第18話 帰り道
「うをぉー」
外に出た私は両手を高々と突き上げ、目の前に広がるヒマラヤに雄たけびを上げた。世界は私だった。あの偉大なヒマラヤさえ私そのものだった。
私の体はエネルギーに満ち満ちていた。何も食べず水すら飲んでいないというのに、私は以前三食食べていた時よりも生気に満ち満ちていた。
怖いものは何もなかった。たとえ乗っている飛行機が落ちると分っても何も動じないだろうと思った。私は完全完璧な存在だった。そして完全無敵だった。
私は生まれ変わった。私は私であって私ではなかった。私は私を超えた私だった。
なんだかもう、何年も何十年も何百年も何千年も何万年も経った気がしていた。かつての私が遠い過去のようだった。
「えっ、三日?」
「そうあんたが来てから三日しか経ってないよ」
サンマンチュルはニコニコとその短い指を三本立てて言った。
「三日・・」
洞窟に閉じ込められてからまだ三日しか経っていなかった・・。
遥かな宇宙の歴史を何億年も旅してきて、たった三日しか経っていない・・。私はその場に崩れ落ちた。
「たった三日・・」
そんな私を見て、サンマンチュルは相変わらずニコニコと笑っていた。
サン・マンチュルにお礼を言って別れた。
「もう会う事もないかもしれませんが」
私が去り際そう言って手を振ると、サン・マンチュルは相変わらずニコニコと笑っていた。なんだか、またどっかで会うさと言わんばかりの笑顔だった。
佐伯さんたちの村に着くと、世界が違って見えた。何か全てが輝いていた。何の変哲もない景色が全て輝いていた。
「おうっ、案外早かったな」
私を見つけると畑仕事をしていた佐伯さんが笑顔で言った。
「えっ、ええ・・」
佐伯さんにしてみたら数日振りなのだろうが、私からしたら数万年振りな感覚だった。私はそのギャップに少し戸惑った。
「迎えの車はいつですか?」
私は早くカティに会いたかった。
「来月の今頃かな」
「えっ、一か月後?」
「ああ、一月に一本しかやって来ないからな。まっ、それもあまりあてにはならんが」
迎えの車は一か月後だった。私はその場にへたり込んだ。
「早くカティに会いたい」
私は早くあのカティの無垢な笑顔に会いたかった。
一か月をちょっと過ぎて、やっと迎えに来た車は、来た時とは違う車だった。
「あれ?」
「おまたせ、おまたせ」
車から降りて来た運転手も、あのじいさんではなかった。
「あの、この前のなんか妙に陽気なおじいさんは・・?」
「ああ、死んだよ」
「えっ」
新しい運転手のおじさんはこともなげに言った。
「死んだ?」
「ああ、帰りに崖から落ちたね」
「・・・」
「ああ、ここ、ここ、落ちたとこ、ここね」
現場に指し掛かると崖の下を運転手のおじさんは指差した。見ると、あのじいさんが調子こいてぶっ飛ばしていた渓谷沿いの一本道だった。落ちた谷底を見ると、あまりに高く、下が霞んでいた。
「・・・」
私は背中に薄ら寒い痺れを感じた。
だんだんカティの村でよく見ていたあの見慣れた風景になってきた。私は強烈な懐かしさを感じた。
「ああ、早くカティに会いたいな」
私は窓の外の景色を眺めながら呟いた。何だか待ちきれなかった。
「男ね」
私の呟きに運転手のおじさんがこちらを振り返った。
「違うよ。もっと良い人」
カティのあの純朴でどこまでも澄んだやさしさに早く会いたかった。
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