第12話 尼僧の話

 カティの言っていたお寺は、カティたちの村から二十キロほど歩いた広大な平原の中にぽつんと建っていた。それは近隣の村々の丁度真ん中辺りだった。

 この土地のお寺は日本のお寺とは全く違って、カラフルな装飾が施され、やたらとバカでかく、ミニチュアの中国にあるお城みたいだった。

「よくこんなすごい物をこんな辺鄙な所に造ったな・・」

 私はお寺を見上げ感嘆せずにはいられなかった。

 古びた巨大な門をくぐって中に入ると、思いがけずたくさんのお坊さんたちがいて驚いた。

「子どもが多いんだな」

 温かくなってきたとはいえ、まだまだ寒い中、小豆色の布一枚で覆っただけの恰好でお坊さんたちはニコニコと生活していた。

「ここは貧しい家庭の子の受け皿でもあるのです」

 いつの間にか私のすぐ横に、メガネを掛けた若い僧侶が立っていた。若いが凛とした落ち着きのある雰囲気が漂っていた。

「貧しくて子どもが育てられない家庭の子がここで僧侶になるのです。ここは、近隣の村のお布施で成り立っていますから、このお寺そのものがこの地域の福祉システムになっているのです」

「それで、それぞれの村の丁度真ん中に建っているんですね」

 鐘が鳴ると、僧侶たちは托鉢にでも行くのだろうか、お寺の外へとぞろぞろ出て行った。僧侶たちはまだ雪が残るその上を裸足で平然と歩いて行く。 

「あなたはここに何かの答えを求めて来たのではないですか」

「えっ、あ、はい」

 なぜ分かったんだ。

「丁度よい方がいますよ。どうぞこちらへ」

 そう言って、建物の方へするすると行ってしまう若い僧侶の後ろを、私は慌てて追いかけた。

 若い僧侶はそのままお寺の中に入って行った。私もそれに続いて中に入った。

「わあぁ」

 お寺の中も、見事なカラフルで精緻な装飾が施され、私は圧倒された。

 しかし、それに見惚れている暇も無く若い僧侶は先へ先へと容赦なく行ってしまう。私は慌てて追いかけた。

 若い僧侶は落ち着き静かに歩いているのにも関わらず、なぜかなかなか追いつくことが出来なかった。

「な、なぜだ」

 私は早歩きから、もはや軽い駆け足になっていた。

 若い僧侶はまったく無駄のない動きで、そのままするすると流れるように本堂を抜け、更に奥のそのまた奥の長い廊下の奥にある薄暗い一室に入っていった。

 遅れて私がその部屋に入ると、そこは窓の無い真っ暗な部屋に無数のロウソクの明かりだけがほの白く輝いていた。

「あの方です」

 よく見ると、奥に一人、僧侶らしき人が座っていた。

「こんにちは」

 美しい声が響く。

「あ、こ、こんにちは」

 それは女性だった。

「どうぞ、お座りください」

 尼僧は、私が来る事をあらかじめ知っていたかのように、目の前に置かれた座布団を手で示した。

 私が彼女の前に座ると、私を案内してくれた若い僧侶は静かに部屋から出て行った。

 尼僧は溢れるようなやさしさと穏やかな雰囲気に満ちていた。私はなぜか初対面のこの尼僧に強い、母親に守られているような、なんとも言えない安心感を感じた。

「あなたの心は怒りに満ちている」

「えっ」

 突然発したその声は落ち着き、やはり美しかった。

「かつての私もあなたと同じ目をしていたのかもしれません」 

 そう言う尼僧の左目はつぶれていた。

「あなたはとても遠いところから来たのでしょう?」

「は、はい」

「不思議な縁ですね」

 そこで尼僧は静かに笑った。その場の空気と一体になっているような穏やかな笑いだった。

「前世のどこかでお会いしたのかもしれません」

「前世・・・、ですか・・・」

「ふふふ、こんな事を言っても分かりませんよね、ふふふ、ごめんなさい」

 私をやさしく見つめる尼僧の右目は、限りなく青く澄んでいた。

