第19話 カティの行方
「着いたぁ」
一月以上振りのカティの村。高々一か月ちょっとだったが私は懐かしさで胸がいっぱいになるのを感じた。
村は当然だが何も変わっていなかった。
「ああ、早くカティに会いたい」
あの別れの時の、涙を流すカティの姿が思い出された。
早速カティの家に行ってみた。家までの一歩一歩が待ち切れなかった。
カティの家に着くと、家の裏でカティの母親がヤギの乳搾りをしていた。
「あ、お母さん、カティは?」
カティの母は、私を振り返る事もなく、ただ山羊の乳を搾り続けた。
「あの、カティ・・」
カティの母は、そこで初めて私を見たが、悲しげな、なんとも言えない困った表情をして、また山羊の乳搾りに戻ってしまった。
「どうしたんだろう」
私は首を傾げ、再びカティを探しに歩いた。家の中を覗くがやはりカティの姿は見えない。
「いないなぁ」
村の中を歩いている時だった。
「あっ」
カティのお父さんが歩いていた。
「あの、カティどこにいるか知りません?」
カティの父は私を見ても、やはりカティの母同様、悲しげな表情をして、そのまま黙って通り過ぎて行ってしまった。私はその背中を呆然と眺めた。
「やっぱり、なんか変だなぁ」
私が首を傾げていると
「あっ」
今度は、ティマが歩いていた。
「ティマ、ティマ」
私は久しぶりのティマに、懐かしさとうれしさ満面で走り寄った。
「わぁ、酒くせぇ」
ティマは酔っ払っていた。しかもべろんべろんに。
「ティマ、なんで昼間っからお酒飲んでるの?今日はお祭りだっけ」
ティマはそこで初めて、私を見た。その目は重く淀んでいた。お祭りで楽しく飲んでいる雰囲気では絶対なかった。
「ティマ、カティ知らない?」
私はおずおずと尋ねた。ティマはしばらく沈黙した後、その淀んだ目で私を見つめた。
「あいつは死んだよ」
「えっ!」
私はティマの顔を茫然と見つめた。
「カティが死んだ?そんな・・・、そんなはず・・・」
「なんで死んだの?カティが死ぬはずない」
ティマは私の問いに答えることなくそのまま、ふらふらと歩み去って行った。
「そんな・・・、カティが死んだなんて」
私はその場に崩れ落ちた。信じられなかった。あのカティが死んだなんて。
「カティ」
私の目から涙がこぼれ落ちた。どこまでもやさしくて純朴なカティの笑顔が浮かんだ。最後の別れの時の私を気遣う不安げな表情のカティがすぐ目の前にあった。
「カティ・・、カティ・・・」
私は地面を掴んだ。小さくてどこまでもやさしかったカティ。どこまでも純朴だったカティ。
「カティ・・・」
その時、背後で久しく聞いていなかったバイクのエンジン音が聞こえた。私はふと顔を上げた。バイクは誰かを下ろし、走り去って行くところだった。私はふと、後ろを振り返った。
「ん?」
そこに一人の少女が立っていた。私は涙を両手で必死で拭った。
「あ、カティ」
一目で分かるあの小柄な少女が立っていた。
「カティ、生きてたんだ。良かった」
私は直ぐに立ち上がった。しかし、何かがおかしい。
「え?カティ?」
私は何度もカティを改めて見つめ、自分の目を疑った。派手なドレスにけばけばしい化粧、バカでかいサングラスがあの純粋無垢な目を覆っていた。
「カティ?」
カティは別人になっていた。
「クソだわ」
「え?」
「私日本に行きたい」
「えっ?何言ってるの、家族が何よりも大事だって・・」
「こんな村クソだわ」
そう言って、カティはペッと唾を吐いた。
「ほんと、クソだわ」
「どうしちゃったの・・、カティ・・」
「町に行きましょ」
「カティ、山羊の乳を搾っておくれ」
遠くから老いた母の悲痛な叫びが聞こえた。
「冗談は一昨日言え、ババァ」
私はただただ茫然と、カティの突然の変貌ぶりを見つめた。
「ああ、ほんとどいつもこいつもクソだらけだわ」
町のレストランに入ってもカティはクソを連発した。
「なんでそんなにイライラしているの?」
「全てがクソだからよ」
カティは不機嫌そうに煙草に火を付け、煙を吐いた。
「煙草吸うの!」
「そうよ。あ、ビールね」
カティは通りかかった店員に言った。
「お酒も飲むの?」
「そうよ」
カティはもう一度、不機嫌そうに大きく煙草の煙を吐いた。
「全くどいつもこいつもクソだわ」
「髪も染めてるの」
「そうよ」
「パーマも」
「そうよ」
「どうしてそんなに変わってしまったの」
「全てがクソだと気付いたからよ」
「クソじゃないよ。素晴らしい村だし、素晴らしい人たちだわ」
「みんな貧乏で汚れてて、ダサイわ」
「そんことない。確かに貧しいけれど、みんなやさしくて誠実で・・」
「メグは恵まれたところにいるからそんな事が言えるのよ」
「・・・」
返す言葉も無かった。確かにそうかもしれなかった。
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