アレクセイ、追放
衛兵に羽交い絞めにされたアレクセイ、抵抗しようにも衛兵のほうが腕力では上だったこともあり抗うことはできず、そのまま牢に連れて行かれた。
地下牢、その中でも独房はかなり薄暗く、二つの赤い月の出ている夜の魔界の夜空が僅かに見える小さな窓のあるところへと連れられる。
両手首に手枷をつけられ、椅子へと座らされる。あの後、グレイは助かったのかとかテンペスタ姉弟の安否を想っていると顎を乱暴に持ち上げられた。
「おい、何か言ったらどうだ?うつけ野郎。どんな大きな罪を犯したのか分かっているのか?」
「大猿のような体格の割には脳みそが詰まっていないようだ。代わりに何が入っている?木の実か?それとも、ヒマワリの種か?」
「このガキ……!」
体格のいい大柄な衛兵は獣人族の出身なんだろうか、大振りの動作でパンチをアレクセイの顔面に叩き込む。
回避することも受け止めることもできない今の状況、力一杯に殴られたのであれば、そのまま牢屋の端の方へと突き飛ばされてしまう。
力自慢の魔族に殴られても五体が一つも欠損せずに済んでいるのは、やはり、アレクセイ自身も魔族だからだろうか。
衛兵としては、捕まったことでアレクセイが命乞いをするのを楽しみにしていた節があった。それをアレクセイは期待を裏切り、何か考え込むようにだんまりを決めていたことが気に障ってしまったらしい。
そんなことは他者の都合、自分には関係なし、と決め込んでいることもあってさらに大猿のような顔をした獣人の怒りのボルテージが上がる。
アレクセイとしては、さっさと牢獄に自分を入れた後は立ち去ってくれやしないかとイライラが募りはじめていた。
アレクセイのことを生まれたときから良く思っていなかったのは周知の事実である、ねっとりと陰湿なクロウのことだ、この二名の衛兵の帰還を今か今かと待ち侘びていることだろう。
そして、アレクサンダー・ベールが牢屋で泣き叫びながら命乞いをしていたという報告を聞くのを楽しみにしているはずだ。
アレクセイはヴェルサリウスの死後、ヴェルサリウスに対して反感を抱いていた者達から見て良い印象を与えるようなことはひとつも行っていなかったから。
「あんな奴は放っておいて、さっさと報告に行こうぜ。クロウ様を待たせるとまずいだろう」
「だが、アイツは俺に甞めた口を聞いたんだぞ!?うつけの癖に!」
もう一人の衛兵がアレクセイに近づき、殴ろうとしたところで腕を掴んで止める。
――こいつら、俺のことをうつけうつけと五月蝿いな。
アレクセイは掌に魔力を集中させる。
それは、「魔法」の使用である。
ここで、人間と魔族の魔法の使用について紹介しよう。そもそも、人間と魔族では魔法の使用が異なっており、人間は魔力を引き出して結果に至る為の過程として術式を挟むのに対し、魔力を変換せずに現実を捻じ曲げて結果を捻じ込むのが魔族の魔法の使用である。
魔法を使用するにあたり、コストが多いものの、使用者の魔力量次第で妖精から力を借りる人間は現在の実力以上の魔力が消費されることがないようにと「栓」がされるために使いすぎることがない。
逆にそういった限界の壁がもとからない魔族は魔法を使用するのにあたり、消費するコストや何かに力を借りる必要がないことと術式を唱える必要もないので人間より早く使用することができる。
しかし、魔族との戦いにおいて様々なものを魔法を使いやすくする為に開発したと言う人間、どちらが優位なのかは一言では言い切れない。
アレクセイは掌に集中させた魔力を両手いっぱいに広げるようにイメージする。魔法を使用するにあたり、特に魔族の魔法の行使は想像力が必要である。
その魔法を使って、どんな結果を作り出すのかを明確にイメージする必要があり、数百年以上もの寿命を持つ魔族であっても魔法を使用することが苦手な者は種族単位で存在する。
人間はそのイメージをしやすくするために「力を借りる為の挨拶」とも言える術式を用いるのであり、自分の「能力」にコンプレックスを抱いていたがために両親や姉のように慕っていたフィドルのように魔法を使えるようになるべく、隙はできるが、想像力を巡らせる為に術式を用いる人間の工夫に感銘を受けた。
「-―我が両手に力を満たせ、怪力乱神がごとき力を」
術式の句に制限はない、イメージを、想像力を補える為に使えるのであれば何でも構わない。
それが術式の魅力であった。手慰みで漠然と光るイメージだけを持って魔力を制御し、掌の中でフィドルの前で光らせて見せたときとは違う手応えを感じられる。 心臓部から血管を通し、爪の先まで魔力で満たすことを考え、力を巡らせるのを想像する。
呟いた言葉に衛兵の二人は振り返った。彼らは魔法を行使することが苦手な種族の出身であり、魔法を使えなかった。
しかし、魔族に生まれたのにもかかわらず、魔法の行使に人間のような術式を用いると言う魔族の流儀に従わないアレクセイ、なるほど、噂通りのうつけ王子だ。
亡くなったヴェルサリウスの頃から仕えていた彼女はアレクセイの噂に非常に過敏であり、鉄の女と揶揄されているのに違わず、いや、それ以上に冷たい眼差しを持って否定していると聞く。
アレクセイは両手に力が満ちるのを感じると、その拘束を力いっぱい両手につけられた枷を手加減せずに引き千切ろうとする。
