2 狼の計画

「おーおー皆元気にやっとるね」

目の先には二人の男性がいた。零、空、透の三人はまるで軍隊のように足をそろえ、敬礼をした。まるでじゃないか。それをみて、ほかの人は戸惑いに意を見せた。空が一歩前に出る。

「何しに来られたんですか?岡村さん」

その名に空気が一瞬で重みを増した。何度も何度もテレビの前で聞いた名前。その者が今目の前にいるのだから。岡村は不気味さを残した声で大笑いした。

「私が作った組織だ。見に来ても構わんだろ?」

まるで嘲笑うかのように空を見下げた。いいや、確信。空はそれ以上の悪い笑顔を見せた。珍しく、ね。

「そうですね。その組織を内部からズタズタに壊したのはあなたですけど」

「空!」

咄嗟に零が叱る。空はいつもの笑顔に戻ると、ごゆっくりと言って戻った。少し嬉しそうに見えたのは零だけだろうか?

「祐希。岡村のお付きの人と勝負しろ」

零が誇らしげに言った。祐希は首を思いっきり傾げた。岡村はまた大声で笑うと、彼に指示を出した。男性は木刀を受け取ると祐希の前で構えた。

「祐希君と言ったかな。西川は強いぞ。零より少し弱いくらいだ」

「それ、結局零先輩とやるのと一緒じゃないですか!」

仕方なく祐希も構える。零の隣で空が何かを呟いた。よく聞こえなかったが、おそらく、西川、と言った。あまりにも思いつめた表情で、あまりにも恐ろしい表情で。いつのまにかギャラリーが集まって、かたずをのんで見守っていた。二人は一礼する。西川はいわゆる型通りに構えたが、祐希は肩の力を抜いて、木刀の先は床についていた。零は深い溜息をつく。一方、空はニヤニヤしていた。零はその顔を見て、少し首を傾げた。微妙な気持ちのまま、手合わせに目を向ける。西川は足に力を込めた。

「隙だらけだ」

一気に加速した。首に向かって木刀を突き立てる。それを受け流す。流された木刀を逆手に持ち替え、背後を取る。それさえも見抜き、クルッと態勢を変える。危機を察した西川は一旦距離を取った。腕で汗を拭うと、呼吸を整えた。しかし、祐希は先ほどと同じく欠伸をした。それに少し腹を立てた西川は先ほどと同じく加速した。速いと零が感心して呟く。だが、祐希はそれさえも見切った。しかし、西川はニヤリと笑うと、死角である足を狙った。祐希は鼻で笑うと、飛び越え、動きを止めた。ギャラリーは息を止めているようだった。祐希はふーと息を吐くと、目を細めた。

「もーしんどいですよー」

と欠伸一つ。口角は上げているが、目は笑っていない。その姿がまるで人間離れしたようで、勘のいい三人は茫然と立ち尽くしていた。

…刹那。誰も見えない、誰も予期していなった。神経を尖らせていた西川はすっかり丸くなり、あんぐりと口を開けて、地に伏せっていた。そして、また欠伸を一つ。「欠伸」は彼の印象と個性だ。たとえ、それが灰狼が被った化けの皮でも。輪に戻った祐希は皆に称賛され、笑顔で包んだ。

「背負い投げの前、五回くらい切られたんですよ」

まくって見せた服の下には赤い筋が五本。

「あの子、恐ろしいですね」

岡村は深い溜息をついた。

「何か分かったことは?」

西川は呼吸を整えると報告する。

「あの子の特徴は鼻ですね」

「鼻?」

首を傾げる。西川は頷くと続けた。

「嘘と誠を嗅ぎ分けるんです。あの子にフェイントは効かない。フェイントだと分かった瞬間、次の手を考えるんです。それだけならまだしもやりにくい型です」

「そうでしょう」

空が隣から口を挟んだ。二人は露骨に嫌そうな顔をした。その露骨で大げさな反応に思わず笑みが零れる。

「隙があると思ってむやみに突っ込むと、返り討ちにある。体術でも技術でもトップクラス。いつもは飄々としていて騒がしくて落ち着きのないやつですが、戦いになると魅せる男ですよ、彼は」

笑みの奥で疑心暗鬼さがにじみ出ている。結局口から出まかせだ。西川は変な笑みを浮かべた。

「いやぁ完敗です。俺もまだまだっすね」

と照れ臭そうに後頭部を掻いた。空が輪に戻ると、西川は笑っていた表情を無くし、祐希の方を見た。岡村は肩に手を置くと耳元で囁く。

「彼は生かしておけば厄介だ」

「承知しております」

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