第4話

 白からの守護者ガーディアンは遠隔操作でありながら、まるで手足のように操縦できる人型戦闘機だ。

 名前こそゴツゴツした厳ついイメージを連想するが、そんなことはなく見た目は人間と変わらない。けれど人間には真似のできない動きをすることができる。

 たとえば猫のような高い跳躍。たとえばチーターのような素早い走り。そういう動きからジェットエンジンによる空中移動すらもできる。ガーディアンにはそんな機能がいくつもある。


 この兵器の開発が成功したからこそ、人類は災厄ホワイト・の白ディザスターを南の海へと追い詰めることができた。

 なにせ相手は超能力を持った生物だ。まともな方法で戦争を続けていたのなら、立場は逆だったかもしれない。それどころか人類は数を減らし、絶滅一歩手前にいただろう。

 だからガーディアンは人類の希望ともいえた。


 今現在。人類はガーディアンと、そして偽物のイミテーション・子どもチルドレンでもってホワイト・ディザスターと戦っている。

 実際のところ、イミテーション・チルドレンを戦闘に駆り出す必要性はない。ガーディアンだけでも事足りる。

 ではどうしてイミテーション・チルドレンを戦わせているのか。


 軍は有効活用しようとイミテーション・チルドレンを戦闘に送っていると言う。

 なるほど。確かにホワイト・ディザスターとの戦闘において、イミテーション・チルドレンは有用性のある兵器なのだろう。

 目には目で、歯には歯で、超能力には超能力で。とホワイト・ディザスターに言いたいのだろう。逆に言えば目には目を、歯には歯を。なんてことになる可能性もなきにしもあらずのような気もするが、今の人類がそれを考えることはないだろう。


 だがそれは体のいい言葉でしかない。有用かどうかは二の次で、簡単に処分するためというのが一番の理由だった。

 だから人間は遠隔操作の兵器を使い、けれどイミテーション・チルドレンは生身で戦場に立つ。

 つまりガーディアンがホワイト・ディザスターに潰されても人間は死なないが、イミテーション・チルドレンは身体が潰されれば死ぬ。


 そういう理由で、ミナは広くて真っ白なシュミレーション室で一人、生身で立つ。対して俺たちはガラスで仕切られた隣の部屋で、まるで脱出ポッドのようなカプセル、精神送メンタル・信機械トランスミッターの中に乗り込み、戦闘シュミレーションの場に立つのは人型戦闘機だった。


「訓練を始める前に、だ。ミナ。お前の能力を確認させてくれ。……お前の能力は?」


 ガーディアンのカメラから送られてきた鮮明な映像。そこに映っているのは幼い少女の形をしたミナ。

 ミナは頷き、口を開く。彼女の言葉が無線機を通して聞こえ始めた。


『ボクの能力は発火パイロキネシスです。炎を操ることができます』

「当然だが、報告通りだな。……よし、拘束具チョーカーを解放する」


 イミテーション・チルドレンには特殊能力がある。その特殊能力には二種類のものが在る。

 一つは超身体能力。これは人間を超えた身体能力を発揮できるというものだ。イミテーション・チルドレンの基本の能力で、彼らのすべてが持っている。

 もう一つは超常現象を起こす能力、つまりは超能力。これは念力サイコキネシスやパイロキネシスなど、不可思議な能力のことだ。これもイミテーション・チルドレンのすべてが持っているが、能力は個人のよって異なる。


 チョーカーとはこの二つの特殊能力を封印するための機械だ。イミテーション・チルドレンの首につけられている金属製のチョーカー。

 能力解放状態では人間にとって脅威的な存在となる。もしも反乱が起きた時、それでは止めるのに困難を要する。

 チョーカーはそのための拘束器具だった。


 超身体能力はほぼ完全に抑えることができる。けれど難しいのは超能力だ。

 超能力をほぼ完全に抑えることのできるイミテーション・チルドレンもいれば、半分ほどしか抑えることのできないイミテーション・チルドレンもいる。

 さらに少数だはあるが、チョーカーだけでは超能力を抑え込めないイミテーション・チルドレンもいる。


 そんな超能力を抑え込めないイミテーション・チルドレンは特殊な部屋に押し込まれ、それでようやく抑え込める。そして外には出してもらえず、そのほとんどが研究対象として短い一生を終える。

 しかし彼女たちの超能力は強大だ。それを使わないのはもったいないという声もあった。そこで攻撃型の超能力を持っていない場合や、比較的従順な場合は戦力として生き残している、という。