罪人を捕らえる為の枷は最も硬いと称される鉱物、オリハルコンに唯一通用するとされている捻じ曲げる力である魔力を流すことで干渉を行い、対象を無力化して装着させる。
無力化するにあたり、対象の能力を封じるのが魔界流。個々が強力な能力を持っている可能性の高いため、暴れられたときに拘束する側が怪我をすることを防ぐ為である。
アレクセイが拘束を引き千切ることができたのも、オリハルコンの特性を知っていたと言うよりも賭けに等しかった。
攻撃系の能力を持っていれば、手錠を破壊するのは容易だったが、自分の持つ能力はあいにくの「治す力」。
これでは役に立たない、と初めての状況における現状の打破において人間の知恵によって作り出した知恵の結晶ともいえる術式を使い、その魔法を強固なものとしたのだ。
「まさか上手くいくとは思わなかった。手錠、魔力を纏った手でも破壊できるんだな」
裏切り者に情報が知られることを防ぐ為の材質の非公開もあり、その材料はオリハルコンであると書物にはもちろん載っていないので手首を振るアレクセイはしてやったりと口端を吊り上げて笑う。
「こいつ、手錠を破壊しやがったぞ!」
「そういえば、クロウ様、無力化してなかったな!しかし、魔族生まれで術式を使うとは噂通り、ヴェルサリウスは魔族に生まれるんじゃなかったな!母親だってそうだ、こんなガキを産んで嘆いているだろうに。レオン様はよくわかんねえな、こんなガキのお守りをしてよォ!」
体格のいい衛兵の言葉、アレクセイはピクリと反応する。
――私はよく言われるんだ。生まれた種族を間違えたとね。
アレクセイの父は生前、困ったように笑いながら、グレイが生まれる前の魔王としての業務がない日、家族水入らずの時間をすごしていたときに言っていたのを思い出した。
傍らに控える忠実な父のメイドは口調はそのままながらも必死に否定し、隣に座っていた魔王の妻は自嘲する夫をそっと抱きしめた。
父が言うならいい、その後にレオンが必ず慰めるようなことを言って、調子に乗った父が突っ込みを受けるまでが流れだから。
「……な」
だけど、父親が貶められて黙る息子はいない。
「ああん?」
アレクセイが身体を震わせながら言うと、大猿の衛兵は眉を上げる。
「それ以上、俺の親父を、魔王ヴェルサリウス・ベールを愚弄するなッ!」
アレクセイは、自分以上の体格を持つ衛兵を力いっぱい殴りこむと、大猿の衛兵の身体は石造りの壁に飛び、減り込んだ。
このとき、いくつかの幸運があった。
一つは、アレクセイがかけた魔法がまだ切れておらず、手を包み込むようにして魔力を纏っていたこと。
一つは、アレクセイはある程度は護身術は習っていたものの、力の面では、この衛兵に負けていたが、隙をつくことができたこと。
そして、最後の一つは、アレクセイは父親のことを馬鹿にされていてキレていたことが理由だ。
「見ていたぞ!見ていたぞ、アレクサンダー・ベール!現行犯だ!暴君と言える貴様の所業、それを罪として貴様自身を魔界から追放とする!」
どこからともなく、前兆もなく現れたクロウ、それがクロウが座標転移を用いたのだろうとアレクセイは予想する。しかし、浮かぶことは、どうやって現行犯を押さえることができたのかという疑問だ。
勝ち誇ったように笑い、右手をかざし、アレクセイに向ける。相方が急に罪人として連行してきたアレクセイに殴り飛ばされ、呆気に取られていた衛兵は我にかえってアレクセイを手で腕を掴んで抑える。
その拘束を振りほどこうにも、魔力によって強化されたアレクセイであっても、それ以上の力を持っている獣人族であれば、それ以上の力で振りほどかない限り、まず、獣人族以外が抑えられて勝てるはずがない。
「これでただで済むと思うな。俺は必ずや全ての候補共を殺し!魔界に戻り、魔王として君臨する!」
「貴様のようなうつけがか?見栄えだけが取り柄の女、能足りんの木偶の坊の父親の息子である貴様が魔王にはなれん。そもそも、他の参加者に殺されるだろうからな」
強い意志を瞳に秘め腕を掴んで冷たい石の床にアレクセイを押さえつける衛兵、クロウはアレクセイの顔を掴み、自身の顔を近づけて高らかに両親を罵倒。
「--罪人、アレクサンダー・ベール」
アレクセイの下に青い光が輝きだすとともに魔方陣が現れ、紋章が浮かび上がる。
本来、魔王の血を引く者はその絶対性から魔界の法の裁きを受けないが、かつての魔王であるアレクセイの祖父、ヴェルサリウスの父親が「魔王すらも裁きの対象になりうる」と宣言した為、アレクセイにも通用していた。
「貴様を、魔界追放の刑に処す」
詠唱が終われば、魔界から追放されてしまい、見知らぬ世界へとアレクセイは飛ばされてしまう。
走馬灯のように浮かぶのは幼少期の記憶、両親や近しい人の笑顔。
「いいか、クロウ。俺は地べたを這いずり回り、泥水を啜ってでも、必ずや全ての後継者候補どもを殺し、魔界に戻ってやるぞ!」
アレクセイは腕を引き抜くことができないなら、と噛み付かんばかりの勢いで顔を近づけ、声を荒げる。
若き日のヴェルサリウスを思わせる忌々しさ、全ての工程を完了させ、アレクセイ・ベールは青い光に包まれ、その姿を魔界から消失した。
「父親に似た顔で、忌々しい奴だな」
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