第11話
「美海ちゃん、どうしたの? さっきからずっと黙ってるけど?」
「…………」
工藤をフッてから、少しだけ時間が経過した。
二人っきりの帰り道で、ムラサキが言った。
みぅはずっと俯いたままで、沈鬱な表情に明るさはない。
「さっき教室で、工藤君から告白された……」
「ふーん。それで、どんなお返事したの?」
「……ごめんなさいって」
「バカ」
頬をぷくぅーと膨らませたムラサキが、みぅのアタマをコツンと叩いてくる。
みぅの泣きそうな顔を覗きこんで、ロリな美少女が優しく笑いかけた。
「わたしは美海ちゃんの気持ちを知ってるし、工藤君の気持ちも知ってる」
「……うん」
「だからね、今ならまだやり直せると思うの」
「ありがとう。でもね」
「ダメ」
キンッと、透き通った否定だった。
街のざわめきの中でもクリアに聞こえる、空っぽのシャンパングラスを叩いたような硬質な否定だった。
ニコニコと笑みを絶やさないムラサキは、みぅに念を押してくる。
「美海ちゃんはね、工藤君と付き合わなきゃいけないの」
いつもの笑み。
柔らかで、人を安心させる、ムラサキ特有の笑みだった。
だけど、瞳だけは笑っていない。
「どうして工藤君の告白を断っちゃうかな? わたし分からないなー。工藤君は美海ちゃんのことが好きなのに。美海ちゃんは工藤君のことが好きなのに。そんなバレバレな両想いなのに。美海ちゃんの返事次第で幸せなカップル誕生なのに。なのに、どうして、なんで、なぜ、美海ちゃんは素直になれないのかな?」
「それは……言えない。でも、これだけは断言する。あたしは誰とも付き合えないの……」
「まさかのレズ?」
「違うわよ。あたしは……ごめん、言えない」
「だったら工藤君と付き合えばいいじゃん。むしろ付き合うべきだよ。美海ちゃんは工藤君と付き合わなくちゃいけないんだよ。勇気を出して告白してくれたんだよ? どうして告白を断っちゃうの?」
「……秘密」
「あははー。なにそれ? 意味わかんな~い」
ムラサキは、執拗に執拗に執拗すぎるほど、みぅに絡んでくる。
壊れたラジオのように。
同じようなことを、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も――この様子は明らかにおかしい。
みぅよ、注意するのだ。
いまのムラサキは、どこかおかしい。
「ねぇ美海ちゃん。どうしてなの? どうして告白を断ったりするの?」
「ムラサキ……あんた、ちょっとおかしくない?」
「おかしいのは、美海ちゃんの方だよっ!」
ムラサキが、目をつぶって大きく叫んだ。
大声に通行人がぎょっと肩をすくませて、みぅが慌てて静止する。
「ちょっ、声がデカっ!」
「触らないでっ!」
バシッと、ムラサキに腕を振り払われた。
呆気に取られるみぅは、ヒリヒリと痛む手をさすりながら言った。
「どうしたのよ? ムラサキ、なんかおかしいわよ?」
「おかしいのは美海ちゃんでしょ! どうして工藤君の告白を断ったりしたの!」
「ムラサキには……関係ないわ」
「関係ないなんて関係ないよ! 美海ちゃんは工藤君と付き合うべきなの!」
「だから……」
「美海ちゃんは!」
「っるさい! ムラサキにあたしの何が分かるのよ!」
「美海ちゃんも、わたしのこと何も知らないでしょ!」
おいおぃ……。
どうして放課後の帰り道、友達同士で派手な怒鳴り合いを始めるのだ?