「私は二十年以上前、チベットからこの地に亡命して来ました。その時、私は今のあなたと同じくらい若かった」

 尼僧は昔の自分を懐かしむように言った。

「私にも若い時があったのよ」

 尼僧は冗談ぽくそう言って笑った。

「あなたはとても辛い経験をされた」

「えっ?」

「もしかしたら私の話しがお役に立つかもしれません。私の話しを聞いて下さいますか?」

 尼僧は、なんとも言えない微笑みを湛えたまま、目の前に座る私をどこまでも落ち着いた雰囲気で見つめた。

「は、はい」

 尼僧はゆっくりとそして穏やかに語り始めた。

「チベットは今とても過酷な状況に置かれています。あなたもご存じでしょう?」

「はい、なんとなくは・・」

「今のチベットは地獄そのものです」

 尼僧は少し悲しそうに遠くを見つめた。

「ある日、中国の警察官が突然うちへやって来ました」

 尼僧はその澄んだ右目で再び私を見つめた。

「本当に突然でした。そして、警察官たちはいきなり私がテロリストだと言いだしました。最初、この人たちは一体何を言っているのだろうと、全く意味が分かりませんでした。それまでは、少し貧しかったけれど飢える事も生活に困ることもなく家族と仲良く平和に穏やかに普通に暮らしていました。もちろん警察に厄介になるようなことなど無縁でした。当然私にはなんの身に覚えも無い事です。家族もみんな茫然としています。しかし、彼らはそんなことお構いなしでした。有無を言わさず私はたった一人、父や母が追いすがるのも無視して、そのままわけも分からず警察に連れていかれてしまいました」 

「警察に連れていかれた私は狭い無機質な部屋に一人押し込められました。そこで、見も知らない大人たちが私を取り囲みました。まだ大人になりかけの私には、抗う術も、力も無く、ただただ恐怖に震える以外何も出来ませんでした。一体自分の身に何が起こっているのか、それすら整理して考えることができませんでした」

「私を取り囲む大人たちは少し笑っているように見えました。子供が持つ好奇心に残酷さを含んだような、何かこう、これからどうとでもできる小動物を前にして軽く興奮しているようなそんな笑い方です」

「私はただ恐怖に震え、そんな大人たちを怯えた目で卑屈に見上げていました。私は弱すぎて、何もできなかった。何も。私にできる一切が無力でした」

 そこで、尼僧は少し黙った。

「それはなんの躊躇も容赦も無く始まった。最初から決まっていたみたいに」

「いえ、それは決まっていたことでした。彼らはただ暇つぶしがしたかった。それだけだった。最初から、私に何かを聞きだすなんてことは考えてもいなかった。そんなことは分っていたから。私が、テロリストなんかじゃないってことは十分すぎるほど分かっていた。彼らはただ暇を潰したかった。何か面白い遊びで」

「・・・」

「私はただそれに選ばれた。たまたま、どこかで目に付いたのでしょう。ただそれだけだった」

「・・・」

 よく見ると、尼僧の顔にはあちこちに傷跡があった。

「彼らはとても楽しそうでした。私が泣いたり、叫んだり、呻いたり、悶えたりする度に、本当に楽しそうに笑うのです。煙草とお茶でどす黒く黄ばんだ歯と、血色の良い赤に近いピンク色の歯茎をチンパンジーみたいに剥き出して、本当に楽しそうに笑うのです」

「苦しかった。本当に。苦しかった。泣いても叫んでも、何をしても何を言ってもやめてくれなかった」

「・・・」

「それが毎日毎日休みなく彼らが疲れ、私に飽きるまで続くのです」

「・・・」

「彼らはもはや何かの線が切れていたのかもしれません。人としてとても大切な、人が人であるということの証のような大切な何か。でなかったら、あれほど人を残酷に傷つけることなどできなかったでしょう」

