「妖女」ラセラニル
厄介な奴
「ゆ、勇者……?」
「そうよ。こんなところに住んでいるからって驚いた?元・戦士って名乗ったのも、そういう血筋だから、剣術とかやってたことがあるのよ」
「エリーの場合は武器なんて使わないでかかってこい!って感じだがな。一応、それらしい紋章なら持っている」
勇者。
その名は、魔王の血統でなくても魔族であれば、誰もが知っている魔族の天敵ともいえる存在。
光の波動を放ち、魔族の動きを制限、神からの祝福を受けたとされる武器で攻撃してくる人間でありながらも人間を超えた――まさしく、超人と言える存在。
魔王ヴェルサリウスの前の魔王、ヴェルサリウスの父は人間の、勇者の手によって命を落としている。
ヴェルサリウスの父が制定した魔王となる為の後継者戦争、一説では自身が勇者によって敗れる可能性を予測したとも言われているが、真偽のほどは分からない。
とにかく、過程は違えども世界に影響を与える点では共通点を持つ魔法ではない力、神の加護を受けた勇者はその使命を果たすまで心が折れない限り、何度でも復活してくる脅威の存在と言うのが魔族から見た勇者の認識である。
様々な理由を抱えている者が行き着くと言う、スラム街の夢破れた街。まさか、ここで種族の天敵ともいえる勇者の末裔に出会うとは思わなかった。
アレクセイは不思議と冷静な自分自身に驚いていた。父・ヴェルサリウスの死は人間によるもの、人間によって命を落とした夫の後を追うようにヴェルサリウスの妻でアレクセイの母は亡くなってしまった。
アレクセイから見れば、両親は人間に殺されたも同義であり、彼らの今後の言動次第では殺すことも止むなしだった。
すぐに手が出ないのはアレクセイの気性によるものなのか、それとも、両親の教育によるおかげか。
マスターは妹を上から下へと見下ろすように見ると、武器を身につけていないのを確認、肩を竦めていた。
その直後、「武器を使わない戦士だっているでしょうに、馬鹿兄貴ッ!」と左ストレートがエリヴェーラから飛んできたのが直撃していた。
痒そうに当たった箇所である胸元をなんでもないように掻いているあたり、マスターもかなり鍛えているのかもしれない。
魔界きっての武闘派といえば、魔王の右腕であったレオンと機械的なところから想像がつかないが、メイド長のフィドルである。
マスターから手渡された布巾で溢した液体をふき取りながら、フィドルの手料理を思い出し、懐かしくなってきた。
「これが勇者の紋章?」
「そうだ。この衝撃波らしきものが人間の絶望に対し、亀裂を入れているんだとよ。勇者の友人がデザインしたらしい。なんでも、そういうのにかなり拘る性格だったようでな。ご先祖様を振り回していたと聞いたことがある」
料理中のマスターが一度、手を止めてカウンターの引き出しから取り出したのは古びた木製の盾だった。
見るからに年季を感じさせるが、どこも腐食している様子が見られず、特殊な加工がされているのが窺える。
戦闘で攻撃を防ぐのを目的とした盾ではなく、なにかの記念や飾りとして使うのを目的とした作りとなっており、その大きさも手のひらの倍ほどの大きさ。
描かれている紋章は突き刺した剣から発せられる幾つかの衝撃波、塗装に使われたのであろう色はほとんど落ちている。
剣の色はおそらく銀色、衝撃波のそれぞれは朱、蒼、と統一感がまるでない。
なにかの記念に作ったにしては、それ以外の盾のほかの部分の色が剥げ落ちている。
どうも、マスターとエリヴェーラの先祖もまた振り回されるタイプであったらしい。
そのおかげもあり、今ここでアレクセイが目にしている彼らが勇者の末裔であると言う証拠が存在しているのだが、彼らには勇者としての誇りがまるで見られない。
現状に満足しているかのような、そんな印象さえも抱かされる。そんな、停滞を感じさせる兄妹だが、それでも仲睦まじく映るのはなぜだろうか。
アレクセイが手に取れば、「壊すんじゃねえぞ」とマスターから注意が入る。
エリヴェーラから何も言われないのは、ごろつきに囲まれたときに使っていたものが術式を用いたことで魔法による恩恵だと思われているからだろうか。
「お前たちは、勇者として家を再興したいと思わないのか?こんな立派なものを持ってるんだ。先達が意味あるものとして残してくれたのならば、それを活かしたいとは――」
アレクセイは盾に触れる。そうするだけでも、当時に思いを馳せることができそうだった。
魔王の息子は勇者の末裔たちが羨ましかった。両親ではないにせよ、先祖から受け継ぐものがあるというのは、誰かを指名して物品を相続させるようにと言う旨を記すことなく死んでいったヴェルサリウスのことを思えば。
ヴェルサリウスと言う男は、元からそのように筆を執ることが得意ではなかった。
命を落とした、あの日。ヴェルサリウスは当然のように魔王城に戻り、己の凱旋を祝福するようにと当日になって宴会を行なうよう、と告げるつもりだったのだろう。
