第6話

「で、女子トイレで待ち伏せってワケね……」


 四国軍団に言いながら、みぅはブルっと体を震わせた。

 ビビってはいない。たんに寒いのだ。

 二月初旬の女子トイレは、学校屈指のクソ寒いスポットだからな。


「ちょっとあんた、最近ズイてない?」


 女子トイレには、五人の女子が待ち受けていた。

 例の四国軍団を擁した「篠原グループ」で、今はお昼休みである。


 みぅは、面倒くさそうに言う。


「さぁ? なんのこと?」

「あんたが、工藤くんのグループに擦り寄ってる件よ」

「それなら向こうが勝手にあたしを勧誘してるだけ。こっちも迷惑してるの」

「ざけんじゃないわよ!」


 胸ぐらを掴まれそうになったので、みぅはバックステップで距離を取る。

 かるく身構えて、鼓動がトクンと高まる。


 みぅよ。

 もし暴力を振るわれたら、大声で叫ぶのだぞ。


「……いま、大声で叫んでいいかしら?」

「叫びたいのはこっちよ!」

「そうよ! そうよ!」

「あんたが工藤君と馴れ慣れしくしてるせいで、コッチーがどれだけ悲しんでると思うの!」

「いや、ンなの知らないから」


 みぅは言いながら、ガチで困った表情を浮かべている。


 むしろコッチーってダレだ。女子全員の名前なんて覚えてねーよ。

 せめて苗字で呼べ。そっちなら分かるから。

 おめーら、ただでさえ「徳島すだち」「高知かつお」「香川うどん」「愛媛みかん」と覚えやすいんだから。


 みぅは心のなかで毒づきながら。

 出入り口に立ち塞がる香川カガミンに言った。


「そこ通してくれない?」

「マジであんたムカつくわね。殴っていい?」

「暴力はダメ」


 ボソッと、他人事のような指示が飛んできた。


 女子トイレの奥で、こちらを伺う篠原だ。

 トイレの芳香剤に混じって、篠原が付けた香水の匂いがする。


「でも、シノ!」

「収まりが付かないなら、アレを見せてあげたら?」

「それ名案!」

「コッチー、アレ見せてあげなよ」


 メンバーに促されて、たぶん高知であろうコッチーが、腕のシャツをまくる。

 左手首に、皮だけ切ったような、わざとらしい傷が付いていた。


「あんたのせいで、コッチー、自殺未遂までしたのよ!」

「……」


 みぅは、衝撃の事実に言葉を失う。


 まじかよコイツら、おめでてーな。

 唖然。呆然。突然。全然、それ自殺未遂じゃないから。

 死にたいなら、飛び降りろ。

 首に縄つけて、ビルの屋上からフライハイしやがれ。

 おめーには覚悟がたりねぇんだ。

 気軽に自殺未遂できる身分が羨ましいわ。


 そんな、みぅの心の声が聞こえてきそうな状況で、


「コッチーが工藤くんのこと好きなの、あんたも知ってるでしょ?」


 知らないし、興味もないハズだ。


「それなのに、見せつけるように工藤くんとイチャついて」


 こっちも迷惑してんだ。羨ましいなら変わってやる――と、言いたいハズ。


「ってか、あんたマジでいい加減にして欲しいんだけど?」


 苛立つみぅが、気配だけで吾輩に尋ねてくる。

 ――コイツら殺ってもいいか?


 みぅの気持ちも分かるが、今は感情を抑えるべきであろう。

 手を出したら、悪者にされるのはこちらだ。

 どちらにせよ喧嘩両成敗、たとえ売られた喧嘩でも手を出せば判定は悪である。

 イラつくであろうが、バカは相手せずに限るぞ。


「ったく。理不尽極まりないわね」

「はぁ? なにその言い方? あんた反省してるの?」

「あー、反省してるから。もうやらないようにしまーす。帰っていいかしら?」

「その態度がムカつくのよ!」


 たぶん徳島なトッキーが殴ってきた。

 命知らずめ……みぅの身体能力の高さを知らずに。

 みぅ、手だけは出すなよ。


「うん」


 バッと、みぅは足払い。

 ドテンとすっ転んだ徳島は、おしりから床のタイルに叩きつけられる。


「きゃん!」


 情けない悲鳴を上げる徳島。スカートがめくれて水色のパンツ丸見えだ。

 みぅは、その隙間に上履きを突っ込んで、

 ――ザッ

 徳島の水色パンツを、一気に引きずり下ろす。


 うむ。確かに『手』は出してないな。

 だが、そこまでにしておけ。


「はい。落とし物よ」


 上履きに引っかかったパンツを、みぅは廊下に蹴り飛ばして返却。

 パンツを拾いに走る徳島に足を投げ出して、廊下でコケさせるのも忘れない。

 ノーパンの徳島は、ど派手にすっ転ぶ。

 校則違反ギリギリの短いスカートが捲れて、廊下でお尻を丸出しの無様な格好だ。


「じゃあね」


 軽く別れの挨拶をして、みぅはトイレの出口に向かう。

 背後で四国軍団がわめいているが、そんなものは聞き流して構わない。


「――鳴瀬さん」

「ん?」

「……なんでもない」


 篠原麗子は、何かを言いかけて、みぅから視線を逸らした。

 ウェーブした毛先を弄る篠原の目は、いつもの気だるそうな瞳だ。

 そこに感情はなく、普段通りにしか見えない。


 だが、みぅを呼び止めた時の篠原は――

 普段の無気力な姿からは想像できない、鋭利に尖った殺気で満ちていた。 

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