「牢屋に戻されほっとした時でさえ、また、突然引きずり出し意味も無く殴るのです。彼らはどういう時に人が傷つくか知りつくすほど知っていた」

 尼僧の顔がロウソクの明かりでゆらゆらと揺れた。多分、拷問を受ける前はとても美しかったのだろう。そんな気がした。

「まだ十代だった私は、男の人を知りませんでした」

 尼僧の目はまっすぐ私を見ていた。私は息を飲んだ。

「男の人が女性に対して行うこと。分かりますね」

 私は頷いた。

「男たちが全てに飽きた時、それが始まりました。おぞましい腐ったドブ川のような匂いが私の体を這いまわりました。身の毛もよだつあまりの感触の連続が私を襲いました」

「あまりのあまりの辛さに、私は私であることをやめようと思った。でも、逃れようもなく、そこでそうされているのは紛れもなく私だった」

「・・・」

「一通り満足すると、彼らは遊び飽きたおもちゃをほっぽらかすように私を突き放しました。そして、彼らはしばらくお茶を飲んでバカ話をして笑っていた。私は何をすることも、何も考えることもできず、ただその場にうなだれ放心していました。とにかく終わった。それだけが頭の中にありました」

「しかし、終わってなどいなかった」

「・・・」

「その時、その中の一人が、何かを思いついたように、私をにやりと見たのです」

「彼らは電磁棒を持っていた。警棒のような形でボタンを押すと強烈な電気が流れるのです。拷問する時、彼らはそれをよく使った」

「・・・」

「そして、それを手に取った」

 私は息を飲んだ。

「それを彼らは私の中に突っ込みました。私の意識が一瞬吹っ飛びました」

「内側から肉が焼けるのを感じました」

「頭の内側で強烈な電流が暴れまわっていました。私は気が狂いそうでした。いえ、もう半分狂っていたのかもしれません。叫んでも叫んでも、そこには苦しみしかなかった」

 とても辛い話をしているはずなのに、私を見つめる尼僧の目は相変わらずどこまでも青く澄んでいた。

「私はもう子供を産むことはできません。肉体的に」

 尼僧は静かに言った。

「・・・」

「このままではあなたは殺されてしまうと、私は支援者の方の働きで亡命する事になりました。しかしそれは雪のヒマラヤを歩いて越えるという、想像を絶する過酷なものでした。十分な装備も何もありません。まして、私は子供で、傷つきボロボロだった」

「寒さと疲労と空腹と、正に極限の旅でした。途中何人も仲間が倒れ、死んでいきました。私たちはそんな仲間を見捨て、ただひたすら歩きました。助けている余裕など無かったのです。その人たちを助けていたら私たちが死んでしまう。歩きながら私は自分を呪いました。中には私を助けるために自分を犠牲にして死んでいった仲間もいたのです。私はその人たちも見捨てたのです」

「もう訳が分からなかった。溢れそうな怒りと憎しみ、悲しいのか怒っているのか、もう私は気が変になりそうだった。なぜ自分がこんな目にあっているのか、私はただ穏やかに平和に暮らしていただけだった」

「血の涙が私の頬をつたいました。食いしばった歯茎から血が滲み出ました」

「・・・」

「人は本当に怒り、人を憎んだ時、鬼になるのです」

「鬼?」

「私は鬼になっていた」

「怒りと憎しみが全身を覆い、私はそれそのものになっていた。私はなぜ自分が今生きているのか、生きようとしているのかさえ分かりませんでした。私を動かしていたのは怒りと憎しみだけ。復讐だけが私を動かしていた」

「私を犯した中国人たちの汚い笑みが私の意識にこびりついていました。絶対に殺す。絶対に殺す。そして自分も死のう。そう呪文のように唱えながら私はこの地まで歩いて来たのです」

「私がこのお寺に着いた時にはあまりの疲労と衰弱のため瀕死の状態でした。もう、自分で生きているのか死んでいるのかも分かりませんでした。その後一週間、私は生死の境を彷徨いました。私を支えていたのは憎しみだけでした。復讐しないうちは絶対死ねない、そう思ったのです」

