2 狼の権力

「なあ、空」

「何?」

「なんで義務っつってんのに守らねえんだろ?」

「さぁね。それを今から聞きに行くんでしょ」

「今の時代、全部機械で管理されているもんな」

「そうだねー」

無機質な会話を繰り返していた。透は、過ぎ去る景色を虚ろな目で眺めていた。車が停止すると、なぜか体を震わせた。が、溜息をつくと

「またこりゃ古いマンションだこと」

と呟いた。階段を上ると、不快な音が響く。空は指示を出した。

「三人は裏に回って。一応。無線電源入れといて」

「ウイッ」

小さく敬礼をして軽く返事をする。三人は階段を飛び降り走っていった。空は少し構えてチャイムを押した。中から返事が聞こえて、戸が開く。

「国家特別防衛機関の者です。根室さんですね」

「どうぞ」

その男性はやせ細っていて、その声は低かった。通された部屋は、とても整っていた。少し暗いが、落ち着く雰囲気だ。少し引目にお茶を出された。とても、いい色をしている。

「要件は分かっていると思いますが、精神判定測定器を見せていただけますか?」

根室は黙って頷くと自室へ入っていった。根室が姿を消すと空は眉をひそめた。眼鏡に手をかけ、外し、出されたお茶を見た。

「なーるほどねー」

頭をぐいっと後ろにそらす。ついでに大きな溜息をつくと、眼鏡をかけ直した。

その時、部屋の戸が開いた。根室は確かに測定器である腕時計を手に持っている。それを空に渡すと、向かいに座り、じっと見ていた。

しばらくの沈黙を保っていた彼が口を開く。

「あなたはいつ入ったのですか?」

「僕は、八年前ですね」

答えると、根室は不快な笑い声をあげ

「それはそれは大変だったでしょ。八年前といえばあの事件があった年。まだあるんですよNSDI撲滅会」

先程とは明らかに違う皮肉じみた声だ。空は危うく彼の測定器を壊しかけていた。手のひらに爪を食い込ませる。

「気になりますね。NSDI撲滅会。どんなことしてるかご存知で?」

「ええ、知っていますよ。私も一員なので」

根室はニヤリと笑うと、背後からきらりと光る包丁を取り出た。それを空めがけて思いっきり投げつける。それに不意に立ち上がったものの、ゆっくりと落ち着いた呼吸を繰り返していた。

「ふう…」

空は、その手を引き寄せた。根室は机に躓きバランスを崩す。それを見逃さなかった空は頭を持ち、机に叩きつけた。

「っつう…」

痛みのあまり声が漏れる。空は冷静に話し出す。

「根室さん。お茶に何か入れましたね」

根室は少し視線を逸らすと口を結んだ。深い溜息をつくと、手にさらに力を入れた。すると、戸が大きな音を立てて開いた。が、何故か三人は同じ顔をしている。

「先輩本当にスナイパーすか?」

「アタッカーの方が向いてる気がするんすけど」

「まったくだ」

そのそれぞれの言葉に苦笑したが、帰ろうかと声をかける。

そしてまた車を走らす。

毎日このような事を続けてきた。空は後部座席をチラッと見る。根室は俯いて、無機質な顔で自分の足元を見ていた。

この組織に捕らわれた人間は皆こういう風になる。人の感情を失ったような表情をする。いつもはそれだけでなんとも思わない。が、根室の言っていた言葉が空の中で引っかかっていた。

そんなことを考えながら車を運転していると、道を塞ぐ人々が目に映った。咄嗟にブレーキをかけると、寝ていた透が目を覚ました。

「着いたのか?」

「いいや、何かあったみたいだ」

お互い顔を見合わせると透が窓を開け、車の横を通った男性に声をかけた。

「おい、何があった」

「殺人事件らしい。それに、随分と酷い有様と聞いた」

二人は再度顔を見合わせると、車から降りた。男性は少し戸惑ったが、すぐに駆け足で去っていった。空は、後部座席の二人にしっかり見張っているように指示し、人込みの隙間を縫って最前列に出た。そこには、数人の警察官と、窓がすべて割れた異様な建物がそびえたっている。見ただけで身震いしそうな不気味さを持ち合わせている。立入禁止のテープを潜り、中に入ると、一人の警察が大声を出した。

「こらこら、関係者以外立ち入り禁止だよ。まったく…君達大学生?もう」

警察の言葉を遮るように空が口を開く。

「こんにちは。国家特別防衛機関、機関長の如月空です」

空は笑顔を顔に張り付かせ言う。警察は口を歪めた。

「はっ!フォースの連中か。しかも、お偉いさんときた」

フォースというのは通称みたいなものだ。呼びやすいらしい。空は顔色一つ変えず言葉を並べる。

「何ですか?何か不満でも?」

「この外道が。こんなとこまで出てくるんじゃねーよ。失せろ」

「本来あなた達がやる死刑執行などの汚れ仕事を引き受けてるんですから、感謝してほしいですね。それに、大量殺人は一級犯罪で、こちらの管轄です」

「汚れ仕事ばかりやっていると、心が汚くなるんだろ?」

「綺麗な仕事ばかりやっていたら、心は澄むんですかね?」

「こいつ!!」

警察が拳を振り上げると、透が口を挟んだ。

「はい。そこまで。野次馬も見てるし、ここで暴力を振るうのはまずいのでは?今はこんなことしている場合じゃないでしょ」

警察は透に冷たい視線を向けた後、小さく舌打ちをし、入れと顎で指した。空はまだ笑顔を崩してはいなかった。

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