第31話 大団円 ~二つ名を持つ男達~
「こ……これは……」
ステラが怯えた声を洩らした。その怯えようは尋常では無い。魔法使いとしての経験が長い彼女にはこの紋章の意味するところに心当たりがあるのだろうか?
「まさか……新手か?」
「この機に乗じてガイザスを叩こうという不届き者がまだいるのか?」
剣を構えるソルドとガイザス。光の紋章の中に二人の男の姿が浮かび上がる。そして、光に包まれてよく見えなかった顔がはっきりと見えた時、ルークは叫び声をあげてしまった。
「うわっゼクス様!? ウォレフ先生も!!」
「お前達……」
怒りに震えるウォレフの声。光の紋章は上級魔法使いにしか使えない、神による空間転移の魔法を使った時に生じる言わば『ゲート』とでも呼べるモノだったのだ。続いてゼクスが厳かに口を開いた。
「ガイザス殿、この者達がしでかした事、全て王である私の責。いかが致しましょうか?」
下手に出ながらも、その目は戦争も辞さないという強い意志に満ちている。
「はっはっはっ、ゼクス殿。もう全て解決してますよ」
「どういう事ですかな?」
訝しがるゼクスにソルドが言う。
「ゼクス様、詳しい事は後ほど説明致しますが、ともかくルークがルフトの、フェゼット殿がガイザスの新しい王と決まりました。以後、よろしくお願い致します」
「そうか。ガイザス殿が解決したと言われるのであれば私は何も言いますまい」
ゼクスが折れるとザイガスがフェゼットに声をかけた。
「フェゼット、こっちに来てゼクス殿に挨拶しないか!」
「はい、直ちに!」
ガイザスに呼ばれ、バルコニー目指してフェゼットが走り出した。
全てが丸く収まったかに思えた。しかし、ウォレフだけはそうで無かった。
「半人前の小僧ッ子共がこんな事しおって。これは追放処分モノだな」
ウォレフの言葉に青ざめるルーク達。だが、ウォレフはニヤリと笑ってこう告げた。
「だが、それでは半端者を野放しにしてしまうからな。特別補習一ヶ月だ。その根性を叩き直してあげるから覚悟しておきなさい」
「ウォレフ先生!」
顔が明るくなるルーク達。ガイザスが大仰に褒め称える。
「うむ、見事な裁定。ウォレフ殿、さすがは先生と言われるだけの事はある」
だが彼は、とんでもない一言を付け加えた。
「数十年前はアルテナの狂風なんて言われてたくせにな」
恥ずかしい過去を暴露されたウォレフは顔を真っ赤にしてガイザスに食ってかかった。
「ガイザス! てめぇ、それ、今言う事じゃ無ぇだろ」
「はっはっはっ。ウォレフ、地が出てるぞ」
大笑いするガイザス。デイブが信じられないといった目でウォレフを見ながら言う。
「ウォレフ先生が……アルテナの狂風……?」
『アルテナの狂風』、授業にも出て来た風の魔法を得意とし、王に戦いを挑んだ伝説の魔法使い。それがウォレフ先生の事だったとは……唖然とするルーク達にウォレフは恥ずかしそうに鼻の頭を掻きながら言った。
「若き日の過ちだよ。ちなみにその頃、ゼクス様は爆炎王と呼ばれていてな……」
「こらっウォレフ! 娘の前でその話はするなとあれほど……」
話を振られて大声で抗議するゼクス。どうやら『アルテナの狂風』が戦いを挑んだ王というのはゼクスの様だ。アルテナの狂風、いや、ウォレフは淡々と話続ける。
「ゼクス様、いえ、爆炎王はご立派でした。だからこそ現在の教育者としての私があるのですから」
「でした……って、今の儂は立派では無いと?」
「嫌ですね、ゼクス様。今も立派な王ですとも。でなければ私は狂風に戻ってますよ」
ゼクスとウォレフのコントの様なやり取りを信じられないといった顔で見ていたデイブが大声で笑い出した。
「ウォレフ先生、何ですか『アルテナの狂風』って……」
「お父様も『爆炎王』? なんて恥ずかしいネーミング……」
ステラもみんなが思ってはいるが、言えない一言をあっさり言ってしまった。
「デイブ君、そんなに可笑しいかね?」
ウォレフがデイブを『君付け』で呼んだ。気のせいか、肩が震えている様に見える。
「若き日の過ちだって言ってるだろうが! もし、その呼び名を学園で口にしてみろ、本気で殺すからな、いや、何があっても卒業させてやらんからな!!」
「ウ、ウォレフ先生、すみません、落ち着いてください!顔が『アルテナの狂風』に戻ってますよ!」
ウォレフの剣幕にデイブが顔を引きつらせながら詫びを入れる。ソルドは笑いながらルークに告げた。
「ロレンツ様だって、昔は『ブレード・ダンサー』って呼ばれてたんだぜ。なんたって俺はそれに憧れて騎士になったんだからな」
