第20話 ティマの告白
「ティマ」
再び村に帰ると、ティマがまたふらふらと村の中を彷徨っていた。
「ティマ」
私が声を掛けてもティマは、その生気の無いとろんとした目で私をちらっと見ると、またふらふらとどこかへ行ってしまった。
「ティマは最近酒ばかりなんだ」
いつの間にか私の隣りに立っていたティマの父がため息交じりに呟く。以前は、働き者だったティマはもうそこにはいなかった。
「仕事もやめてしまったよ」
ティマの父が悲しそうに言った。
「僕が稼いで村の人たちを少しでも楽にしてあげたいんだ」
以前誇らしげにそう語っていた勇ましいティマの姿が思い浮かんだ。
私がよく瞑想していた大きな岩の上にティマがいた。
「何があったの?ティマ」
私はティマの隣りに並んで座った。
「ユマが死んだ」
「えっ」
ティマは持っていた焼酎のビンを思いっきり煽った。
「ユマが・・」
ティマの弟みたいにそっくりな顔が思い浮かんだ。まだどこか幼さの残るまだまだこれからの若者だった。
「無茶だって・・、無茶だって言ったんだ。あまりに天気が荒れてた。でも、行くって。行くんだって。強引に・・、俺たちは逆らえなかった・・」
ティマの口からは悔しさが滲み出ていた。
「あれからまたポーターの仕事があったのね」
ティマは力なくうなずいた。カティにお金を渡したはずなのに・・、私は何か言い知れぬ不安を感じた。
「最初から無茶だったんだ・・。天気が悪化して・・、目の前が真っ白になって・・、ユマが見えなくなってしまった」
「・・・」
「行くしかなかった・・、止まったらみんな死んでしまう・・」
「・・・」
「俺たちはユマを置いて・・」
ティマは、また、きつい地元産の焼酎の瓶に直接口をつけ煽った。
「行くしかなかった・・」
ティマは頭を抱えて両足の間に深くうずくまってしまった。
「・・・」
ティマは泣きながら、小刻みに震えていた。ティマの悲しみの深さが、私の中に伝わりすぎるほど伝わってきた。でも、私には今のティマにかけてあげる言葉が無かった。
「俺たちは彼らのテントには絶対に入れてもらえない。絶対に」
再び語り始めたティマの口調には強烈な怒りが内に含まれていた。
「俺たちの荷物が、崖から落ちてしまった事があるんだ。それだって俺たちが悪いんじゃない。ここは休憩するには適当ではないと何度も言ったんだ。それなのに・・・」
「その荷物の中には俺たちのテントも入っていた」
「当然俺たちには夜寝るテントがない。それなのに彼らは俺たちを絶対に自分たちのテントに入れようとはしなかった。十分な広さがあるのにだ。俺たちは岩陰に隠れて、肩を寄せ合い、焚火をしてあの極寒の中、夜を明かしたんだ。それがどんなに辛く、危険な事か君にだって分かるだろう?」
「・・・」
「彼らは食事だって俺たちに絶対に分けたりはしない。俺たちがどんなに飢えていてもだ」
「・・・」
「ペットを連れて来た奴がいた。小さな流行りの犬だった。小さなリボンまで結んでいた。そのペットの犬には分けてやるんだ。犬はうまそうにそれを食ってた。それを俺たちは、ただ見てるんだ。犬が食ってる姿を。うまそうにがっついてる姿を。腹をすかしてただ見てるんだ。それだって勝手な予定変更で、日程が延びて・・」
「・・・」
「俺たちは犬以下か?」
ティマはその涙で濡れた赤い目を私に向けた。
「・・・」
「俺たちは犬以下なのか?」
ティマは自分の悲しみを、今まで受けてきた全ての理不尽をどこか当てのない何かに訴えかけるように叫んだ。
「外国の連中はもっと稼いでるんだろう?」
ティマはまじまじと私を見た。
「・・・」
私は何も答えられなかった。
「ユマが死んだ時、奴らは、お前たちの案内が悪いんだとか、俺たちも危ない目に会ったとかなんだとかごねて、そのわずかばかりの金も出さなかったんだ」
ティマは再びうなだれ、涙をぽろぽろ落として叫んだ。
「ユマの遺体だって、天候が少し安定してきてから俺たちが命がけで山に登って、捜し歩いて必死の思いで担いできたんだ」
「・・・」
「やっとの思いで担ぎ下ろしたユマの遺体に渡されたのはゴミ袋だった」
「・・・」
「俺たちはユマの遺体をゴミ袋に入れて麓まで運んだんだ」
ティマは泣いた。号泣していた。
「ユマは俺の弟みたいな存在だったんだ。一緒に育って、一緒に飯を食って、一緒に町の学校だって行った。俺たちはいつも一緒だったんだ」
「俺たちは一体何なんだ?俺たちは一体・・・」
ティマは顔を上げ、訴えかけるように私を見た。
「・・・」
私はかける言葉も無くただうつむくしかなかった。
夕食が終ると私は夜になっても帰って来ないカティの部屋に、一人入った。以前はお寺の長老やマントラ、仏様の絵やポスターが貼られた壁にはデカデカとシルベスタスタローンのポスターが貼られていた。以前は質素で物などほとんど無かった部屋には、化粧品やバッグ、アクセサリーが散乱し、村の民族衣装しか着た事のなかったカティの洋服掛けには派手な流行りの洋服がズラリと並んでいた。
「・・・」
その面影すらもなく、もうあの純朴なカティはそこにはいなかった。
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