第7話
「美海ちゃん! 今日も一緒に帰ろうよ!」
帰りのHRが終了したら、ムラサキに抱きつかれた。
頬をスリスリされて、みぅはため息をひとつ。
「誰でも構わず抱きつく、ムラサキのハグ癖、よく男子を勘違いさせるそうね……」
「うん。たまに告白されるの」
「非モテ女に、背中を刺されても知らないわよ……」
「あはは」
学校帰りのみぅとムラサキは、通学路を一緒に歩いていた。
それを遠目から見ると、二人は仲の良い友達同士にしか見えない。
楽しげに話しかけるムラサキだが、みぅの返事は「だから」「それで」「ふーん」ばかり。
まったく、このコミュ障娘は。
ムラサキは、ぼっち娘のみぅを気遣ってくれているのに。
なのに、貴様は……
「美海ちゃんって、好きな人いる?」
「さぁ」
「その反応、怪しいなぁー。実はいたりするんでしょ?」
「どうだか。ムラサキは?」
「いるよ」
笑顔でみぅの質問にハキハキと答える、ムラサキの素直さが眩しい。
みぅにも、彼女の愛嬌が半分でもあればな。
まぁ無理であろう――て、こけし型のストラップを弄るのはよせ。
「ふーん」
「わたしって基本人嫌いにならないからね。たいていの人なら好きになれるんだ」
「へー」
常に明るいムラサキが「非モテ殺し」の異名を持つのも無理ない。
こんなのがクラスにいたら、そりゃ惚れる。
小柄で童顔のロリ少女に笑顔で優しくされたら、勘違いもするであろう。
それが非モテ男子だったら、なおさらである。
後ろから抱きつかれて目元を覆い隠され「だぁーれだぁ?」でノックアウトだろうし、教室でお菓子を食べてる時に「ひとつ分けてぇー、あーん♪」とか即死攻撃にも等しい。
こんなあざとさが制服を着ているようなキャラでも他の女子から反感をほとんど買っていないのは、彼女の人柄ゆえであろう。
まったく、みぅも少しは見習うべきである。
「あたしには、真似できそうにないわね……」
「そう? だれでも好きになるのって、意外と簡単だよ?」
「あたしには、単にムラサキの性格が、ぶっ飛んでるだけにしか思えないわ……」
「あはは、それ違うよ。わたしにも嫌いな人はいるモン」
「あんたに嫌われるとか、相当なヤツでしょうね」
「うん。大っ嫌いな人が教室に一人だけいるの。それは――」
ムラサキが言いかけた時。
どこからか現れたスーツ姿の男性が、みぅに話しかけてきた。
「すいません」
「駅なら向こうよ」
「ハハハ。鳴瀬さんは、ナンパをあしらうのに慣れてますね」
有名オカルト雑誌の編集員。自称ジャーナリスト。
夜空に古代マヤ文明の予言を追いかけ、多摩川の河川敷に首長竜を求める、陰謀論に恋して宇宙人の侵略を夢見るドリーマー、キバヤ氏だった。
爽やかな笑みを浮かべるキバヤ氏は、ムラサキに話しかけるのだ。
「はじめまして。通りすがりの怪しい人です」
「はじめまして。美海ちゃんのクラスメイトの怪しい人ですっ」
「鳴瀬さんのお友達ですか?」
「えへへ、ちがいまーす。友達じゃなくて、美海ちゃんを助ける正義の味方です」
「あんたら、なんで初対面なのに和やかな会話ができるのよ……」
「鳴瀬さんって、パワーストーンを信じますか?」
「会話のキャッチボールを放棄する方法が、スピリチュアルね……」
「オカルト雑誌の編集ですから。よろしければどうぞ。ヒマラヤで採掘された宝石にチベットの高僧が念を込めた逸品です。持ち主に幸運を授けるそうですよ」
「とりあえず、貰っとくわ……」
胸ポケットに白く光る石ころキーホルダーを入れながら、みぅは言葉を続けた。
「で、なんの用で来たのよ?」
「もちろん取材です。以前、鳴瀬さんが巻き込まれた事件について」
「帰って下さい!」
みぅの代わりに言ったのは、ムラサキだった。
表情から明るい笑顔がサッと引いて、大きな瞳が警戒の切れ長に変わる。
「話すことは何もありません。そうだよね、美海ちゃん?」
「うん、まあ」
「ほら! 美海ちゃんも拒絶してます! それに――」
キッと、鋭く睨みを聞かせて。
不快と嫌悪を隠そうとしない、ムラサキは言うのだ。
「他人の辛い過去をワザワザ掘り起こすのは、サイテーですっ!」
「ヤレヤレ。これは出直しかもしれませんね」
キバヤ氏は丁寧な一礼をしてから、みぅたちに背を向けた。
そして、振り返って言うのだ。
「また、お伺いします。どんな些細なコトでも構わないので、お話を聞かせ下さい」
「いーだッ!」
ムラサキは、キバヤ氏の後ろ姿に歯を剥いて威嚇するのだ。
姿が見えなくなると、ムラサキは言った。
「多いの? あーゆーの?」
「最近は見なくなったわ。でも、妹の話だと、まだいるみたい」
「……妹さんの方がメインだもんね」
「そう。おかげで学校にも行きづらいみたいなの」
「学校の先生は……いや、ゴメンネ。わたし、余計なこと聞いちゃって」
「別に構わないけど」
すました顔で言いながら、みぅはギリッッと歯ぎしり。
我慢できない悔しさと、行き場のない怒りを、奥歯で噛み殺していた。
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