第2話


 まどろむ意識で、もーろーと。

 朝日がポカポカ、明るいまぶた、ここは自宅で、いまは早朝。

 窓辺でさえずる小鳥の声が、チュンチュン、かちかち、時計のリズム。

 耳に聞こえる、朝のメロディー。

 目覚まし時計が、リンリン、リーン。


「すやー、くかー」


 チクタク、時計のリズムに合わせて。

 くぅーくぅ、すやすや、コイツは寝ている。

 起きろと叫ぶが、声は出ない。

 朝だと喚くが、こやつは寝たまま。

 寝返りゴロリ、むにゃむにゃハッピー。

 睡眠モードで、しあわせ気分。


「すぴー、Zzz..」


 ダメだ、起きない、まだ寝てる。

 コイツはいつでも聞く耳持たずで、お目覚めボイスは宛先不明。

 マイペースに馬耳東風、状況レッドでマジ頭痛。

 ガンガン、ズキズキ、頭痛が痛い。

 処女膜である吾輩だが、痛みを覚える頭はどこであろうか?


「ぴすー、Zzz..」


 幸せそうに、惰眠をむさぼる少女。

 名前を鳴瀬なるせ美海みうといい、前世で勇者と呼ばれし少女だ。

 しかし、小娘の分際できもわっておる。

 吾輩の命令に従わずに寝坊を図るとは、随分ときょうじさせてくれるものよ。


 さすがは元勇者であるが、吾輩も前世で魔王と呼ばれし男。

 今はただの処女膜だが、神算鬼謀しんざんきぼうの指導者として異世界に君臨していたのだ。


 たとえ吾輩にくだす手がなくとも、優秀な臣下しんかたちが控えておる。

 寝ぼすけ娘を覚醒させるのは、余の忠臣ちゅうしんである貴君きくんをおいて他にいない。


 ゆけ、目覚まし時計よっ!

 汝がクオーツをもって、寝ぼすけ娘の甘えを打ち砕(カチッ)


「すやすや」


 クククッ、目覚まし時計がられたか。

 そちの活躍には期待していたが、案外腑抜ふぬけなモノよ。


 しかし恐るべきは、鳴瀬美海なるせみうである。

 半分寝たままで、目覚まし時計の息の根を止めるとは手練である。

 流石は、前世で勇者の称号を付与されし少女である。


 だが、目覚まし時計は余の忠臣たる『おはよう四天王』で最弱の存在だ。

 まさか、みぅは忘れておらぬだろうな?


 ――目覚めよっ!

 ――さっさと起きないと、アイツが来るぞっ!


「んみゅ?」


 おはよう寝ぼすけ。お目覚めの気分はどうだ?


「むゅにぅ……」


 処女膜に憑依した吾輩の問いかけに、みぅは反応せず。

 まぶたをゴシゴシ、首をコキコキ、背伸びで「う~ん」とストレッチ。

 枕と毛布が行方不明で、呑気に「ほぇ?」と首を傾げている。


 みぅよ。

 二度寝を欲する汝が求める枕と布団は、ベッドの下に転がっておる。

 しかし、高校生になっても寝相の悪さは子供の時から変わらぬな。


「うぅ~ん……Zzz..」


 寝るな。

 まったく貴様はいつだって……まあ良い、吾輩は寛大である。

 ゆえに、枕や毛布がポルターガイストの奇想天外な起床風景は許そう。

 看過かんかしがたき、二度寝にも慈悲を与える。

 だが、三度寝は遅刻あるのみ。

 ダラダラ死すべし。さっさと着替えるのだ。


「うぅぅ、どうして朝なのよ、バカ処女膜っ」


 相変わらずクソかわいくないな。

 いわゆる反抗期か。

 高校一年生の女子高生には、吾輩のお説教なんぞ理解の範囲外なのだな。

 以前は、もっと素直で可愛かった気もするが、


「あー、うざっ」


 今では、このザマである。


 勇者の称号を下賜かしされし救国の乙女も、平成の世に転生して気づけば十六歳。

 いまは、どこにでもいる一般人。

 魔法も異能も使えない、ごく普通の女子高生である。


 ところでハナシは変わるが、みぅの風変わりな名前は「DQNネーム」というらしい。聞くところによれば、最近の親は子供に妙な名前を付けたがる傾向があるそうな。多くの場合、DQNネームのしわ寄せは子供に向かう。みぅも「若いうちはいいけれど、年取ってこの名前だと死ねるかも……」と怯えている。