勇者の先祖とは、その後はさておき、歴史的な観点から見れば、魔界の歴史を学んできたアレクセイにとっては一部分だけを切り取ったとしても勝者である。
そのため、勝者とは敗者以上に栄えて然るべきという考えがアレクセイにある以上、不思議でならなかった。
「思わないわ。全く。勇者は勇者、私たちは私たち。……最近では、厄介なのもいるしね。光の波動を使えるならまだしも、かなりの年月が経った私たち兄妹じゃ使えないみたいだし」
「エリーが光の波動まで扱えるようになったら、それこそ、危険だろう。お前なら光のオーラを手に纏って鉄拳制裁とかしかねん」
「どういうことよ、兄貴!?……とにかく、再興するつもりはないから」
兄の茶化しに怒ってみせつつ、エリヴェーラはきっぱりと言い切った。アレクセイから盾を奪い、カウンターに身を乗り出すようにし、引き出しの中へとそさくさとなおしてしまった。
胸元が開けた服装である為か、そうした挙動に視線を集めたものの、「見世モンじゃないわよ」と一喝。
それなりに金額の張りそうな服のようだが、これまでの挙動や振る舞いを見ていると、どこからか奪い取ってきたのではないかと思った。
「……厄介な?」
アレクセイは悶々とした思考を振り払い、エリヴェーラに尋ねる。大切なことは他の候補者候補を全て倒すこと。
勝利条件が明らかになっていないが、かつての候補者戦争、その際には参加者に守るべきアイテムが支給され、そのアイテムを参加者全員から奪い取った上で息の根を止めるというのがルールだったはずだ。
通称を魔王戦争とするバトルロワイヤル、何度もレオンや父親に話をせがんだのか覚えていない。
子供に聞かせる話ではありませんなと困ったように笑いながら言うレオン、嬉々として自分の活躍に脚色をつける父親と対照的な様子を思い出せる。
「まあ、坊主なら知るはずもないか。ここの街ってな、色んなやつらが溜まってるんだが、その中でも古い奴らがいる。魔族みてえに無詠唱で魔法を使え、色ッ気ムッンムッンのネーチャンらしい」
ほれできた、とマスターは出来上がった料理と飲み物をエリヴェーラとアレクセイの前においた。
パンで具材をはさんだものと先ほど、アレクセイが噴出してしまった飲み物が入った大きなグラス。
手づかみで食べだしたエリヴェーラを見、フォークやナイフはないかと探すアレクセイだったが、手づかみのジェスチャーを見せられ、アレクセイもそれに倣う。
その噂の人物とやらはおそらく魔族であろう。人間と魔族の見分け方がそれほど浸透していないのは、超人の勇者が現れていないところが大きいのだろうか、と悩みつつパンと具材を咀嚼する。
たっぷりと肉汁があふれ、ソースの味も塩分が濃すぎず、ちょうどいい。噴出した飲み物は口に合わないが、両親が好んで食べたものになんとなく似ている。
とりあえず、この言い方からマスターとやらとは仲良くできそうだ、とアレクセイは噂の女の特徴を大げさに話すマスターに親近感を覚えた。
「魔女ラセラニルか」
「ほう、坊主。よく名前知ってるな。血縁でもあるのか?」
「まさか。倒しに来たんだ、俺は。王になる為に」
パンで挟んだもの――ハンバーガーと言うらしい、その料理をむさぼるように食べ終え、持っていたハンカチで拭いた。
「!坊主。……そんなことなら、早く言ってくれないと困るじゃないか。おい、エリー。玉の輿しとけ。玉の輿」
「ねえ、アレクセイ?三食昼寝付きかしら?あと、適度に身体を動かせる場所があるといいんだけど。腕、落ちるとだめじゃない?万が一に備えて鍛えとかないと」
「俺の妹ながら、引くほどに行動に出るのが早かったな……」
マスターが言うが早いが、エリヴェーラがずいっと迫ってくる。口端にハンバーガーにかけられているソースとパンくずが見られ、年不相応な振る舞いは愛らしく感じられるが、なんとなくアレクセイはジュジュを思い出してしまった。
王族に嫁に来るつもりなのに、自分の身は自分で守るつもりのエリヴェーラ、まさに王族らしくない王族と言ったところか。
「そいつは駄目だ」
「なんだと?エリーが気に入らないって言うのか」
アレクセイが首を横に振ると、大きな包丁を構え、マスターが脅す。迫力いっぱいなこと、大柄なこともあって、真顔で迫ってくるフィドル以上の恐怖がある。
「そうじゃないんだ。俺には婚約者がいるから。……とりあえず、場所教えてくれよ。そいつに俺は用があるんだ」
「ああ、要はカチコミね?前々から気に入らなかったのよ、あの女!」
「……おう、さっさと行けや」
さらりと言い放ったアレクセイにも何か言いたかったが、それ以上に脳筋の妹を何とかしてほしかった。
生まれの真偽はさておき、見栄え良し、育ち良しであろうアレクセイに妹を押し付けてやる、とマスターは決意した。
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