第4話
美海の高校は、自宅マンションから徒歩圏内にある。
見た目はギャルでも成績優秀なので、それなりの頭がないと入れない都立高校に通っている。
季節は冬である。
桜の舞い散る季節に入学して、気づけば年をまたいで二月だ。
クソ寒い時期だが、暦の上では立春。
これでも季節は春らしいが、吾輩は認めないぞ。
二月の初めは、冬に決まっている。
「さむぅ……」
ビューッと。
冷たい冬の風が、ダッフルコートをパタパタと揺らす。
余談だが、ダッフルコートは制服のスカートより少し長いモノをチョイスした。
なぜか?
ダッフルコートの丈は、長いほうがエロいからである。
裾でスカートが隠れて見えないと、下に何も着てないようでドキドキするからだ。
これは生足と組み合わさると効果が倍増する。
黒タイツを履くと魅力は減るが、絶対領域を強調できる膝丈タイツなら心配ない。
「魔王のおかげで、ファッションに悩まなくてラクだわ……」
うむ。存分に頼るがよい。
常に流行を先取り女子力アップに勤しむ吾輩は、みぅを一流ガールにコスメしてくれよう。
今宵に召した黒タイツであるが、膝丈のモノをチョイスした。
これは掘り出し物だぞ。
膝の部分だけがレース生地で、ほのかに透けた地肌の白さが男の視線を惹きつける絶妙なアクセントになるのだ。
しかも、膝の模様がネコの肉球デザインで可愛い。
駅前の300円ショップで買い求めたものだが、さすが三倍なだけあるな。
百均とは違うのだよ、百均とは。
「確かに、これは可愛いかも?」
うむ、使えるおしゃれな商品が多くて助かるな。
他にも、ネコの顔をデザインした黒タイツもあったが、これは使う人間を選ぶな。
着用者の足が相当細くないと、ネコの顔が横に伸びてデブく見えるのだ。
ウエスト60センチの場合は、
「――ッ」
おっと失礼した。言い過ぎを詫びよう。
だから、コケシ型のストラップに指を添えるのはやめるのだ。
しかし、学校まで徒歩15分という環境は恵まれている。
都内の通学は、まったく女子高生にとってロクなものではない。
朝のラッシュの電車やバスは、常に満員&痴漢だらけの魔窟であるからな。
「偏見ありすぎよ」
閑静な住宅街を、ツカツカと歩きながら。
みぅは、冬風にも負けない冷たい口調で言った。
その姿は、他人から見るとひとりごとの激しいギャルである。
一応、Bluetoothヘッドセットで、他人と通話中のカモフラージュをしているが。
「携帯のワイヤレス通話、ほんと日本だと流行んないわよね……」
うむ。パッと見だと知らない人と会話する危ない奴にしか見えぬからな。
しかし、みぅよ。
吾輩の考える通り、朝の満員電車は痴漢や変態だらけで間違いないハズだ。
噂によれば、男どもは痴漢をスポーツ感覚で楽しんでいると耳にする。
処女膜の吾輩に耳はないが、思い出すがよい。
電車に乗っていた時、みぅの前で股間をいじりだしたオヤジを。
「あれでしょ。チンポジ直し」
コラ、女の子が下品な単語を使うでない。
確かにチンポジは大事だ。吾輩も転生前は男であるから理解できる。
たとえ22世紀になっても、女には分からぬであろうな。
マイベストなポジションから離脱した時の、不安混じりでソワソワしたもどかしさを。
「うん。わかんない」
だろうな。
下着の中で、皮が剥けた焦りも相当なモノであるぞ?
チンポジを迅速に直すのは男として分かる。
だが、さすがに五回は直しすぎだ。
あれは変質者である。
チンポジ直しをみぅに見せて、興奮していたに違いない。
「二回までは大変興味深い光景だったわ。あとは飽きてどうでも良くなったけど」
これが女子高生の本音か。
自分の知らない男の性には興味津々だが、知った途端に興味をなくすという。
男女でシモの話題で盛り上がるも、前触れもなく興味をなくして空気が白ける現象だ。
あと、ほかにもあっただろ。
バスの中で、ずっと乳首を弄ってた男とか。
「痒かったんでしょ?」
いや、あれも歪んだ性癖のディストーションの開放行為なのだ。
ところで、みぅは気づいておるか?
