3 狼の詮索
「こりゃひでぇ」
思わず透が声を漏らす。それもそう、窓が割れているといっても、部屋は薄暗く、遺体は十五体。そして、全て脳が抜き取られていた。目はくりぬかれ、その場に散らばっていた。目玉一つ一つがこちらを向いているようで不気味そのものだった。空はおもむろに足を進めると、置いてあったホワイトボードに目を向ける。立ち止まってじっと見つめた。
「NSDI撲滅会…」
「なんだ知っているのか?」
「根室が言っていた」
「根室?」
「今、車に乗っている人」
「なるほどー」
しばらくの沈黙の後、戸のそばで警察が口を開く。
「お前ら嫌われてんのな。ほらそこ」
ホワイトボードの裏を指差した。そこには赤いスプレーで大きく『NSDIを許すな』と記されている。それを見た空は零に電話をした。
「あっ、今起きてる」
『おはよ。ふぁぁあ』
「おはよ。それでさ零。寝起きで悪いんだけど『NSDI撲滅会』について調べてほしい」
『何その私達に喧嘩売るような会』
「まぁまぁ」
『何かあったの?』
「殺しだよ。仏が十五」
『多い!!』
「ね。じゃあ宜しく」
『はいはい』
電話を切ると再度辺りを見渡した。すると、徐々に遺体に近付き、胸ポケットから手袋を取り出し、頭を触り始めた。時々グチャリという音がする。そのたびに透が顔を歪める。警察は汚物でも見るような目で見ていた。
「おっおい空」
「容疑者から医療関係は外していい」
「ん?」
「脳の抜き取り方が雑。所々残ってる。それに、脳を抜き取る事だけが目的なら目までくりぬかなくていい。目はそこらへんに散らばっているし」
「はっはあ」
納得したようなしてないような微妙な反応をする。
「もう気が済んだか?」
警察が外を見ながら言う。
「どうもありがとうございました。取り敢えず野次馬は全員散らばらしてください」
返事は無かったが、外に指示を出しているところを見ると了承してくれたようだ。
二人は帰る野次馬の波をぬって車に戻った。ふとソラを見上げると一瞬赤く見えた気がするが、瞬きするうちに普段の色に変わってしまった。あの、綺麗な青色に。
「どうでしたー?」
後部座席の一人が乗り出した。
「殺しでしたー」
透があくび交じりに伝える。後ろから返事が無かった。ただ、外を見つめて人の波を目で追っていた。
「疲れたー」
透が溜息を漏らす。機関に戻ると、受付をやっていた八軍の少年が出てきた。
「あの、空さん。お客様がいらしてます。第二面会室にお通ししました」
「ありがとう」
空は透と部屋に向かった。入ると、男性は立ち上がって軽くお辞儀をした。二人もつられて頭を下げる。男性は酷くやせ細っていて、挨拶をするその声はとても弱々しかった。
「えっと…今日は何の用で?」
「先ほど起こっておりました殺人事件の件で少しでもと情報をと思いまして」
男性は携帯を取り出し、動画を見せた。
「少し良いですか」
空は携帯を受け取り、動画を何度も巻き戻した。動画は事件が起こってから、警察が到着するまでのものだった。すぐに野次馬が集まっていた。空はパソコンに送る許可をとり、零に送信した。調べるように言い、また話に戻る。
「他に何か気付いた事は?」
聞いたが、じーっと考え込んでいるようだった。
すると、珍しく静かだった透が口を挟んだ。
「その携帯に付いているストラップ、なんか可愛いな」
「これ貰ったんですよ」
そのストラップは縄で人を作っているものだった。四肢にビーズがついている。男性は嬉しそうにそのストラップを揺らした。空が咳払いをすると、透は一瞬そちらを見て口を閉じた。
空は男性を見送ると面会室に残っていた透に声をかける。
「らしくないね。何かあったの?」
「ああ…。あのおじさん煩いんだよ。耳障りな音出しやがって」
というと髪を掻き上げた。空は
「そう」
だけ言って去っていった。
「ねーねー空君」
そんな挨拶で目を覚ました。日曜日の朝。いや…朝?
「何?零。今四時だよ。また徹夜すると体壊すよ」
空の心配の言葉を全くもって聞いていない零は真顔で続ける。
「すっごい基本的な事なんだけど」
「なにー」
空は大きなあくびをした。
「NSDI反対派の人を殺すってことは、NSDI肯定派の人ってことだよね。でも壁には『NSDIを許すな』っておかしくない?」
あくび途中の空の動きが止まる。
「あっ」
空は口をぽかんと開けた。
「気が付かなかったぁ!?あんた何見てたの?」
夜にはだいぶ迷惑な大声を上げた。それと同時に頭を叩く。
「痛い…。だって死体が妙すぎて、ちょっと」
「黙れ死体フェチ」
今度は叩かれたように言葉が降ってきた。
「んで?他は?」
「赤かった」
素直な意見を述べると
「はい。結構でーす」
会話を切られた。
零は死体をもう一度見に行くと言い出した。空は無理しないでねと声をかける。零は大丈夫と笑って出て行った。その顔は大丈夫にも見えたが、少し寂しそうにも見えた。
時計は四時半を回り、止まることなく動いている。空はその時計を不意に止め、また掛け直した。そして再び床に就く。だけれども、まったく寝れず何もない天井をただ見つめていた。
「こちらになります」
零は死体放置所へ向かった。寒さに身を震わせる。
「被害者の名前は…」
「いいよ。見たいのは傷口だけだから」
案内人の言葉を遮るように言い放つ。案内人は肩を窄め、下がった。零は白手袋を取り出すと、丁寧にはめた。傷口を少し広げると、そこをじっと見つめる。
「これ…」
と言って、傷口から取り出したのは小さな金属片。
零は跳ねるように立ち上がり、短くお礼をし、機関へと車を走らせた。
車のドアを無造作に閉め、部屋に駆け込んだ。機械に金属片を置き、素早くパソコンの電源を入れた。その画面に映ったものを見て、大きなガッツポーズをした。零は椅子を蹴り飛ばす勢いで部屋を出て、空の部屋の戸を蹴り上げた。
「空!!!」
と叫ぶと、口元に人差し指を持っていった。零は咄嗟に口を覆うと、モニターを見た。地図上に赤い点が点滅している。
「これ…」
「GPS内蔵の盗聴器」
空ははっきりと頷いた。
「一体誰に?」
「目撃者で来た人」
「名前は?」
「阿部 昭信」
零は素早く息を吸い込んだ。すると、空が食い入るようにモニターを凝視した。その直後、薄ら笑いを浮かべ、よしっと小さく頷いた。パソコンを少し操作すると、椅子にもたれ、ヘッドフォンを外した。
「で?何?どうしたの?」
「あっそうそう。被害者の傷口から金属片が見つかって、それを調べたらビンゴ。阿部の名前が出た」
零は赤ら顔でそう告げる。空は少し悲しそうな笑顔を浮かべると話し始めた。
「そう。こっちは阿部の携帯にアレを仕込んでいただけ。で今、阿部が犯人だと決定づける話があった。零のと合わせて証拠が揃った。行くよ」
立ち上がり、ライフルボックスを背負った。零は、はーいと返事をしながら透の部屋に向かう。
「透くーん!」
再び戸を蹴り上げたが返事が無い。すると空が声をかけた。
「透は先に行かせたよ。僕らは追うよ」
「さっすがー。何でも見通せる男!」
「眼鏡外してたから」
そう聞いた零は前髪で表情を隠した。追いかけても、追いかけても掴めないその背中をどう追いついたらいい?
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