「私は奇跡的に回復しました。凍傷で右足首と手足の指を失いましたが、命だけは助かりました」

 尼僧の手を見ると、確かに指が何本か無くなっていた。

「しかし、体は回復しても、私の心は壊れたままでした。私はどうやって復讐しようか朝から晩までその事だけを考えました。毎日毎日考え続けました。でも、私のような小さく非力な女に何が出来るというのでしょう。そのうち私は毎日毎日死ぬ事を考えるようになりました」

「そして、ある晩それを実行したのです。夜中にみんなが寝静まった頃、講堂の太い柱にロープを括りつけ、そこに首を掛けました。自分は死ぬのだな。何も出来ず無力に死ぬのだな。そう思って体と心が冷たくなるのを感じました。でも、同時になんとなく冷静だったのを覚えています。足を椅子から離せばそれで死ぬ。楽になれる。全てが終わる。後はそれだけ。なんだか現実感のないふわふわとした死が目の前にありました」

「その時、私の足元に誰か立っているのが目に入りました。私はとても驚きました。その人が近づいて来ている気配さえ全く気が付かなかったのです。その人は私に何を言うでもなくただ私を見つめていました。私もただ黙ってロープに首を掛けたままその人を見つめていました。ただ不思議とその人の視線にどこか温かいものを感じていました」

「あなたは死ぬのですか?その人は言いました。とても穏やかで落ち着いた声でした。私は死にます。そう答えました。その人はただ黙って微笑んでいました。そのなんとも言えない温かい微笑みを見ていたら、堪らなく泣けてきたのです。私は泣いて泣いて泣きじゃくりました。私はゆっくりとロープから首を外し、何を言われたわけでもなく椅子から下りその場に崩れ落ちました。そして、私は溢れ出るがままにその人に今までの全てを話しました」

「「許すのです」ただ黙って穏やかに話を聞いていたその人は、私の話しが終わると、ただ一言、穏やかにそう言われました」

「私は最初意味が分からなかった。この人は少しバカなのかとさえ思いました。頭がおかしいのかと・・。許せるわけがない。許せるはずがない」

 尼僧は、そこで少し微笑んだ。

「慈愛」

「慈愛?」

「その人は言いました。慈愛こそが、ありとあらゆる怒り憎しみに勝つ方法なのだと」

「そして、許すことこそが、最大の復讐なのだと」

「許す・・」

「それから幾日も経ちました。その人は毎日私と向き合って話をしました。でも、私は、その人の言っている意味がやはり分からなかった・・」

「でも、その人の話す何とも言えない慈愛に満ちた話し方、表情、全身から溢れ出す何とも言えない温かなやさしさを私は感じていた」

「・・・」

「ある日、思ったのです。多分この人は、たとえ私が殺したとしても、許すのだろうなと。当たり前みたいに、許すのだろうなと。私が、突然、ものすごく卑劣で残忍な方法で、人としてとても大切な部分を滅茶苦茶に傷つけたとしても、この人は許すのだろうなと・・」

「・・・」

「私は大切にしていた長い髪を落とし、出家しました。女性が髪を失うということの意味は分かりますね」

 私は頷いた。

「その方に私も会えますか?」

「あなたはもうすでに会っていますよ」

「え?」

「あなたをここに連れて来た僧侶です」

「でも、あの・・」

「あの方はもう九十をとうに過ぎていますよ」

「えっ!」

 あの青年が!