先ほどから、妙な男に背後を付けられているぞ。
「…………」
スーツ姿の男性、背後からピタリだ。
爽やかで清潔感のある若々しい印象の男だが、年齢は30代前半ぐらいであろう。
フレッシュな若手政治家のような容姿をしているが、目つきはハンターのものだ。
獲物はおそらく、鳴瀬美海。
「どうする?」
相手の素性が不明な現状では、なんともいえぬ。
ただのナンパか、それともアレ関係か。
どちらにせよ、向こうから接触がない限り、相手せずの姿勢で構わぬであろう。
絡んできたら、そのつど対処を考えよう。
「頼りにしてるわよ」
吾輩の助言に、かるく返事をして。
みぅは、住宅街の静かな通学路を黙って歩き続ける。
背後の気配は消えぬままで、
「おはようございます、今日も寒いですね。この冷え込みはしばらく続いて、来週には雪も降るそうですよ。ところで、
「人違いです」
「失礼しました。今はお名前を変えて鳴瀬美海さんでしたね」
「…………」
「後見人の方から苗字をお借りたんですよね? お気持ちは分かります。妹の美麗愛さんは、アノ事件の被害者として名前と顔が世間に知れ渡っていますから。さすがに丸橋姓のままでは、暮らしづら――」
「黙ってもらえますか?」
ギリッッと、みぅの歯ぎしりが響いた。
不快や嫌悪を隠さない、視線だけで人を殺しかねない睨みで威嚇する。
それを「おぉ、怖い怖い」と小馬鹿にをする男は、ハンサムだった。
清潔感のあるスーツをパリっと着こなして、容姿に関してはおよそ完璧に近い。
甘さと鋭さを兼ね揃えた、キレモノな面構えだ。
「自己紹介が遅れました。私はこういうものです」
自然な流れで、名刺を差し出す男。
清涼感のある笑顔を浮かべて、人に警戒心を与えない低姿勢な喋りはプロの手口。
どうやら、アレ関係で間違いないらしい。
「…………」
「おや? 警戒心がお強いようですね」
「怪しさが服を着て歩いているような人に声を掛けられたら、警戒ぐらいするわよ」
「ですよね。この仕事、最初がキツイんですよ。こちらも面識のない方に初めて声をかけるときは、いつも内心ドキドキです」
にこやかな笑みを浮かべる、男の差し出した名刺を見る。
肩書は「ジャーナリスト」
他人のプライバシーにズカズカと踏み込んでくる、みぅが最も嫌悪する人種だった。
「ふーん。つまり、あたしに取材しに来たってこと?」
「はい、あの事件の当事者の一人である」
「サイコーに不愉快。さっさと消えて。あたしは忙しいの。登校中のJKなの」
「今すぐこの場でなくても構いません。よろしければ、放課後にでも」
「キモいおっさんに付きまとわれてるって、今すぐこの場で叫んでオッケーかしら?」
「あはは。もう若くないことを自覚しているので傷つきます」
男の爽やかな笑顔で、みぅはイラついた。
ググッと握った拳、ギリッと凍てついた視線、拒絶のオーラを隠すつもりなし。
冷たい反応にもめげず、ジャーナリストの男性は声を潜めて言った。
「実はここだけの話なんですけど、妹さんの事件――CIAの陰謀なんです」
「はい?」
「鳴瀬さんは、世界を影から操る『三百人委員会』をご存知ですか?」
「聞いたことなら……」
吾輩も聞き覚えがあるぞ。オカルト番組の陰謀論特集でな。
三百人委員会とは、世界を裏から牛耳る悪魔崇拝組織で構成員が五百人ほどいるらしい。
そして南米には吸血怪物チュパカブラがいて、モンゴルには電撃を自在に操るデスワームが出現して、人類は月に行ってなくて、つまり地球は滅亡するそうだ。
ようするに、ネッシーやミミズバーガーみたいなモノだ。
「それって、胡散臭い都市伝説でしょ?」
「いいえ。三百人委員会は実在する闇の組織です。世界の政治と経済を裏から牛耳る三百人委員会は美海さんの養父を敵対視しておりました。ゆえに策略をめぐらして」