ソルドの言葉にルークがにっこりと笑って返す。
「では、ソルド・フェザールに二代目ブレード・ダンサーの称号を授けるとしようか?」
「……いや、この状況ではちょっと恥ずかしいから遠慮しときます」
ソルドはちょっと考えてから辞退した。本当は『ブレード・ダンサー』の通り名を格好良いと想ってたのだが、ステラやデイブの反応を見ると、どうも恥ずかしく思えてきたのだった。
「うわっ、ソルド、父の通り名を恥ずかしいって……酷い!」
ルークが嘆く様に言うが、その言い方はあまりにも白々し過ぎる。ソルドを困らせてやろうというのが見え見えだった。そこでソルドは返した。
「では、ルーク様は炎の魔法を使う事ですし、『ファイヤー・ブレード』とでも名乗っていただけますか?」
「うーん、やっぱり恥ずかしいね」
バルコニーは笑いに包まれ、和やかな雰囲気になったところでガイザスが口を開いた。
「若き日の過ち……か。だが、それがあったからこそゼクス殿もロレンツ殿も立派な王となった。だからこそ私はアルテナとルフトには手を出さなかった。出す必要が無かったのだ」
「ガイザスの周りの小国の王達の過ちを正していたのですね」
ルークはガイザスの真意を読み取り、口にすると、ガイザスは言葉を続けた。
「ルフトの王子とアルテナの王女が親密になる事によってガイザスに危機が及ぶと煽ったのはザガロ。傷心のヒルロンを利用して高い地位を狙っていたのだろうな」
そこにフェゼットが姿を現し、息を切らせながら話に加わった。
「それが今回の騒動でどさくさ紛れにヒルロン様を殺し、ガイザス様をも倒そうとした……と言う訳ですね。私がヒルロン様を思うあまり、厳しくし過ぎたせいでザガロに付け入る隙を与えてしまった。なんとお詫びすれば良いものですか……」
肩を落とすフェゼットにガイザスは優しい言葉をかけた。
「いや、フェゼットは良くやってくれた。ヒルロンの心が弱かっただけだ。本性を隠して近付いたザガロなどに心を許しおって……バカ者が……」
ガイザスの目から涙が溢れる。しかし、気を取り直して涙をぬぐい、ゼクスにフェゼットを紹介した。フェゼットは、ゼクスに挨拶を終えるとルークの前に跪き、頭を深々と下げる。
「ルーク殿、改めてよろしくお願い致します」
今度こそ全ては丸く収まった。ソルドは確かめる様にルークに言った。
「ルーク、ガイザスとの決着が付いた今、お前がしなくちゃならん事は……わかってるよな」
「はい、兄さん。ルフトの王としての仕事、そして魔法学園をちゃんと卒業する事です」
騎士の顔から兄の顔に変わったソルドにルークは嬉しそうに答えた。
「そうだな。大変だが頑張れよ。俺も出来る限り力になるからな」
「でも、魔法学園はルフトから通うには遠いですね。そうだ、ルーク様が卒業するまではソルド様がルフトを治めてはいかがでしょうか?」
ステラがとんでもない事を言い出した。
「えっ、俺っすか? 無理無理。第一俺にはゼクス様の親衛隊という仕事が……」
「え~っ、兄さん、力になってくれるって言ったじゃないか~」
尻込みするソルドにルークが『弟』をアピールして甘えた声を出す。
「黙って仕事休んでこんな事をするヤツは親衛隊には要らん」
焦るソルドに笑いながらゼクスが引導を渡した。
「ですって。ソルド殿、あきらめてルフトをしっかり治めてくださいな。ルークの事は私にお任せください。お城で一緒に暮らしますから」
ステラの笑顔にソルドは腹を決めるしか無かった。
「はいはいわかりました。ルーク、頼むから留年なんかしてくれるなよ」
こうしてルフトをソルドが、ガイザスをフェゼットが治める事となり、ルークはアルテナの魔法学園に戻り、ステラやデイブ、ミレアにエディ、そしてシーナ達と机を並べ、ウォレフ先生の指導の下学業に励むことになったのだった。
精霊達の声が聞こえる。
「終わったね」
シルフがほっとした様に言う。
「とりあえずはな」
ノームも肩の荷が降りたという顔。
「まあまあ面白かったな」
サラマンダーは愉快そうに言う。
「何言ってるのよ、面白いのはこれからでしょ」
ウンディーネの意味深な発言。
「そうだね」
シルフが相槌を打つ。
「あの坊や達、どう化けるかな?」
ノームが興味深げに言う。
「お楽しみは……」
何やら楽しげなサラマンダー。
「これからね……」
ウンディーネが笑った。
了
魔法学園に転入したのは騎士の国の元王子でした すて @steppenwolf
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