背中 さんじゅうく
警察官が大量にやって来た。日本中の警察官が詰めかけているのではないかと思ったほどだ。
あちらでもこちらでも、大きなスコップで土を掘り返している。
さゆみは自分で大基の骨をすべて掘りだしたかったのだが、シャベルではどうにもならず、しぶしぶあきらめた。
その代わり、発掘をすぐそばで見学していた。庭から追い出されそうになっていたところを、北条刑事が口利きしてくれて、見るだけならと許可されたのだ。
さすがに男手で掘ると早かった。あっという間に全身の骨が地上に出てきた。骨を包むように洋服が巻き付けてあった。さゆみが大基にプレゼントしたTシャツだった。ピンクの地に白抜きで「LOVE」と書いてある、妙に派手なものだ。
冗談のつもりで贈ったのだが、大基は気に入ってしょっちゅう着ていた。
「こんな服が最後の衣装だなんて。バカだね、大基は」
ぽつりと言葉が漏れた。こんなことを言うつもりではなかったのに。もっときれいなお別れの言葉を言いたかったのに。
本当は、全然、お別れなんかしたくないんだ。
骨でもいいから、ずっと一緒にいたいんだ。
だが、それはどうにも叶えられない望みだ。
誰にも叶えることは出来ない。
「さゆみ」
呼ばれて、驚いて振り返る。大基がそこにいるのかと思って。けれど、そこに立っていたのは斗真だった。
泥だらけで、さゆみとお揃いの水色の作業着を着ている。
困ったような顔で、何を言ったらいいのか、戸惑っている顔で。さゆみを慰める言葉を探しているのだと、ありありとわかった。
さゆみは、いつの間にか斗真の表情を読むことが出来るようになっていた。
不意に、涙があふれた。
自分はやっと、大基を思い出して、忘れることが出来る。
ぼろぼろと涙を流すさゆみを、斗真はそっと抱きしめた。
掘りだされた骨は、どれも不自然に白かった。そして、行方不明になってからすぐに埋められたとしても、自然に骨になるには早すぎた。
化学薬品で肉を溶かしたのではないかと判断された。
橋田画廊に展示されている高坂百合子の絵も調べられた。百合子の周りで行方不明になった男たちの名前と、いなくなった当時の年齢が、しっかりと絵の裏に書かれていた。
骨はすべて、遺族に返されることになる。
百合子の絵からは人間の体組織が検出された。髪の黒からは髪の毛の、肌の色からは表皮のものらしい体組成が見つかった。
高坂百合子は人間の体を顔料にして絵を描いていたのだ。ワイドショーが連日、悪鬼だ、山姥だと騒ぎ立てた。
逮捕された百合子は、押し寄せたテレビカメラに向かって美しい微笑を残し、その姿は檻の中に消えた。
画廊のオーナーは百合子の行いを何も知らなかったが、彼が所有する、いくつかあるうちのマンションの一室から、心神喪失状態の船木美和が保護され、監禁と違法薬物所持の容疑で逮捕されている。
さゆみと斗真は百合子の邸に忍び込んだことで処罰をうけることを覚悟していたのだが、うやむやのうちに忘れ去られたのか、北条刑事が手をうってくれたかしたようで、ひっそりと日常に戻った。
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