「それ、気のせいだと思うわ……」
「鳴瀬さんは三百人委員会の恐ろしさを知らないんです。彼らは千年以上の長きにわたって世界を裏から操作してきた」
「あなたは疲れているのよ……」
「もしよろしければ、名刺の連絡先に御連絡をお願いします」
そう言われて、みぅはもらった名刺をチラリ。
そこに書かれた氏名は「
気になる勤め先だが、有名オカルト雑誌『月刊アトランティス 編集部』だった。
月刊アトランティスといえば、
「確かコレ、有名オカルト雑誌ですよね……」
「はい。今月号の特集は『ノストラダムスの大予言はまだ終わっていない』です。他には、幻の超古代金属『ヒヒイロカネ』に関する考察記事や、中学生にも出来る降霊実験など」
「うん。アホらしいことで有名なオカルト雑誌で間違いないわ……」
モルダーでキバヤシな牙谷氏に、美海は呆れきった表情で言うのだ。
「で、ガチで信じてるの? その陰謀論?」
「はい」
そう答えるキバヤ氏は、まっすぐな瞳をキラキラと輝かせていた。
それは、穢れなき少年の瞳。
野山にツチノコを追い求め、海に沈んだ大陸に夢を抱く、ノストラダムスの申し子だ。
みぅは、困った様子で立ちすくんでいる。
たぶん、吾輩の助言を待っているのであろうが……相手にする必要はない。
すこし話を聞いてみるのも面白そうだが、
「で、キバヤさんは陰謀の調査であたしに会いに来たわけ?」
「いいえ。じつは他の取材のついでなんですよ。この街に異世界から転生してきた勇者がいるとの未確認情報がありまして」
「な、なんですってぇー!?」
みぅが食いついた。
吾輩も、思わず身を乗り出しそうになった。
処女膜の吾輩がどこの身をどう乗り出すのかは不明だが、あくまで比喩的な表現だ。
首を傾げるだろうが、どうかご了承を願いたい。
キバヤ氏は、淡々と説明を続ける。
「知人の占い師からのタレコミなんです。ご存知ありませんか? 最近はテレビ番組の出演も増えてきた、預言者の異名を持ち占星術を自在に操る高潔なる女占い師アイドル『
「あー、全国のお茶の間を爆笑の渦に叩き込んだ『パワーボム・読心術』で有名なタレント占い師ですね……」
「はい。占い対象にプロレス技をかけて、意識が朦朧とした心を視るそうです」
みぅよ。
その名刺、念の為とっておけ。
吾輩たちの前世と預言内容が被っているのは、何かの偶然だと思うが。
「預言だと、異世界の勇者はどうなるのよ……」
「細木先生によると、近いうちに大きな変化が訪れるそうです」
「どんな変化?」
「なんでも、異世界から暗殺者が派遣されて、地球を舞台に戦いを繰り広げるとか」
「ハハハ、なにそのラノベ?」
みぅが立ち尽くして、乾いた笑いをポロポロこぼす。
心に引っかかる部分はあるが、たぶん大丈夫だ。
細木若子は「ラリアット除霊術」や「練乳★丑の刻参り」の使い手である。
たぶん、偶然であろう。
「今回のメイン取材はコレです。動く死体の都市伝説。女子中学生の遺体が霊安室で奇跡の蘇生を果たした事件です。これは現代を生きる死霊術師が関わっているとも、某超大国の死者を蘇生させて不死の兵士を作る研究のテストケースとも」
「あー、オカルトに興味ないわ。それよりキバヤさん。ひとつだけ忠告していい?」
「どうぞ」
「もし、妹にインタビュー仕掛けたら――あたし、何するか分かりませんから」
「ええ。肝に命じておきます」
みぅの警告には、尋常ではない殺意が込められていた。
それに動じず、嫌味のない笑顔を貫くキバヤ氏は、さすがジャーナリストだ。
「ったく。面倒くさい」
通学路から立ち去るキバヤ氏を見守りながら、みぅはうんざりと呟いた。
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