第6話 ショーマン
「今日はごちそうよ」
夕食の時間、出てきたのはインスタントラーメンだった。子供たちが羨ましそうに私の前の器を見る。
「ここではこれがごちそうなんだ」
他の家族はここでの伝統的な食べ物なのだろうふわふわした饅頭のようなパンを食べている。
「私もそっちが食べたかったが・・」
でも、私はこの気持ちをありがたくいただいた。インスタントラーメンは多分街でしか買えない貴重品なのだろう。
「ところでなんで、ここの家はみんな断崖絶壁に建っているんですか」
なんか男が多くてどうも居心地の悪い空間で、私がそう質問すると、大人たちはみんな一斉に首を傾げた。
「そういえばそうね」
村長も首を傾げる。疑問にすら思っていなかったらしい。
「昔からそうだったからな」
「そうだ、ばあさんのばあさんの代から家はみんな崖の上に建っていた」
「それで問題なかったしな」
「そうだ問題なかった」
村長の旦那たちが口々に呟く。
とりあえず結論としては、問題ない、ということで落ち着いたが、私の聞きたかった理由は分からずじまいだった。
次の日、私が村の中を探索がてらうろうろしていると、農作業をしていた真っ黒に日焼けしたおじいさんが、ものすごく驚いた目で私を見てきた。
「また外国の人か。こんな偏狭なところへ物好きな人も多いもんだ」
おじいさんはなんだか驚きながら感心している。
「えっ、外国人は私だけでしょ?」
「いや、あんたで二人目だ」
「えっ、そうなの」
「ああ、金髪のでっかい外人さんが何年も前に来てこの村でずっと暮らしてる」
「そうだったんだ。でも会ったことないよ」
「ああ、外人さんはいつも山に行ってる」
「何しに?」
そこでおじいさんは黙った。なぜそこで黙ったのかは分からなかった。
夕方、村はずれまで子どもたちとぶらぶらと散歩している時だった。
「しょーまん、しょーまん」
子供たちが口々に草原の方を指差して叫び始めた。
「もしかしてあの人なのか」
子どもたちが指差している方を見ると、誰か草原の向こうから人が歩いて来る。確かに金髪のでっかいおっさんだった。
「俺はショーマン、アメリカ人だ」
私の目の前までくると金髪のでっかいおっさんは人懐っこい笑みを浮かべて、バカでかい厚みのある手を差し出した。
「あ、どうも、メグです」
私はその手を握った。熊みたいな手だった。
「メグか。中国人か」
おっさんは妙に陽気だった。
「いえ、日本人です」
「俺は日本にも行ったことがあるぞ」
「そうなの」
おっさんはものすごい臭い息を吐きながら嬉しそうに言った。多分風呂にも何日も入っていないに違いなく、強烈な異臭がした。
「ちょっと、うちに来るか」
「うん」
子どもたちを引き連れ、ぞろぞろとショーマンの家に行った。ショーマンの家は村からちょっと離れたところに建っていた。大草原にぽつんと立つそれは、家というより小屋といった感じだった。
暖炉の薪が大きな音を立てて爆ぜた。
「木造なんだね」
「ああ、俺が自分で建てた」
私たちは暖炉の前にこれまたショーマンの手作りのロッキングチェアに二人で座った。
「これも俺が作ったんだ」
暖炉を見て得意げにショーマンが言った。
「なんかいいですね。雰囲気があって」
ちょっと歪に曲がっている感じはしたがそれも味わいだった。
「お嬢ちゃん飲むか?」
ショーマンのバカでかい手には、いつの間にか小さなウイスキーの瓶が握られていた。
「うん」
子供たちはここに何度も来ているのか、すでにめいめい部屋のあちこちで適当に遊んでいる。
「うわっ」
アルコール度数の高いウイスキーが私の喉から食道を焼いた。
「ハハハッ」
顔をしかめる私を見て、ショーマンは笑った。
「おじさんはここで何をしているの?」
「ビッグベアさ」
「ビッグベア?」
「そう、ここにしかいない熊の化け物さ。俺はそいつを追いかけている」
「そんなのがいるの」
「ああ、いる。俺は何度も見た」
「でも、村の人は何も言ってなかったよ」
「この村ではビッグベアの話は禁句なんだ」
「何で?」
「ビッグベアの話をすると、ビッグベアに襲われると思っているんだ」
「そうだったのか」
それでショーマンが何をしているか訊いた時、あのおじいさんは黙ったのか。
「食うか」
差し出されたのは、何かの干し肉だった。子供たちはいつの間にかもう食べている。私はその肉の塊を手に取り、口にくわえ裂いた。
「うん、うまい」
歯が抜けそうなくらい滅茶苦茶固かったがうまかった。
「ビッグベアを追いかけてどうするの?」
私はガムみたいな固い肉をくちゃくちゃやりながら訊いた。
「あいつを撮る」
「撮る?」
「ビッグベア、あいつは生きている。本当に生きているんだ」
ショーマンは怖いくらいに私を見つめた。その目は何か違う世界を見ているようだった。
「生きている?」
私には何のことかさっぱり分からなかった。
「俺は戦場にいた」
「戦場⁉」
話が突然戦場に飛んだ。
「俺は戦場カメラマンだった」
「そうなの!」
戦場なんかとは全く結び付かなそうな気の良いでっかいおっさんにしか見えなかった。
「俺は若かった」
ショーマンはグラスのウイスキーを揺らしながら見つめた。
「金も良かった。それに俺は愛国者だった。国を愛していたんだ。本気で。だから俺たちの国民的英雄の雄姿を撮りたかった。俺は野心も希望も正義も持ったエネルギーに溢れた若者だった。そう俺は若者だった」
そこでショーマンは少し陰りのある目で暖炉の炎を見つめた。
「若さっていうのは時にバカと同義だ」
そう自分で言ってショーマンは少し自嘲気味に笑った。暖炉の中ではのんびり炎が揺れ、周囲では子供たちがそれぞれ固い干し肉と格闘していた。
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