第11話 水汲み

「私も行くわ」

 次の日、私はカティの水汲みについて行く事にした。

「これはムーよ」

 カティは一匹のかわいいラバを連れて来た。私がここに来る時に一緒に連れていたラバだ。

「この子はとても働き者なの」

 カティは愛おしそうにムーを撫でた。

「かわいいね」

 私もムーを撫でた。

 がぁ~

「うわっ、くっさ~」

 ムーが、撫でている私の鼻先に思いっきりげっぷを吐き出してきた。

「ふふふふっ、はははっ」

 それを見てカティは、思いっきり笑った。

「歓迎しているのよ」

 笑い過ぎたカティは涙目で言った。

「う~ん、こんな歓迎は嫌だ」

 カティはそう言って顔をしかめる私を見てまた笑った。

 川までの道のりは、とても険しい岩山を超えて行かなければならなかった。

「毎日こんな道を行くの?」

「そうよ」

 早くもグロッキー状態の私とは対照的に、カティは涼しい顔をして崖みたいな岩場をムーを連れてするすると下りて行く。私はそれについて行くだけで精一杯だった。


「ふーっ」 

 行けども行けども厳しい岩山ばかりだった。私は汗を搔き搔き必死で歩いた。

 カティが鼻歌交じりに何か楽しそうに歌を口ずさんでいる。

「何か良い事でもあったの?」

「明日、兄のティマと従弟のユマが帰ってくるの」

 カティは本当に嬉しそうに言った。

「へぇ~、そうなんだ」

「ヒマラヤの登山隊のポーターをしているの」

「荷物運びね」

「うん、とても危険な仕事だから・・」

 カティの表情が少し曇った。

「そうか・・」

 この地で生きていくのは、やっぱり大変な事なんだな。

「でも、お金のためにはしょうがないって、村の若い男の人たちはみんなポーターをやるの」

「・・・」

「とても心配。隣り村の人で亡くなった人がいるの。崖から落ちたって」

 カティは泣きそうなくらい顔を曇らせた。


「やっと着いたぁ」

 目的の川に着いた。私はもう太ももがプルプルだった。

「ふぅー、すごいアップダウンだったぜ」

 ほぼ軽い登山だった。私はやっと辿り着いた川を覗きこんだ。

「すごい、水がものすごく澄んでる」

 ヒマラヤの雪解け水なのだろう、その水はどこまでも澄んで輝いていた。私は、その水を手で掬い喉を潤した。

「うま~い」

 汗をかき喉がカラカラだった私の体にその澄んだ水はすーっと浸み渡っていった。

「生き返るわぁ」

 感動的なうまさだった。

「あっ、そうだ」

 カティが突然私の方に振り返った。

「言うの忘れてた。ここの水はそのまま飲んではダメよ」

「えっ」

「とても危険な寄生虫がいるの。一度沸かさないと」

「ゴクッ」

 私は二杯目を丁度飲みこんだところだった。

「吸血虫よ。体の中に入り込んで内臓のあちこちに寄生して、血を吸って大きくなるの。そして成長すると血管を食い破って外に出てくるとても恐ろしい虫なの」

 飲む前に言って欲しかった。

「メグ、飲んでないよね」

「う、うん。飲んでないよ」

「ああ、よかった」 

 まあ、大丈夫だろう。自分に言い聞かせた。

「よしそれなら、タオルで首筋を冷やそう」

 私は川にタオルを浸そうとした。

「あっ、ここで、洗っちゃだめ」

 カティが叫んだ。

「えっ」

「下流にも村があるの。ここで洗うと、水が汚れてしまうでしょ」

「あっ」

 私は自分の思慮深さの無さを恥じた。

「これに浸けて」

 カティは水汲み用のバケツを私の前に置いた。

「やさしいんだね」

 私がそう言うとカティは恥ずかしそうに笑った。

「あっ、これ何?」

 川の隅の方で、何か丸い筒のようなものがクルクルと高速の水車みたいに回っている。

「これはマニ車よ」

「マニ車?」

「中にお経が入っていて、一回回ると一回お経を読んだことになるの」

「へぇ~、そんな便利なものがあったのか」

「お経を読むのと同じ功徳があるの」

 マニ車は、川の流れに押され、ものすごい高速でクルクル休みなく回り続けている。

「こんだけ回れば、相当功徳があるだろうな」

 私は昨日のたまたま同様、なんだかまたおかしくなってきた。これははっきり言ってしまえばズルだ。だけど、それを許してしまうここの人たちのなんとも言えない大らかさが堪らなくおかしかった。カティもそんな私の思いに気付いたのか一緒になって笑った。

「あっ」

 カティが突然叫んだ。

「どうしたの?」

「お寺に行くと良いよ」

「お寺?」

「うん、これからどうしていいか分からないって言っていたでしょ。メグ」

「うん」

「私たちは何か悩みや迷いがある時はお寺に行くのよ」

「お寺かぁ」

 確かにそれは良い考えのような気がした。

「よしっ、私行く。お寺」

 私はお寺に行ってみる事にした。

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