた核爆弾みたいな女で」
「失礼な物言いに他意はありませんわ。かつて敵同士だったといえ、今は同じ日本人ですの。わたくしとしても大災害の容認などできません。ゆえに鳴瀬さんの護衛を努めさせて頂きます」
「なんかスゴイ話になってきたわね……」
まったくであるな。
おそらく勇者殺しは、キバヤ氏が調査中という、
「勇者殺しの正体、キバヤさんが追ってる動く死体の都市伝説のことね」
「肯定します。都内病院の霊安室に安置されていた女子中学生の遺体が奇跡の蘇生を果たした事件ですの。このゾンビ少女が本当に勇者殺しであるか? その調査は現在も続いております。これは確信に足りる証拠が揃い次第、わたくしが奇襲にて殲滅致します。ですがキバヤ氏の話しによれば、まだ現代を生きる死霊術師のしわざとも、某超大国が死体を素材に不死の兵士を作る実験の成功例であるとも、いずれもまだ確信を持てないと……」
憶測や噂の記事は書かず、真実だけを追い求める。
うむ。ジャーナリストの鑑であるな。
「……死霊術師ってなによ?」
「わたくしは存じませぬ。たぶん牙谷様が読んだ漫画か何かの影響かと」
そこまで一気に話し終えると。
ホワロこと細木若子は、巫女服の緋袴を翻して。
「では、わたくしはユーチューブに投稿する動画の収録があるので帰宅しますわ。何かありましたら、わたくしの携帯まで御連絡を」
「待って! なんか魔王がブツブツと……ハァ? あんたマジで言ってるの?」
「陛下が、どうしましたの?」
「魔王がね、細木さんに『余の夜伽を命じる』と、ほざいてるの……」
「なっ!? なんですとっっ///」
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