「だぁぁぁ! ンなこと、あたしも知らないわよ!」
「だったら教えてあげるよ! わたしはね、美海ちゃんのことが大嫌いなんだよ!」
みぅの思考が停止した。
体の動きがピタッと止まって、意識から街のざわめきが遠のいていく。
言葉を失った口から出てきたのは、腑抜けた問いかけだった。
「……え?」
「あはは~☆ なにアホみたいなツラして、えっ、なの? うふっ、もしかして美海ちゃん、あたしに好かれてると思ってた? 殘念でした! わたしは美海ちゃんが大嫌いだよ! 大嫌い、大嫌い、本当にマジでとにかくすごく大嫌い。今すぐこの世から消え去って欲しいぐらい超大嫌い。だけど、でもね、それでもね」
壊れた表情で言葉を浴びせるムラサキは、その一言だけはいつも笑顔で言った。
「わたしは、美海ちゃんの味方をしてあげる」
「…………」
ムラサキから、何度も聞いた言葉だ。
みぅが追いつめられた時、苦しんでる時、ムラサキが優しい笑顔言う励まし。
壊れた笑顔のムラサキは、あっけに取られたみぅに告げた。
「美海ちゃんは、わたしをどんな女だと思ってた?
ちょっと可愛くて、少しあざとくて、マジでアタマが軽くて、誰にでも優しい。
面倒見がよくて、まるで天使みたいな女だと思ってた?
あはは、それはハズレだよ。
本当のわたしはね、本当の中村咲はね、どうしようもなくロクでもないクズなの。
カワイイ? たまにあざといけど。
アタマかるい? 程よくバカに思われるよう努力してるからね。
いつも楽しそう? 低能と話を合わせるとか退屈すぎて反吐が出ちゃいそう。
天使みたいな優しい性格? 心の流行語大賞は「死ね」です。
本当のわたしは、天使なんかじゃない。
根暗で、卑屈で、演技だけは上手な、とびっきり嫌なヤツ。
みんなバカ。バカバカバカ。
どうして、本当のわたしに気づいてくれないの。
どうして、偽物のわたしに気づいてくれないの。
ウソ、嘘、ウソ、嘘、ぜんぶ嘘なのに。
ブスが化粧で美人になるみたいに、全てをウソで偽ったわたしはどこでも人気者。
冷めた性格を、キャピキャピした笑顔で楽しく塗り替えて、
アホっぽい童顔を、あざとい天然キャラで可愛らしく塗り替えて、
小さくて起伏に乏しい体は、子供っぽくて抜けてる愛されキャラの構成要素。
こうしてわたしは、自分をよく見せるメイクを覚えた。
本当の自分を偽って、みんなに愛されて、みんなを見下して生きてきた。
あはは、騙されてる。
無垢で優しい天使みたいなわたしのウソに、みんな騙されてるんだー。
どいつもこいつも、チョロくて楽勝。
わたしの顔と体なら、男はすぐに好きになってくれる。
非モテのキモオタなんて一撃必殺。
ちょっと抱きついて匂いをかがせてやるだけで、すぐわたしに惚れてくれる。
女は、すこし厄介だけどコツがある。
協調と、同情と、えーと、あと何か、そうそう、嫉妬を抱かれないこと。
これさえ守れば、だれも彼もが、わたしを好きになってくれた。
だからわたしは、バカなみんなが大好き。
ちょろいもん。ちょろすぎるよ。手に入る愛は全て手に入るんだから。
でも、わたしは誰も好きになれなかった。
そう思ってた。
だけどね、ある日それは間違いだと気づいたの。
クラスの馬鹿でどアホでクソたわけな男子が、わたしに相談をしてきたわけよ。
いつものこと。特に珍しくないこと。
親身に相談を受ける演技をして、熱血バカなノリで手助けする振りをしてやる。
結果なんて知らない。わたしは嫌われないから。
これでいいんだ。これがわたしなんだ。
だけど、その馬鹿な男子が相談してきたのはクラスの嫌われ者についてだった。
――俺のせいでイジメられてる女がいる。
――本人に問題があるのも確か。
――だけど、どうにか助けてやりたい。
――手伝ってくれないか?
きゃー、羨ましい。
なにソレ? ステキな王子様きどり?
味方なしの孤立状態から、颯爽と助けに馳せ参じる白馬のイケメン王子様。
まさにシンデレラ・ストーリー! これで惚れなきゃ女じゃない!
うん、絶対に惚れるって。
超マジだよ。わたしの子宮がそう囁いてるもん。
ほんとマジで、お姫さま役に抜擢された女に、嫉妬で歯噛みしちゃう。
あっ……うん。
いいよ。わたしが手伝ってあげる。
でもね、だけどね。
わたしはね、わたしの王子様にね、ひとつだけ問い詰めたいわけ。
どうしてあなたのお姫さまが、わたしじゃダメなの?って。
――ワッツ?
