第31話 さんじゅういち

 ぶらぶら歩いて、学生向けの庶務掲示板を見に行く。

 メールでも配信してくれるのだが、他人が単位を取れるか取れないかなどという情報に興味のない大基は、受け取っていなかった。

 大体ほぼ毎日学校に来ているのだ。ちょっとここまで足を運べばすむ話だ。


 掲示板には各種のお知らせが張り出されている。

 学費の納入期限のお知らせや、前期試験の不合格者に対する追試験の実施要綱、ゼミの人員異動や教授の異動のお知らせなどなど。

 大基は自分に関係ありそうなものだけ見ていくことにした。


 思いがけず、自分の名前を書類の中に発見した。三枚の書類に自分の名前がある。


「日本画専攻、3回生、元宮大基。テキスタイル、不履行」


「日本画専攻、3回生、元宮大基。デッサンⅥ、不履行」


「日本画専攻、3回生、元宮大基。油画Ⅳ、不履行」


 これは、なんだ?

 大基は、自分の目をこすり、目垢がついていないことを確認して、二度、三度、書類を読み返した。

 四度、五度、見直しても書類の文字は変わらなかった。

 読み間違いではない。

 元宮大基。

 オレのことだ。

 日本画専攻、3回生。

 オレのことだ。オレの事だ、間違いない。


 不履行。つまり、落とした。単位を。

 意味はわかる。だが、意味がわからない。

 なぜ、落とした? オレが何かしたか?

 まだ後期は始まったばかりだ。前期試験でいくら単位を落としても、後期の単位には関係しない。それが、単位制ではないのか?


 特に、牧田が担当する油画Ⅳ。

 油画ⅠからⅧまで共通して、講義の三分の二ほど出席し、決められた課題を提出しさえすれば単位をくれるという講義だ。

 前期の油画Ⅲの単位を落としはしたが、後期はまだ二回、講義をすっぽかしただけだ。それだけで単位をもらえないなんて、納得がいかない。

 大基は指定された時間より早く、足音高く牧田の部屋に踏み込んだ。


「なんだ元宮じゃないか。いまごろ、何しに来たんだ?」


 書類をめくりながらチラリと視線だけをよこし、牧田はうっとうしそうに聞いた。


「十時に先生の部屋に来るように伝言されました」


 牧田はくるっとこちらを向くと、腕組みして首をひねった。


「伝言……? 伝言、伝言……。んんんん? まさか、加藤田の伝言か?」


 かとうだ? しばし考えた。ああ、さゆみのことか。


「そうですけど」


 牧田は眉間に縦皺を寄せて、腕を組み、言った。


「おまえ……。それは二ヶ月くらい前の話だぞ。お前が音信不通だから、とっくの昔に単位は消失したはずだがな」

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