強襲前

 ラセラニル。

 魔界屈指の魔法の使い手であり、その腕前は魔法だけであれば、魔王ヴェルサリウスを軽く超えて見せるほどだという。

 魔女、とされているのはラセラニルの正確な性別が定まっていないことに由来する。

 魔族と言うのは、世界に干渉する力を持った異物バグであるため、様々な方法で世界が彼らを潰そうとする。

 その典型的な例が人間の中から現れた魔を滅する魔法ではない力・光の波動を使える超人、勇者である。

 ラセラニルはそんな魔族の中でも特に残忍な性格だと人間界の書には載せられており、エリヴェーラに見せられた書物の中にはヴェルサリウスについても紹介されていた。脅威度ではラセラニルより下であったが、ヴェルサリウスを罵倒するよりも相棒を罵倒されることのほうが死を見ると書かれており、そこに若き日の父をアレクセイは見た。


「どういうところが危険なの?ラセラニルって」


 適当な装備を身につけ、危険なグループの根城に向かうのに目を輝かせているエリヴェーラにアレクセイは内心引いていたが、腕が立つなら護衛として置いておくのは悪くない。

 真偽は定かではないが、勇者の末裔が加わるのであれば、百人力だ。

魔法とはまた異なる力、光の波動が使えないのは残念だが、ないものねだりはできない。今あるものを使って候補者たちから勝者となるための証を奪い、全て集めきらねばならない。

 問題は今回の参加人数、開催期間が具体的に分からないまま、人間界に放り出されたところか。


「まず、性格が魔族の中でほとんどナンバーワンクラスに悪いのが挙げられる。奴は自分の脅威を示すためになんらかのオブジェを作る。それも悪趣味な奴をな」


「そういえば、そいつらのアジトの近くに趣味が悪いオブジェがあったわね。門がこれまでにラセラニルに逆らった奴らを壁に埋め込んで、上半身だけ出させてるってのだったかな。古い死体は腐ってたわ。そのせいで、あいつらのアジトの周りは臭うって評判よ。兄貴が商売上がったりになるから、あいつらのところには近づきたくないし、あいつらの来店は断ってるの」


「死体臭い奴は営業妨害、ってか」


 となると、店の扉の片方が破壊されているのはラセラニルの手下の仕業だろうか。

 魔界でもラセラニルの凶行はよく知られており、その名は魔王城にまで届いていた。

 ラセラニルは元はとある魔族の名家の生まれであり、とも言える性分は前回の魔王戦争でも優勝候補として予想されていた。

 自分たちの家を将来的に継ぐ予定の長子を候補者として選出することにより、自分たちの家を賭けた一世一代の大博打に出るのが魔王戦争。

 勝者となれば、「魔王を輩出した名家」の誉れが得られ、敗北すれば、その家は事実上の魔王の下僕として扱われる。

 ラセラニルは固有の能力以外にアレクセイが厄介に感じているのは、性格に加え、その“戦い方”であった。


「一番厄介なのは、ラセラニルは。これがなによりも厄介なんだ」


「?どういうこと?魔法が通用しないなら、物理で殴ればいいじゃない」


「みんながみんな白兵戦が得意なわけがないだろう」


「弱点くらい克服しなさいよ。あそこで見たときの貴方、かなり強かったわよ?魔法使ってたけど。……ぁ」


 大切なことに気づいてしまい、素が漏れたエリヴェーラは、この力の脅威度が分かっていないようだった。エリヴェーラは超人種、勇者の血統である以前に人間である。兄であるマスターとのやり取りを見ている限り、エリヴェーラは魔法を使うよりも肉弾戦のほうが得意だろう。

 彼女の物言いは腑に落ちないところがあるが、白兵戦を主体におけば、ラセラニルと戦っても勝率が上がる。魔法を使うのを予知し、それに対する対策を行なってくるが、もちろん、ラセラニル自身は魔法を使用する。


 しかも、ラセラニル自身は魔界屈指の魔法の使い手である。そんな相手に挑む以上、こちらも相手に知られていない手段を用意するしかない。あいにく、アレクセイの能力は魔界全土に知れ渡っている。最強の魔王の息子は魔族らしからぬ能力を持っている、と笑われながら育ったことをアレクセイは今でも忘れることはできなかった。

