第二章 灰狼達の懐

1 狼の敵

「空さん」

戸をノックする音が聞こえた。パソコンを触りながら耳をそちらへ傾ける。

「岡村 一樹という方からお電話です」

空は目を丸くした。聞き覚え、いや忘れられない名前だった。短く返事をすると受話器を取った。

「はい」

『久しぶりだね空君。元気にしているかい?』

「はい。お陰様で」

その声は何も変わりなく、逆にそれが一層苛立たせた。

「何か用ですか?」

『今日一緒に食事しないか?』

「嫌です」

『即答かいな。久し振りに話したいと思ったんだけど。というか聞きたいことがあってね』

「じゃあ今話せばいいじゃないですか」

『いいや、直接話したいいんだよ。君が来ないなら私が行く』

低くておっとりした声のままだった。電話越しでも分かるほどの余裕が伝わってくる。机を指でトントン叩きながら続ける。

「分かりましたよ」

『ありがとう。じゃあ今日の七時。場所は送るよ』

と言って電話は切れた。深い溜息をつく。仕事を一通り終え、部屋を出た。すると廊下から声が聞こえた。

「おい、空。どうした?」

「あっ二人とも」

二人は空をマジマジと見始めた。

「えっどうしたの?」

透が首を傾げる。

「今日のお前はなんか煩いな」

「それに瞳孔も開いてる」

零が付け加えた。この二人と話していると何だか怖い。全てを見透かされているようで。でもこの二人でよかったとも思う。ただ今は

「うん。ちょっと出てくるよ。夕飯はいらない」

内緒にしててもいいかな?取り残された二人は空の背中を見送ると険しい表情をした。

「俺さ」

「うん?」

「嘘の音は一番嫌いなんだよ。気分わりぃ」

透は踵を返した。それを、何も言わずに追いかける。そのあとは我を忘れて仕事をした。怒りの銃声が響き、力強い甲高い音が天へ上る。


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