――どうして?
――なぜ?
――なんで?
なにが不満で、あなたのお姫さま役は、わたしじゃないの?
どうして王子様は、わたしみたいに誰からも愛される女じゃなくて、生意気で、捻くれてて、ウザくて、素直じゃなくて、心を閉ざした、とびっきり可愛くない、嫌われ女を選んだの?
正義感から? それとも責任を感じて?
わたしは、王子様に尋ねた。
――あはは。もしかして工藤君、鳴瀬さんのことが好きだったり?
――片想いだけどな。
目の前が、真っ暗になった。
今まで積み上げたモノが、ガラガラと崩れた。
嘘つきなわたしは、にこやかな笑顔を壊さないように頑張った。
そうよ、いつもどおりにやればいい。
いつもみたいに、恋のキューピット役を果たせばいいんだ。
結果がどうあれ、わたしの努力は他人が評価してくれる。
わたしの評価は変わらない、誰からも愛される天使キャラのまま。
大好きな人に愛されようと作り上げた、心をメイクで厚化粧したわたしのまま。
――返事はどうする?
――やっぱり断っちゃうべき?
胸が苦しくて、涙が出るほど切なくて、事実がウソだと現実逃避で。
すげーよ。
恋のパワーって、マジすげーよ。
クソみたいに冷めたわたしが、
愛に生きるぜ!素晴らしきラブパワー!で泣きそうになるんだから。
だからね……言い出せないよ。
わたしが好きなのは、工藤君だよ――て。
鳴瀬じゃなくて、わたしを見てよ――て。
言えるわけないよ。本当の自分を
だから、演技するしかないよ。
いつもと同じ、本音じゃない言葉をペラペラ。
違う「イイね!」
ウソな「わたしに」
好き――と言えず、
言葉では「任せて!」
……
…………馬鹿なじぶん。
……
でも、嘘つきなわたしは好きと言えなかった。
だって、正直なわたしは工藤君が好きなんだもん。
愛する人が幸せになる方法は、わたし以外の女が幸せになることなんだもん。
工藤君の瞳に映ってるのは、
もし、わたしが工藤君との恋を諦めて、別の男と付き合ったら幸せになれる?
……分からない。意外と楽しいかもしれない。
だけど青春の一瞬を爆発させなかったことを、きっと死ぬまで後悔し続けると思う。
たぶん、工藤君も同じ。
わたしが工藤君の愛を奪って幸せにしても、工藤君は真の意味で幸せになれない。
だからね――」
今まで溜め込んでいた感情の全てを、遠慮ない言葉に変換してぶつけて。
ムラサキは、みぅに宣言した。
「わたしが嫌いなのは、世界でたったひとり」
その先の言葉は、聞きたくなかった。
だが、ムラサキの言葉は止まることはない。
みぅが耳を塞ぐよりも早く、ムラサキはそれを言った。
「わたしは、美海ちゃんがキライ」
「ウソ……よね?」
「ウソじゃないよ。わたしは美海ちゃんが嫌い。この世で一番大嫌い。殺したいくらい憎くて、嫉妬で狂っちゃいそうなほど羨ましくて、こうして会話するのも不愉快なぐらい嫌い。だけどね、わたしは美海ちゃんの味方になってあげる。世界が敵になっても裏切らない。工藤君が美海ちゃんのことを好きなうちは、わたしが美海ちゃんを守ってあげる」
そこまで言い切ったムラサキは、いつものムラサキに戻っていた。
明るくて、楽しそうで、正義感が強くて、面倒見がいい、天使みたいなクラスメイトに。
ニコっと。
いつもの笑顔を浮かべる、ムラサキは。
愛嬌と茶目っ気たっぷり、小柄でロリな身体的特徴をフルに活かした仕草で。
パチっと片目をつむって、ぺろっとあざとく舌を出しながら言った。
「わたしは美海ちゃんのことが大スキらい――なんちって、ねっ♪」
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