 何はともあれ、さっさと制服に着替えろ。

 あと、何度ノーブラで寝るなと言えば分かるのだ。


「つけない方がラクなのよ」


 吾輩の苦言にかったるそうに答える、みぅの服装はタンクトップにパンツだけ。

 いくら女だけの二人暮らしとはいえ、これは酷すぎる。

 名誉も恥じらいもないディストピアな姿に、ため息が漏れる。

 処女膜のドコから息が出るのかは不明だが、抑えきれない無力感はガチである。


「寝てる時もブラとか、アタマおかしいから」


 睡眠中ぐらいは、窮屈な下着の呪縛から逃れたい気持ちは理解しよう。

 だが重力は寝ていようが関係なく、みぅの胸をむしばみ続けている。

 大手下着メーカーが長年に渡って調査した結果、女性のバストを支えるクーパー靭帯は一度伸びてしまうと二度と元には戻らぬらしい。

 将来、乳が垂れても知らぬぞ?


「……ッ」


 今さらタンクトップ越しに、胸を持ち上げても遅い。

 ラクさを選んでブラを外した結果、みぅの胸は今も万有引力に陵辱されている。

 バストは一生の友だ。

 これからもキレイで張りのある関係を続けたいなら、窮屈でも家ブラを怠るな。


「ぐぬぬ、夜用のブラもあるそうね」


 らしいな。商品名は「ナイトブラ」だ。良きネーミングである。

 女性に肌身離れず付き添い、心地よいホールド感でバストのスタイルをキープする姿は、姫君に仕える騎士ナイトの誉れがふさわしい。


「ただの変質者じゃない」


 姫君のバストを守るためには、乳フェチになるのも致し方ない。

 吾輩も興味あるし、ネットの評判を調べてから、購入を検討しようではないか。


「カワイイのあるかな?」


 みぅには見せる相手がいないから、ベージュか何かで構わな、


「……っ!」


 よせ、やめろ!?

 無言で、制汗スプレーを逆手に持つでない!?

 吾輩は、みぅの処女膜なのだぞ!?

 ソレをツッコまれたら、吾輩は死んでしまうかもしれん!?

 もちろん、物理的な意味で!


「ったく。処女膜と一生付き合っていくなんてゴメンよ」


 おぉ、勇者よ。

 現代日本において、処女はステータスだ。

 そなたら少女は、なにゆえ処女を捨てたがる。

 清純こそ素晴らしい。穢れなき少女こそ美しい。

 だから、みぅよ。

 吾輩の声に導かれるまま、制汗スプレーから手を放すのだ。

 美しきそなたに、ソレは似合わぬ。


「前世でも同じようなこと、言われた気がするわね……」


 うむ、吾輩も覚えておるぞ。

 前世で携えていたのは、制汗スプレーではなく聖葬剣せいそうけんアルケノスであったが。


「まったくトキめかなかったのを覚えてるわ。あー、自分の処女膜がうるさくて鬱になりそう。これ確実に精神病んでるわ。処女膜が喋るとか幻聴の末期じゃない」


 やめておけ。

 処女膜の声が聞こえると病院に駆け込んだら、精神を疑われるぞ。

 そして処方される、役立たずなお薬のスパイラルだ。


「医師が診察した結果、幻聴の治療には処女を捨てるのが一番と判明したそうよ」


 故意にこう言うコイツの腐れ根性は、いつか叩き直す必要があるな。

 ところで、みぅよ。

 タンクトップを脱いで、胸をモミモミ、なにを確認しているのだ?


「……垂れ具合」


 気にするぐらいなら、日頃から乳ケアを怠るな。

 あと、下着も変えておけ。

 クロッチに、外で履くにはヤバげな染みがあったぞ。


「サイテー」


 まったく、かわいくない奴め。

 ルックスだけは良いくせに、性格面に問題がありまくりだ。


「処女膜に魔王が憑依して24時間365日、プライバシー侵害され続けたら性格ぐらい歪むわよ。あー、マジで処女捨てたいわ。巫女志望でもないのに股間の膜切れ守り通して十六年よ。処女。バージン。もうバージンというかバーじんよ。そう、あたしは神。神に仕える巫女をスキップで飛び越えて、なんと神様になってしまいました。わーわー、スゴイ、むなしくて……死にたいっ」


