第21話 決断

 ティマが自殺をした。幸い発見が早く一命を取り留めたが、ティマは町の病院にしばらく入院する事になった。

 ティマは病院のベッドで、自殺した人間とは思えない、安らかな表情で寝入っていた。

「どうしてこうなってしまったの」

 私は悲しみでいっぱいだった。

「どうして・・」

 病院からの帰り道だった。何か大勢の人々が集まり騒いでいた。

「事故」「人がたくさん死んだ」「巡礼者」

 そんな単語が、群衆の中から聞こえてきた。なんだかとても嫌な予感がした。

「巡礼者の列に車が突っ込んだんだ。全員即死だ」

 群衆の向こう側で、叫んでいる若者の声がした。

「まさか・・・」

 嫌な予感がだんだん現実になっていくのを感じた。私は人垣を慌ててかき分けた。

 トラックで運ばれてきた遺体が、無造作に荷台から降ろされていた。私はすぐに遺体の傍らに駆け寄ってその掛けられた布をめくった。

「あっ・・」

 あの人たちだった。あの幼い少女も二人横たわっていた。私は遺体の上に崩れ落ちた。

「こんなことって・・」

 あんなやさしくて生きとし生けるものの幸せを願う純真な人たちが、なぜこんな残酷な死に方で死ななければならないのだろうか。

「道路が凍っていてどうしようもなかったんだ」

 轢いてしまった車の運転手が、必死にみんなに叫んでいるのが遠くの方で木霊すように聞こえた。


 カティの家に戻ると、囲炉裏の周りに、カティ、カティの家族、親戚縁者、それから村の顔役や村長までが全員勢揃いして私を待っていた。どうしたんだろう。夕食にはまだ少し早すぎる。

「メグ、お金貸して」

 カティが、私に媚びるように言った。

「えっ!」

 突然の事に私は茫然とそこにいる全員の顔を眺めた。

「でも、あんなにお金あったのに・・・」

「ティマがギャンブルで全部スッてしまったの」

 カティが続けて言った。

「ええ!全部?」

「借金まであるの」

「借金!」

「お金が無ければ服が買えないわ」

 カティが言った。

「服なんて買わなくていいじゃない。前みたいに、村の服を着て・・」

「やだっ、絶対ヤダ」

「前みたいに質素に生きれば・・」

「無理だわ。もう無理だわ」

 そこでカティはわっと泣きだした。

「そんなの絶対無理だわ」

「カティは贅沢を覚えてしまった」

 カティの母が泣きじゃくるカティを慰めながら悲しそうに呟いた。

「あなたが私をこんなにしてしまったのよ」

 カティは泣き崩れた。

「だから、私は反対したんだ。よそ者をこの村に入れるのは」

 あんなにやさしくて面倒見の良かった村長までが冷たく言った。

「こうなってしまってはもう娘も息子も元に戻らない。あなたは責任を取るべきだ」

 普段とてもやさしいカティの父が、怒りを露わにして私に詰め寄った。カティの父はどんな事があっても絶対に怒るような人ではなかった。その後ろで、カティのおじいさんやおばあさん小さな兄弟たちまでが、私を冷たい射るような眼で見つめていた。

「・・・」


 真っ赤な夕日が、チョモランマの麓に大きく広がっている。私はその夕日を見つめた。私は悲しかった。あんなにやさしかった人たちを、あんな風に変えてしまうなんて・・、私はとてつもなく重い責任を感じた。

「日本に帰ろう」

 私は決断した。ヒマラヤは、来た時と変わらずその圧倒的雄姿を湛えていた。

「日本に帰って、働いてお金を送ります」

 そうカティの家族に約束して、私は日本に帰った。


                     (帰郷篇に続く)

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神様は明後日帰る 第3章(ヒマラヤ篇) ロッドユール @rod0yuuru

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