 幽閉されている彼女たちに会ったことはなく、それ以上のことを俺は知らない。


 ミナはほぼ完全に抑えることのできるタイプのイミテーション・チルドレンで、だからこうやって幽閉されず、俺の小隊へと配属されたのだ。

 そして今、俺はミナの拘束を解除しようとしている。

 すでに鍵は大尉より預かっている。いつでも解除ができる。


 補足だが、イミテーション・チルドレン自身では拘束を解除できず、その鍵を持つのはイミテーション・チルドレンの直接の上官にあたる少尉のみ。

 つまりミナのチョーカーを解除できるのは俺だけ。

 チョーカーを解除する場面は戦闘時と訓練時。訓練時はシュミレーション室という強固な護りのある部屋だけでのみ解除が許されている。


 拘束を解除した時に初めて、イミテーション・チルドレンは本来の力を発揮する。

 俺はミナのチョーカーを遠隔操作で解除した。

 銀色の髪、その毛先がゆらりと、静電気によって浮かび上がるかのように、緩やかに持ち上がる。そしてゆらゆらと波に揺れるように、毛先が揺れる。

 緋色の瞳がキラリと怪しく光る。光り輝くルビーのようにも、マグマが放つ灼けるように輝く明かりのようにも見える。


 ミナの身体の周りに蜃気楼のような靄が現れる。

 オーラというものを可視化したらこんなようなものなのかもしれない。

 この姿こそが能力を発現したイミテーション・チルドレンの真の姿だった。


 この姿を見れば、人間がイミテーション・チルドレンを恐れる理由もわかる。

 なにせこれはホワイト・ディザスターと同じなのだから。

 ホワイト・ディザスターが作り出した兵器。なるほど、その可能性を疑うには充分な姿だった。


「シュミレーションを始めてくれ、アンネ」

 《了解。脅威度レベルはCに設定されています。間違いありませんか?》


 シュミレーション室に設置されたカメラを見ながら俺が言葉を放つと、第三訓練室のAI【アンネ】が機械音声でそう応えた。


「ああ、間違いない」

 《了解。戦闘シュミレーションを開始します。前方のゲートより疑似敵性存在、ホワイト・ディザスター・ダミーを放出します》


 アンネの言葉通り、シュミレーション室の奥に設置されたゲートが開き、精巧に再現されたダミーのホワイト・ディザスターが十体ほど飛び出してきた。それは機械仕掛けのダミーで、超能力以外の手段で攻撃をしてくれ。

 生身の人間では真似出来ない動きや力を持つホワイト・ディザスターの攻撃は、それでも脅威的であると言えるだろう。


 《ホワイト・ディザスター・ダミーの放出を確認。各員、破壊を第一目標に戦闘を開始してください》


 アンネの声により、戦闘は始まった。



 ◯



「各員、イミテーション・チルドレンを先陣として突撃。射撃牽制しつつ目標に接近。接近後、散開。取り囲め」

『了解』


 俺の作戦指示の言葉に、ミナを含めた小隊メンバーがほぼ同時に応じた。

 ミナが先陣を切って、そのあとを俺たちはスクエアの陣形をとって続く。

 こちらに向かってこようとするホワイト・ディザスター・ダミーを射撃で牽制しつつ接近していく。


 弾幕を抜けて三体が向かってくる。

 けれど突如炎が立ち上り三体が急停止する。その炎はミナが作り出したものだろう。

 隙ができたところにミナは、彼女には大きすぎるアサルトライフルを構え、炎を纏わせた特殊弾を撃ち込む。三体のうち一体が撃破された。


 残りの二体は素早く後退していて、炎を迂回するようにして突っ込んでくる。

 直前まで迫ってきた一体を、炎を纏ったミナの回し蹴りによって吹き飛ぶ。それを彼女自身がアサルトライフルで銃撃を浴びせて潰す。

 もう一体はミナの横をすり抜け俺たちの元へと突っ込んできた。


 軍曹がショットガンを撃ち込むがすべて避けられる。だが直前まで迫ってきたホワイト・ディザスター・ダミーを俺が右腕側面に設置してあるブレードで叩き斬る。破壊まではいかなかったが、隙をついてショットガンでとどめを刺した。

 そのまま残りのホワイト・ディザスター・ダミーの群れへと接近。

 俺の「散開」という声でメンバーが陣形を拡げ、ホワイト・ディザスター・ダミーたちを囲いにかかる。

 けれどホワイト・ディザスター・ダミーたちも黙って囲まれる気はないようで、俺たちと同じように広がり突っ込んでくる。


「各個撃破に変更」


 メンバーの返事を待たずに俺は目の前にやってきたホワイト・ディザスター・ダミーに体当たりをする。

 ホワイト・ディザスターを銃器で撃破する際、ただ銃弾を撒き散らすのでは避けれられてしまう。超能力が使える本物のホワイト・ディザスターならさらに当てにくい、

 そのため体当たりを食らわせたりして怯ませてから撃つか、戦闘機のドッグファイトのように動きながら撃ち続けるしかない。


 だからミナは炎で隙を作ってから撃ったり、蹴り飛ばしてから撃ったりをしたのだ。

 俺が体当たりをかました理由もそこにある。

 だがこの方法も絶対ではない。


 その証拠に体当たりはすると避けられ、逆にその腕で攻撃を繰り出される。

 俺はそれをガーディアンの腕で受け止める。機械の軋む音が耳に届いた。

 目の前のホワイト・ディザスター・ダミーを蹴り飛ばし、そこにブレードを叩き込む。


 こんな風に接近戦もまた選択肢の一つなのだ。

 ふと前方へ目をやるとゲートから追加で五体ほど飛び出してくる姿を見つける。

 そこへたった一人で突っ込んでいく幼い少女の姿も……。


 まるでダンスをするかのようだった。

 振り下ろされた腕をくるりと回って避け、その勢いのままに懐に飛び込み銃撃浴びせて一体を撃破。ついで真横から体当たりを仕掛けてきたホワイト・ディザスター・ダミーを高く跳んで躱すと、その肩辺りに飛び乗って頭部を破壊。

 そこからバク転をすると、今まさに空に浮かび上がったホワイト・ディザスター・ダミーの脳天に炎の蹴りを叩き込み、床へと叩き落とす。そのまま空中で身を捩り、目の前にあった別のホワイト・ディザスター・ダミーの頭を蹴り飛ばす。怯んだ二体のホワイト・ディザスター・ダミーを薙ぐような銃撃で爆散させる。


 残り二体はミナの背中と斜め上前から挟むように飛びかかる。背中の奴は腕を薙ぐように、前方の奴は組んだ両手の振り下ろし。

 対してミナは目前のホワイト・ディザスター・ダミーの股下を、スライディングのようにくぐりながら真上に発砲。くぐり抜けたあとに両手と片足をを床について、空いた片足で落ちてきたホワイト・ディザスター・ダミーの背中を蹴りつける。

 前に倒れたホワイト・ディザスター・ダミーの残骸がもう一体の身体にぶつかりそうになる。けれどもう一体は、そのまま腕の薙ぎ払いで残骸を横へ吹き飛ばす。そこに炎の弾丸の雨が叩きつけられた。二体を破壊。


 こうして五体を沈黙させた。

 その間は僅か程度しか時間をかけていない。

 申し分のない戦闘センスだった。



 ◯



 戦闘シュミレーションは終わった。

 ミナのチョーカーを起動させシュミレーション室のロックを開けると、彼女は元気よく部屋から飛び出してきた。

 そして笑顔のままに頭を下げた。


「皆さん、お疲れ様でした!」


 ミナの労いの言葉に、小隊メンバー全員が彼女に視線を向け、けれどすぐに何事もなかったかのように元の方へと視線を戻した。

 誰も何も反応を示さない。

 それでも顔を上げたミナは笑っていた。


 変な奴だと思った。

 たとえ笑顔でいようとも、イミテーション・チルドレンである限りミナへの態度は変わらない。

 どうあろうと酷い扱いを受ける。そんなことはミナだってわかっているはずだ。


 それなのに。無視されようとも、どうしてこいつは笑顔でいられるのだろう。

 イミテーション・チルドレンのくせに、どうしてそうあれるのか。

 リオのように怖がり、怯えるのが普通であるはずだ。それなのに、どうしてだ。どうしてお前は――。


 ……どうでもいいか。

 第一、彼女の心の中を知ってどうする。

 俺は普通の人間で、ミナはイミテーション・チルドレン。わかったところで何かが変わるわけでもない。


 小隊メンバーが「お疲れ様です」と俺に伝えながら訓練室を出て行く。俺は最後の一人まで言葉を返して見送った。

 訓練室に残ったのは俺とミナだけ。

 ミナの緋色の瞳が俺をまっすぐに見つめ、笑顔のままに口を開いた。。


「お疲れ様でした、少尉」

「……ああ」


 ミナの笑顔から目を逸らし、俺は小さく応じた。


「ボク、次の仕事があるみたいなのでお先に失礼しますね」


 そう言ってミナは駆けるように訓練室を出ていった。

 そういえば訓練後の時間、イミテーション・チルドレンたちは基地内の清掃活動を任されていたのだった。それは着任初日でも変わらないようだ。

 ミナの背中を見つめながら、俺はそんなことを思った。


 しばらして、俺は訓練室をあとにした。

 俺にも将校室に行かなければならない用事があるのだった。

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