 吾輩は、なにも言ってないからな。

 登校まで時間も少ないし、さっさと着替えろ。


「ん? あたしの乳首、右と左で色が違わなくない?」


 妙な発見してないで、さっさと着替えだ。

 ちなみに、吾輩には違いが分からん。


「ちゃんと見てよ。左の方が色濃くて、コーヒーミルク的な色合いじゃん」


 コーヒーミルクは、言いすぎであろう。

 まだまだ、いちご牛乳。ピンクに分類されている。


「そう?」


 まんざらでもなさそうな表情で、みぅはパンツを脱いだ。

 寝室の鏡に写るJKの裸体は、認めたくないがそれなりにエロい。

 みぅのスタイルは、167-86-60-88のDカップだ。なんでも人気ソーシャルゲームに登場するハーフ美少女と同じらしいが、この話題になると「所詮リアルはこんなモンか」と、二次元と三次元の違いに落胆されることも多い。理不尽である。


 ちなみに西洋人の血を引くゲームキャラと違い、みぅは純和風の風貌である。

 セミロングの黒髪と、クールな雰囲気が特徴だ。

 ちょっとそこらでは見当たらないレベルの容姿の持ち主で、黙っていれば確実にモテるし、実際にナンパや告白沙汰は珍しくない。


 ただコイツには、絶望的に愛想が足りない。

 無口という名の無愛想を貫いて、ツンっとお高く止まったすまし顔のアホで、クール気取りな態度の悪さが目立つ。

 みぅのコミュ障は深刻で、教室でクラスメイトに話しかけられても「だから?」「それで?」「ふーん」と、孤高気取りのぼっち娘を貫くほどだ。


 ちなみに、高校の制服はブレザー。

 ミニスカ+シャツ出し+第二ボタンまで全開+ゆるいネクタイ=ギャルっぽい着こなしで、彼氏もいないのに左手の薬指にシルバーの指輪をはめている。

 ギリギリ生活指導に引っかからない程度に着崩している理由は、黙っていれば清楚で可憐なみぅに変な男が寄ってこないようにする虫除けスプレー的なものだ。

 まったく効果はないが。

 髪の毛をギャルっぽいブラウンに染めてた時期もあるが、維持するのが面倒なのと、生活指導の教師に墨汁で染められたのがトラウマで黒髪に戻したのは触れてはいけない黒歴史らしい。

 鏡を見ながら、全裸のみぅが問いかけてくる。


「やっぱり左の乳首、色がココア系になりつつあるかも?」


 気にしすぎだから、さっさとブラを着けろ。

 余談だが、処女膜に宿る吾輩は、みぅの見たモノをそのまま見ている。

 吾輩とみぅは、五感を共有しているのだ。

 みぅの聞いたもの、みぅの触れたもの、みぅの味わうもの、全てが吾輩に伝わる。


 ゆえに、お願いすることもある。

 処女膜に転生したとはいえ、吾輩も人格を持つがゆえ肉体的な快楽を求める。

 だから恥を忍んで、みぅに吾輩の快感に奉仕を願うのだ。


 そう、耳かきとはいいものだ。


 かつて魔王と呼ばれていた頃も、自家製の耳かきを何本も所有していた。前世で鍛えた秘技や絶技の価値は、偉大な賢者の書いた魔導書にも匹敵するであろう。吾輩はその全てをみぅに伝授している。注文が細かいと怒られることもあるが、吾輩のアドバイス通りに行う耳かきがもたらす異常快楽には抗えない。


 今では、みぅも立派な耳かきスト。

 幼女を耳かきの快楽で調教する過程は、思い返すだけで愉悦がこみ上げてくる。

 さて、


「そろそろ来そうね」


 うむ。そろそろであろうな。

 吾輩とみぅが、こっそり確認をとっていると、


 ――ガチャッ


 寝室のドアが開いて、元気で明るいロリっ娘が飛び込んできた。


「おはようなのです! お姉ちゃんLOVE☆ふぉーえばぁ! 法律が変わるまで結婚は待って欲しいでお馴染み、花も恥じらう中学二年生の妹「鳴瀬なるせ美麗愛みりあ」が、お姉ちゃんにおはようのチューをしにきまアッガイっ!?」