 あのとき、自分を笑い、両親を侮辱した者に復讐する為にアレクセイは魔王となることを目指しているのだから。自分がただのうつけではなく、実力を伴う存在であると証明する為に。 


「とにかく、ラセラニルの根城に案内してくれ。何の前触れもなく、急に正面から行って騒ぎを起こせば、向こうも出向いてくるはずだ」


「そこは作戦を立てて、とかは言わないのね。……どうする?向こうもそれなりに人数いるけど」


。ラセラニルの噂が本当なら、あいつは自分の部下にさほど執心していないはずだ。特に人間壁オブジェを燃やしてやれば、ラセラニルの奴は取り乱すに違いない。厄介なもので対処されるのであれば、


 ラセラニルの「魔法を使うと感知できる」ことが魔族にとって厄介な理由は、魔族は基本的に魔法の使用方法が現実を歪めることにあり、彼らは現実せかいを歪めることこそが主な戦い方だからである。

 人間の魔法の使い方とは根本的に異なることもあるが、魔族はその存在こそが生きる魔力タンクも同然。それにラセラニルも例外ではない。魔族は魔法を使い、世界に干渉することができる。その魔法を最も上手く扱えると言うのならば、

 集中力なく、まるで手足を動かすように魔法を使えるようになれる極地に至ったものは、魔界でも数えるほどしか存在しない。魔王ヴェルサリウスの父に当たる魔王は、それを可能とすることができたが、死亡している今はラセラニルこそが最強。

 無敵の祖父と存命中に争うことがなくてよかった、とアレクセイは常々思う。

普段はのんきな男が本気を出した恐ろしさを知っているからこそいえるが、その男は本質は父から受け継いだ膨大な魔力による暴力を制御しているのに対し、男の父は膨大な魔力を思うがままにねじ伏せ、現実せかいを捻じ曲げてしまえる。


「なんだか、王子様って魔族みたいなこと言うのね。私も兄貴もお世辞にも育ちはいいとはいえないけど、そんな発想には至らなかったわ。ていうかしないしね、普通」


「それはそうだ。なぜなら、お前たちは腐っても勇者、俺は魔界出身の魔族なんだからな。光の波動を失っても尚、誇りのようなものがあるんだろう。お前たちの中には」


「本当、王子様って面白いよね。自己紹介で自分がなんて言う?普通。まあ、わけありなんでしょうね。私たちが知らないようなところから来たんでしょう?どこの国?」


 エリヴェーラは神妙な顔で言うアレクセイの言葉を笑い飛ばした。彼女にとっては、アレクセイの言葉は荒唐無稽でしかなかったのだ。

 遠い昔、一部を除いて魔族、しかも、その王の息子だとアレクセイは言っている。夢破れた街のように街の体裁を持っているところはあまりなく、復興している場所は村規模の小さなところ。

 そこらでは、魔族への見方はあまりいいとはいえない。このがこれから旅を続けていくのであれば、そういった物の見方ができないと酷い目に遭うのではないか、と店の奥の部屋で用意をしているアレクセイを見つつ、テーブルの上に頬杖をつきながらエリヴェーラは思った。

 それに、勇者の血筋であると知った上で自身が勇者によって一度は倒された仇敵とも言える魔王の血筋と言うのは、でしかない。


「だから、何度言えば……。というか、ここに住んでいる奴らは詮索しないのがルールだろう?」


「それもそうだけど。でも、貴方。魔界から来たなんていっても信じないわよ、誰も。なにか証拠でもあればいいけど。あったところで、袋叩きに遭うわ。ラセラニルがのは、この街から出てないだけ。ここで好き勝手にしているから見逃してもらってるの。外に出たらどうするつもり?」


 アレクセイが魔界、と言いかけたところでエリヴェーラはストップをかけた。それから、懸念していることを伝えると、アレクセイはなんでもないように人差し指に火で点した。


「そのときは、皆殺しだ」


 虫を叩き潰すと言っているような、そんな言い方だった。

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