「あなたの心は昔の私のよう」

 尼僧は私を改めて見つめた。まるでやさしい母親が愛おしそうに我が子を見つめるような目だった。そして尼僧は言った。

「許すのです」

「絶対に無理」

 私は叫んだ。

「そんなの絶対無理」

 私は立ち上がり、尼僧を上から睨みつけた。尼僧は私の剣幕にもただ落ち着いて、穏やかな表情のまま座っていた。

「私は・・、私は・・・、とてもとても大切な人を殺されたんだ」

 私は怒りに震えていた。

「とても、とても・・・、とても大切な人だったんだ」

 もう泣くまいと思っていた私の目から、つーっと涙が流れ落ちた。

「家族も無茶苦茶になって・・・」

 もう、感情が溢れて止まらなくなった。

「私はとても辛かったんだ。ものすごく傷つけられたんだ。滅茶苦茶に、滅茶苦茶にされたんだ。私の大切な大切な・・・」

 尼僧はやさしく、そんな叫び狂う私の目を見つめた。その目は、どこまでも深く深く慈愛に満ちていた。

「わたし・・・」

 その目を見た瞬間、私はそれ以上何も言えなくなった。

「亡命する直前の事です」

 尼僧は再び遠くを見るように語りだした。

「私は一時的に収容所から解放され、家に帰る事が許されたのです」

 その表情はやはりとても穏やかだった。

「私は痛む全身を引きずって喜び勇んで家に帰りました。待ち焦がれた我が家。やさしい両親に祖父母、たくさんの兄弟たち、それを思うだけで、今までの全ての苦しみがなんでもないように思えました。本当に飛ぶように走って行ったのを覚えています」

 家族を思い出しているのだろう。尼僧の表情は一層温かなものになった。

「でも、家には誰もいませんでした。いつもうるさいくらいに誰かがいて何かしている家の中が引っ越しした後のように静まり返っているのです。人の気配どころか生活の気配すらが無いのです」

 そこで尼僧は再びあのやさしい目で私を見た。

「家族は全員殺されていました」

 私は立ちつくし動く事も出来なかった。

「誰一人として生き残っていなかった」

「・・・」

「小さな弟もです」

 尼僧は目を細めた。

「とてもかわいい弟でした。まだ本当に小さかった。いつも私の後をついてきて、私の姿が見えなくなると泣くのです。本当にかわいかった」

 弟を思い浮かべる尼僧の目は、本当に愛おしそうだった。

「これはその弟の仏像です」

 尼僧は背後から小さな仏像を一つ手に取って来て、愛おしそうにやさしく撫でた。よく見ると、薄暗い尼僧の背後には何百体もの仏像が並んでいた。

「これ・・」

「そう、これは全て私が彫ったのです。全ての人々の幸せを祈って」

 そこで尼僧は、また背後から別の仏像を数体手に取った。

「ここにあるのは、私を拷問した中国人たちの仏像です」

「う、嘘だ」

「悪業を積むと、その人は不幸になってしまう。彼らはこれから大変な悪業を背負う事になる。私は彼らの幸せを祈らずにはいられない」

「う、うそだ・・・」

 しかし、尼僧の目はどこまでもどこまでも深く深く慈愛に満ち、一点の曇りもなく澄みきっていた。

「うっ・・うう・」

 私は膝から崩れ落ちた。私の心は何だかよく分からない敗北感でいっぱいだった。

「許すのです」

 うなだれる私に、尼僧がもう一度言った。

「あなたには出来る。時間は掛かるかもしれないけれど―――」

 尼僧の声はどこか遠いところから響いているようだった。


「どうしたの?」

 村のはずれまで迎えに来てくれていたカティが心配そうに私の顔を覗き込む。

「ううん、なんでもない」

 お寺からどうやって帰って来たのか覚えていないほど、私は呆けていた。

「お寺は良くなかった?」

「ううん」

「許してあげなさい」

 尼僧の言葉が私の記憶の中心でいつまでもリフレインしていた。

「はい」

 カティが私の前に何か差し出した。バター茶だった。

「ありがとう」

 カティのちっちゃな手から使い古された湯呑み茶碗を受け取ってそれを飲んだ。

「おいしい」

 バター茶は温かくおいしかった。カティのやさしさがそのまま伝わってくる味だった。

 カティは心配そうにその無邪気なまん丸の顔で私を見上げていた。そんなカティを見ていたらなんだか訳の分からない、堪らない感情が湧いてきて、胸が切なさで締め付けられた。

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