 ザクッと、お腹にパンチが炸裂。

 的確にレバーを狙った腹パンは、湿った打撃音を伴って「妹」を床に沈める。


 さすがは、前世で勇者の称号を授けられし少女だ。

 出会い頭で、瞬撃を用いて、瞬天を狙った、瞬殺の腹パンを放つとは。


 このオンナ、手慣れておる。


「ぐ、グフふふっ、わ、我々の業界ではご褒美なので、す……」


 そして、この妹は上級者すぎる。

 いわゆる「HENTAI」という人種なのだろう。

 みぅの妹みりあは、ザクっとお腹を殴られて、グフっと呻きを漏らして、


「た、たとえ、この場で倒れようと……いずれ、ギャン!?」


 無言で放たれたかかと落としが、妹の顔を床にズゴックと押し付ける。

 こめかみを指で抑えながら、みぅは言うのだ。


「あんたは、床とキスしてなさい」

「はぁはぁ、お姉ちゃんに踏まれて、わたしのハートはぞっくゾックなのです」

「この変態、もうヤダァ……」


 諦めろ。

 みぅの妹君は、もはや手遅れ打つ手なしだ。


「でも……」

「ヲほほぉぉぉ! 床に転がる三角形の布切れは、もしやお姉ちゃんの脱ぎたてパンティ……ハァハァ、脱ぎたて生パンなのですっ、くんくん、すぅはぁー、やっぱり冷凍品とは違うのです、生々しいお姉ちゃんスメルが香るのです! ぷはぁ、まだ体温が残って! もう我慢できないのですっ! ぺろぺろ、ザクレロ!」

「あたしのパンツの染みだけど、原因が判明したわね……」


 身内の犯行だったか。

 通報するか否かは、みぅの判断に委ねよう。


「……みりあ、別にあたしは怒ってないの。けどね、変態チックな異常行動は」

「一晩お姉ちゃんの股間で熟成された、もったりとしてコクのあるゥゥ!」

「あんた、通報されたい?」


 頬をピクピク痙攣させながら、パンツを咥えた妹の胸ぐらを掴んで最終宣告。

 鳴瀬みりあは、鳴瀬みぅの、血の繋がった妹である。


 ただし異父姉妹なので、二人の外見には大きな差異がある。

 みぅはクールで大人びているが、みりあはキュートでロリな子供っぽい容姿だ。


 あと、デカイ。

 体格でも、態度でもなく、バストのサイズが。


 みぅもそれなりのモノを持っている。

 だが、みりあのバストは姉を凌駕している。

 サイズもそうだが、ウエストもみりあの方が細い。

 身長も140cmぐらいで、見栄えする童顔ロリ、しかも爆乳で愛嬌もある。


 まあ、アレであるな。

 みぅに胸ぐらを掴まれて、ユサユサと揺られる妹を眺めながら思った。

 完敗であるな。女として。


「……ッ」


 処女膜に吾輩が宿っていることを、みりあは知らない。

 みぅが吾輩と会話するときは、ひとりごとの形で意思疎通を図る必要がある。

 吾輩の声はみぅの心に直接響くが、その逆はない。

 つまり、誰かといる時は、吾輩だけが一方的に言いたい放題できるのだ。


「ぐぬぬ」

「ビグロぉっ……ぉ姉ちゃん、苦しいので…す……」


 どうだ、悔しいか。

 悔しいであろう、みぅよ。

 歯ぎしり混じりで、ぴくぴくと肩など震わせて。

 処女膜の吾輩にバカにされるのが、そんなに悔しいのか。

 ハハッ、ワロスである。


 それと怒るのは良いが、首を絞める力を緩めろ。

 みりあの瞳、グルグル渦巻いたナルトみたいになっているぞ?


「ねぇ、みりあ」

「ゲルググぉ……お、お姉ちゃんの愛に殉じてしまうのですぅ……」

「つぎ来たら使いたいから、タンポン分けてくれない?」


 よせっ!? 早まるなっ!?

 ソレは、処女が手を出してはならぬ禁断兵器である!

 みぅにタンポンは、まだ早いっ!

 というか、それをツッコまれたら、吾輩は物理的に死ぬかもしれんッ!


「大丈夫よ、なめらかでスリムだから……ッ」


 据わった瞳で、意味不明なことを抜かすなッ!?

 そうだ! 多い日も安心なヤツで心配ならば、アレを買おうじゃないか!

 紫色のパッケージに入った、おむつタイプのアレだ!

 機能性はバツグンだぞ!


「見られたら死ねるわね……」


 ミニスカートの女子高生が、おむつ型のナプキンを愛用か。

 うむ、男に見られたら百年の恋も終わる色気のなさだ。


 しかし、心配は無用である!

 みぅにスカートの中身を見せる相手など――すまぬ。言いすぎを謝罪しよう。

 だから、こけし型のストラップを擦るのはやめてくれ。


 吾輩は処女膜である。

 こけしを見ると、ヘビと遭遇したカエルのような怖さを感じるのだ。

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