第30話 さんじゅう
目覚めると、窓から朝の光が差し込んでいた。
雲ひとつない青空。空気は澄んで爽やかだ。久しぶりに目覚めたような、すっきりした気持ちで起き上がる。
ベッド脇の目覚まし時計は、八時十分を指していた。一限に余裕で間に合う時間。美大に合格してから一年間だけは、この時間に起きて通学していた。
シャワーを浴びてひげを剃る。ひげは濃い方ではないのに、かみそりに削り取られるひげたちは、イヤに黒々としている。
シャワーで洗い流し、かみそりの水滴を切る。
冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し飲み干す。まだ喉が渇いている気がしたが、備蓄はない。消費期限を見ると、九月十九日になっていた。
三日前か。……まあ、冷蔵庫に入っていたんだ。腹は壊さないだろう。
そのへんに散らかしたままのシャツとジーンズにパーカーをはおって、大学へ向かう。
携帯は……。面倒だ。置いていこう。
ポケットに手を突っ込んでブラブラ歩く。なんだか肌寒い。放射冷却と言うやつだろうか。
もう秋なんだなあ、とのんびり思う。
朝っぱらから、気の早い石焼き芋屋の声がする。何か食ってくればよかった。腹が減ってきた。
指定された十時に牧田の教官室に行けばいいのだからと、食堂で朝食を食べていくことに決めた。
学食は九時から開いている。注文したワカメうどんをすすりながら、体が温かくなっていくのを感じる。腹が減りすぎて、低体温になっていたらしい。
なんだか久しぶりに血管に血が通ったような気がする。
「お? めずらしい! 生きてたか元宮!」
背中をバン! と叩かれ、むせた。同級の阿藤が背後に立っていた。
「……勘弁しろ。鼻からうどん出る」
「なんだ、マトモなフリしやがって! おまえ狂気の画家に乗り移られて、シッソーしてたんだって?」
「はあ?」
「狂気の画家の絶筆を見て、とち狂ったんだろ? なあ、お前の描いた絵、くれよ。な。絶筆になるかもしれんだろ。狂気の画家の狂気の弟子の絶筆! 価値が出そうじゃん!」
「うざ。ってか、狂ってないから。死なないし画伯も死んでないし」
「え! まじで? 狂ってないの? なんだ、つまらん。優等生の元宮が狂って、単位落としまくってるって言うから楽しみにしてたのにさ」
「誰が単位落とすかよ。ギリギリ、ぎりで単位とるのが醍醐味なんだって」
大基の言葉に、阿藤は黙り込む。絶対安心と思っていた魚屋で買ったマグロにアタり、腹を下したような顔をしていた。
「……おまえ、マジで言ってんの? 掲示板、見てないの?」
「なんだよ、掲示板なんて朝一でなんか見ないだろ。なになに、そんなマズイ掲示があった?」
「……まあ。見てみろよ。うどん食い終わったらさ」
阿藤は大基と顔を合わせないように目を宙にさまよわせ、去って行ってしまった。
大基は首をひねり、うどんをツユまで飲み干した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます