第一節
第1話
少女の泣き声で目を覚ました。
それは隣の部屋から聞こえてくる。拒絶の言葉を交えた泣き声は、キンキンと寝起きの頭の奥に響いた。
夢を見ていた。少し前にあった出来事をなぞるような、そんな夢だ。
夢の中にいた少女は泣いていた。泣いて、命乞いをしていた。
それは今まさに隣の部屋から聞こえてくる泣き声と同じ、頭の奥に響いて残るような、そんな声だった。
それでか、と納得する。
あんな夢を見たのは隣の少女の泣き声が耳に届いたからだ。それで頭が勝手に思い出したのだ。
思い出すのは勝手だが、夢に見せてくるのは勘弁してほしかった。嫌な気分にさせられる。
気分を一新して再び眠ろうとしたが、隣の部屋から聞こえる声が煩くて眠れない。
枕元の置き時計を見るとまだ八時半だった。
今日は非番で昼まで眠っていようと決めていたのに、これではおちおち寝ていられない。
ベッドから抜け出し、軍服のズボンを穿いて、それからブーツに足を通す。上は白いインナーのまま部屋を出る。
廊下を少し歩き、隣の部屋の前に立つ。軽くノックをしてドアを開けた。
そこには
「おい、フェルディ。煩いぞ。その声、なんとかしてくれ」
青年、フェルディに声をかけると、彼は顔だけをこちらに向けた。
「なんだよ、レン。勝手に開けんなよ」
「お前が煩くするからだろ。こっちは昼まで眠るって決めてたんだ。他でやってくれ」
「そんなの知るかよ。今いいとこなんだから出てけよ」
軽く舌打ちをする。
何を言ったところで改める気はなさそうだった。仕方ないからこっちが妥協してやることにした。
というよりも間近で少女の泣き声を聞いて、眠る気が失せただけだが。
部屋を出ようとドアを閉めかけた時、涙を溢れさせる緋色の瞳でまだ幼い少女が俺を見た。そして助けを求めるようにその細い腕をこちらに伸ばす。
俺はその姿をしばらく見つめ、そうしてから閉じかけたドアをもう一度開ける。
「フェルディ。お前、ほどほどにしておけよ?」
「あ? なに言ってんだ」
「ほどほどにしとこないと、そのうちそいつに背中を刺されるぞって言ってんだよ」
「こいつが? 俺を?」
フェルディは少女を一瞥してからもう一度俺を見た。
「何の冗談だ? こいつら偽物が俺たちに危害を加えたらどうなるか、こいつだってわかってるはずだぜ?」
「ストレスで理性が吹っ飛ぶことだってある。そいつが暴走したらお前だけじゃ止められないだろ」
「ストレス、ねえ」
「忠告はしたからな」
そう言ってから、俺はフェルディの部屋をあとにした。
少女が助けを求めるような声をあげていたが、俺はそれを無視した。
俺には関係のないことだったから。
そう、関係がない。ないのだ。
◯
侵略者どもが宇宙からやってきたのは五十年も前のことだ。
人型をした彼らは銀色の髪と緋色の瞳、真っ白な肌をしていた。銀色の髪は白髪ではなく、メタリックな本当に銀色というもの。その肌の白さはまさに絵の具の白と同じで、寒々しさと不気味さを感じさせる。
その真っ白な肌に浮かぶ緋色の瞳。うごめく銀髪。そしてただ咆哮だけを口にする獣然とした様子。
人類を恐怖に染めたのは当然であったのだろう。
だが侵略者が持つものはそれだけではなかった。
人類がそれまで超能力と呼んでいた、現実にあるかどうかも定かではなかったモノ。
【
さらにその超能力でホワイト・ディザスターたちは人類に危害を加えてきた。
最初のうち、人類は超能力というものに翻弄され、多くの犠牲者を出した。
当時はそれこそやれるがままに蹂躙され、まさに地獄絵図のようだったという。
ホワイト・ディザスターの侵略によって大陸の半分を奪われた時、人類はようやく彼らに立ち向かう勇気を絞り出した。
未知の超能力を前に人類は一丸となって戦った。
その戦争はけして生易しいものではなく、苛烈を極めた。
けれど人類は懸命に戦い続けた。
それは護りたいものがあったからだ。未来が閉ざされることを良しとしなかったからだ。
そして、人類はホワイト・ディザスターを南の海へと追い込んだ。
今現在、南の海にはホワイト・ディザスターの巣と呼ばれる、人口の大陸が浮かんでいる。
残念なことにその巣は堅牢で、攻め入ることが難しい。だが相手側もその大陸から上手く出て侵略の手を拡げることができずにいる。
人類が有利ではあるものの膠着状態と言えた。
膠着状態にまで持ち込めたのがおよそ二十五年前。
そしてその二十五年前、【忌み子】が生まれるようになった。
最初にそれが生まれたのは極東の島国であったという。
緋色の目をした色白の赤ん坊。それだけならまだアルビノと言われ、大事にはならなかっただろう。
異変に気がついたのはその赤ん坊に髪が生え始めた頃だった。
銀色の髪が、生えてきたのだ。
メタリックな銀色。それはまさにホワイト・ディザスターと同じもの。
さらに銀色の髪が生え始めたのと同時に、その赤ん坊はいわゆるサイコキネシスを発現したのだという。
銀色の髪と緋色の瞳。真っ白とはいかないが色白の肌。そして超能力。
それの意味するところを知って、人類は震撼した。
彼らはホワイト・ディザスターが作り出し、人間から産ませた新型兵器だという人が現れたのは不思議な事ではなかった。
そうでなくとも侵略者どもと同じものを持っているという事実は、彼らを【忌み子】と呼ぶようにさせるには充分だった。
忌み子を殺せという人間が多く現れた。実際に殺された忌み子もいたようだ。
いつしか人類は彼ら忌み子を人間の子どもになりすました偽物、イミテーション・チルドレンと呼ぶようになった。
イミテーション・チルドレンを嫌う人間が多い中、ただ殺すのはもったいないと言い出した人間がいた。
対ホワイト・ディザスターとして発足された国際軍だった。
イミテーション・チルドレンを対ホワイト・ディザスター兵器として使おう。そう言い出した。
人類のほとんどが賛成した。
それから国際軍はイミテーション・チルドレンを集め、兵器としての教育を始めた。
中にはイミテーション・チルドレンだろうが関係ない。人間として育てる。と言い出す親もいた。
だが少数意見として淘汰され、それどころかイミテーション・チルドレンを産んでしまったショックで心が壊れてしまったのだろうと、同情の目を向けられた。
結局、強制的にイミテーション・チルドレンをその親から引き剥がした。
そして、イミテーション・チルドレンという名の兵器は生まれた。
イミテーション・チルドレンたちは例外なく忌み子として生まれ、例外なく兵器として生きることとなった。
きっとそれがイミテーション・チルドレンたちの地獄の始まりだったのだろう。
そして今、俺は軍人としてイミテーション・チルドレンを
◯
フェルディの部屋をあとにした俺は、部屋で軍服の上着を羽織ってから、閑散とした食堂にやってきていた。
カウンターでベーコンエッグサンドとコーヒーを受け取り、テキトーな席に腰を下ろす。
ふと食堂を見渡すと、食堂の一番奥の席に座る少女を見つけた。首に金属製製のチョーカーをつけ、侵略者と同じ銀色の髪と緋色の瞳を持った、イミテーション・チルドレンだった。
少女は初等学校でいうところの高学年くらいに見える。
肩甲骨辺りまで伸ばしている銀色の髪はくせ毛一つなく、綺麗なストレートだった。
そして軍服をしっかりと着込んでいた。
少し几帳面なところがあるのかもしれない。彼女の容姿を見てそんなことを感じた。
どこかで見た顔のような気もするが、名前は出てこない。
イミテーション・チルドレンはその全員が銀色の髪と緋色の瞳、色白な肌を持っている。
だから見覚えがあると思ってしまったのかもしれない。
彼女は俺と同じで普段より遅めの朝食を食べているのだろう。
彼女が食べているのは、ソーセージ数本と目玉焼き。コッペパンに野菜スープ。イミテーション・チルドレンが選べる三つのメニューの一つ、Aセットだった。
ソーセージ以外の物はすでに半分ほど減っているようだ。
三つから選べるとはいえ。Aセットは朝食という感じのメニューで、Bセットは昼食という感じのメニュー。Cセットは夕食という感じのメニュー。
これは朝食時だろうが、夕食時だろうが変わらない。常にこの三つから選ぶ。
つまり実質決まっていると言ってかまわない。
それ以外のものはレーションしか食べることを許されていない。
部隊によってはレーションしか食べさせないこともあるため、それでもこの少女にとっては幸せな方だろう。
なにせレーションなんてものは消しゴムにガソリンをぶっかけたような味で、とても食えたものではないのだから。
イミテーション・チルドレンには人権というものが皆無であると言っていいほどにない。
そして普通の軍人に比べて規律が厳しい。その規律に加えて部隊によってはプラスで決まり事を付加される場合もある。
フェルディのように性的な行為を強要されることだってある。
つまり息の詰まるような日々を送っているということだ。
ほとんどが十五歳を超えることなく戦場で死んでしまうために、イミテーション・チルドレンは幼い少女が多い。
そんな幼い彼女たちに厳しい規律や性的な行為などの非人道的な行為の強要は、きっと地獄といってかまわないだろう。
そんな彼女たちでも休日の時は自由が増える。残念ながら非人道的な行為についてはなくなりはしないだろうが、ある程度規律は緩くなるのだ。
普段であればこんな時間に朝食をとろうとすれば、普通の軍人より重い罰を受けることになる。
それがないのは今日が休日であるからだった。
ふと、ソーセージをフォークで刺して口元へ持っていったところで、少女の動きが止まった。
ソーセージを見つめて固まってしまっている。何か躊躇でもするかのようにソーセージに口をつけようとしない。
ただじっとソーセージを見つめるばかりだった。
ソーセージが苦手なのだろうか。
ベーコンエッグサンドを食べながら少女の様子を観察していると、ふいに彼女が俺に気がつき目が合った。
呆然と俺を見つめていた少女は、やがてその顔を蒼白に染めていった。怖いものでも見たような、そんな血の気の引いた顔だった。
そしてソーセージに向き直り、目を閉じてソーセージを口の中に押し込んだ。
残ったソーセージもすべて平らげた後に、恐る恐るという感じでこちらに視線を送ってきた。
そこで得心する。
少女はソーセージを食べずに残した様子を俺に見られてしまったら、俺に何か罰を与えられるとでも思ったのだろう。
だから顔面を蒼白にしながら、慌てたように苦手なソーセージを食べたのだろう。
残したところで罰を与える気なんてなかった。
だって彼女が食べ物を残そうがどうでもいい。興味なんてない。
だからいらぬ心配だと伝えるように、俺は彼女から視線を外した。
しかしあれだけ恐怖を顔に出すとは、そんなに俺の顔が怖かったのだろうか。
……いや、違うな。
彼女の所属する小隊では、きっと食べ物を残せば罰を与えられることになっているのだろう。
それならあの怯えようも納得できる。
しばらくして椅子を引きずる音が聞こえた。
音の方を見ると、先ほどの少女が席を立っていた。
見ていない間に朝食を完食したようで、彼女は空の皿や器が載ったトレイを両手で持って、カウンターの返却口に向かって歩きだした。
返却口にトレイを置いて、次に少女は食堂の出入口へ向かって歩き出す。
俺は出入口から近い席に座っていて、だから必然的に少女は俺の方へと近づいてくる。
そうして俺の近くはやってきた少女は、けれど出入口には向かわずその場で足を止めた。
彼女は俺の方へ向くと、背筋を伸ばして敬礼をしてみせた。
その表情は緊張からか、それとも恐怖からか、どこか硬いように思えた。
「おはようございます、少尉」
俺より幾分と歳下のイミテーション・チルドレンはそう挨拶をした。
俺は軽く手を挙げてそれに応える。
少女はお先に失礼しますと言って、硬い動きながら今度こそ出入口へと歩いて行った。
俺も遠ざかる少女から目を離し、傍のコーヒーを口にした。
と、背後で何がぶつかるような音がした。
先ほどの少女が何かやらかしたのだろうか。気になって出入口の方へと視線を向けた。
そこには床に尻餅をついた二人の少女がいた。
先ほどの少女と、もう一人は銀色の髪をサイドテールにした小柄な少女。
サイドテールの少女もまた、緋色の目をしている。そして首には首に金属製製のチョーカー。イミテーション・チルドレンだった。
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