第13話 ティマとユマ
「あっ、ティマ」
カティの家の近くまで来ると、私の隣りを歩いていたカティが突然、そう叫ぶと飛ぶように走りだした。カティの家の前では家族や村人に囲まれた旅姿の人たちが複数人立っていた。そのうちの一人の青年にカティはものすごい勢いで走って行って抱き着いた。
「あれが言っていたティマなのかな」
その青年に嬉しそうにまとわりつくカティを見て私は思った。
青年の周りで小さな子供のようにはしゃいでいるカティは本当に嬉しそうだった。そんなカティを見ていると、やっぱりまだ子供なんだなと改めて思った。
「まあ、そうだよね」
しっかりしているようでもまだまだ、カティは小さいのだ。
「ティマよ」
私も家の前まで来ると、カティが嬉しそうに私に紹介する。カティそっくりの青年が少しはにかみながらその横に立っていた。
「ユマよ」
ティマの弟みたいな青年がその隣りにやはり少しはにかんで立っていた。
二人共本当にカティの生き写しみたいな純朴そうな好青年だった。多分、年は私と殆ど変わらないのではないかと思った。しかし、その表情は二人共もう精悍な大人のそれだった。
「これはお土産だ」
ティマがカティに、小さなピンクの熊なのかウサギなのかよく分からないぬいぐるみを差し出した。それは日本でなら、UFOキャッチャーででも取れそうな安っぽいものだった。でも、カティはそれを本当に嬉しそうに受け取ってその胸に抱きしめた。
小さな弟や妹もきゃっきゃ、きゃっきゃ、ティマにまとわりつき本当に嬉しそうだった。そんな、小さな弟妹たちにもティマはやはりお土産として買ってきたお菓子の袋を一人ずつ渡していった。
お父さんもお母さんも家族みんなが本当に嬉しそうだった。村全体がティマとユマたちが帰って来た事をみんな心のそこから喜んでいた。家族が、人が、とても大切に思われている。その事に私は、それは当たり前のことなのだけれど、どこか新鮮さを感じずにはいられなかった。
次の日の朝、外へ出るとティマが立っていた。彼は一人、その澄んだ瞳で、畑で働いている村人たちをどこか愛おしそうに眺めていた。
「おはよう」
私が声をかけると、少し恥ずかしそうにカティそっくりのやさしい笑みを私に向けた。
「村の人たちを見ているの?」
ティマはやはり少し恥ずかしそうに頷いた。
「僕はこの村が大好きなんだ」
ティマが畑で働いている村人たちを見つめたまま言った。
「みんな家族みたいに仲が良いし、困った時は助け合う。みんな穏やかでやさしい。それに僕を本当に必要としてくれる」
「うん」
「僕はこの村にずっといたい。みんなと一緒に働きたいんだ」
ティマは少し悲しそうな目をした。
「でも、ポーターをやらなければならない・・」
私がそう言うと、ティマはゆっくりと小さく頷いた。
「僕たちの仕事はとても大変な仕事なんだ」
ティマは真面目な顔になって言った。それはそうだろう。あのヒマラヤの頂上まで行くのだから。
「命がけの仕事だよ」
「・・・」
「でも、少しでも家族とこの村の人たちを楽にしてあげたいんだ」
「それでいくらもらえるの」
「八千円」
命がけで何か月も山に登って、八千円。日本なら一日アルバイトでもすればかんたんに手に入る額だ。
「さて」
カティは体を思いっきり伸ばした。
「もう働くの」
「うん」
そう笑顔で答えると、ティマは昨日、大変な登山旅から帰って来たばかりなのに、休むこともなく畑の方へ手伝いに行ってしまった。
「しかし、どうしようか」
村はずれの丘の上にあるバカでかい岩の上でいつものように一人瞑想をしながら私は考えた。ヒマラヤの麓まで来てはみたが、ここから自分が何をしていいのか、どこへ行って良いものやら分からなかった。果たしてクマリが指し示していた場所がここでいいのかすらも分からなかった。
「お前は救いを求めている」
「わっ」
目を開けると、知らないおっさんが直ぐ隣りに立っていた。
おっさんは極限まで骨と皮だけにやせ細り、巨大な目玉だけがギラギラと飛び出し、私を睨むように眼光鋭く見つめていた。そのおっさんはどこか和尚さんに似ていた。
「えっ、あのぉ・・・」
おっさんは素っ裸だった。局部まで思いっきり露出し、隠そうとも恥じるようすも全くなかった。日本なら確実に無条件に警察に通報されているだろう。が、ここでは不思議とそれが自然に溶け込んでいた。
おっさんは、伸び放題の髪を巨大にグルグル巻きに巻き付けた頭の下に覗く、その強烈な眼力で私を見つめ続けていた。
「ち、近い」
視線も強烈だったが、おっさんはなんか近かった。
「お前は救いを求めている」
おっさんは更に眼光を鋭くし、もう一度言った。なぜ分かったんだ。というかやっぱ近い。私はたじろいだ。
「ヒマラヤの麓に偉大な聖者がいる。会いに行ったらいい」
「え?聖者?」
おっさんはヒマラヤを力強く指差した。
「聖者ってあの・・・」
一回おっさんの指差すヒマラヤを見てから振り返ると、もうそこにおっさんの姿はなかった。
「あれ?」
周囲を見回すが、原野が広がるばかりでどこにもおっさんが隠れられそうなところは無い。
「あれぇ?」
岩から降りて、何度も周囲を見回すが、やはりそこには誰もいなかった。私は首をかしげながらおっさんの立っていた場所を見た。
「なんだったんだ・・」
村に帰って、カティに岩の上での事を話したが、カティもそんな人相風体の男は知らないと、首をかしげていた。
「多分、サドゥだと思う」
「サドゥ?」
「うん、一人で修行している行者さん」
あのホテルのじいさんを思い出した。
「この先にまだ村があるの」
「うん、私も行ったことはないけど、小さな村があるって聞いたことがある」
「私そこへ行く」
「え?」
「なんだか、そこに何かある気がするんだ」
私はなんか知らんがやる気満々だった。カティはそんな私を心配そうに見つめていた。
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