第23話 目覚め
廊下から声が聞こえる。
「王の間はドコだ!?」
「この部屋か?」
「そんな扉、ぶち破っちまえ!」
扉が破られた。部屋に屈強な男達がなだれ込んでくる。部屋の主は深夜の招かれざる者共を切り伏せて声を上げた。
「このロレンツの首、たやすく落とせると思うなよ!」
その声を聞いて少年が数人の兵と共に飛び込んできた。
「父上、加勢しますよ!」
少年の手に握られた剣は既に赤く染まっている。廊下で何人もの敵を斬ってきたのだろう。
始めのうちは部屋に入ってくる者を確実に仕留めていたが、やがて疲れが出てくる。また、多勢に無勢とはよく言ったもので、だんだん押され始め、少年はモーニングスターの一撃を腹に受けて吹っ飛ばされ、頭を強打してしまう。
「ルーク!」
それに気を取られたロレンツに三人が同時に斬りかかり、辺りが赤く染まった。
「うわっ!退け、退け~!」
部屋で暴れまわっていた者共が一斉に逃げ出した。赤く染まったのは、ロレンツの血だけでは無かった。少年が吹っ飛ばされた拍子に燭台をなぎ倒し、部屋に火が回ったからでもあったのだ。逃げ出す男達と入れ替わりに部屋に飛び込んできた男が一人。男は血の海に倒れているロレンツを見て、血相を変えて叫んだ。
「ロレンツ様!」
「うわあぁぁぁぁ!!」
ルークは叫び声を上げて飛び起きた。横を見るとソルドが眠っている。
「……夢か……」
ルークは溜め息を吐き、呟いた。
「昔話か何かの夢だったのかな?それにしてもリアルな夢だったな」
妙にリアルな夢。それにロレンツという名前、覚えがある気がする。ルークが考え込んでいると、ソルドも何か夢をみているのだろう。寝言がはっきりと聞こえた。
「……ルーク様……」
――!?――
ルークは困惑した。何故ソルドが弟である自分の事を『様』を付けて呼ぶのか? そして次の瞬間、頭の中の霧が晴れる様な感覚。ルークの目が変わった。
「ソルド!」
名前を呼んでソルドを起こすルーク。
「……何だよ、まだ外真っ暗じゃないか。怖い夢でも見たか?」
ソルドは子供に言う様な口ぶりでルークに言いながらも、大事な事に気付いた。それはルークが『兄さん』では無く『ソルド』と呼んだ事。ソルドは全てを悟った。
「……そうか、思い出しちまったか」
頭をぼりぼり掻きながら残念そうに言うソルド。
「今までありがとう。ボクは何も知らずにのうのうと学園生活を送っていた……」
ルークの言葉を聞き、ソルドの目も変わった。弟を見る兄の目から君主を見る騎士の目。
「それは私の望みでもありましたから」
口調も丁寧なものに戻っている。
「本当にすまない」
深々と頭を下げるルークにソルドは慌てて言った。
「ルーク様、顔をお上げください。全ては私が勝手にしでかしたこと」
「しでかしただなんてそんな。ソルドには感謝してもしきれないぐらいだというのに」
ルークの言葉を聞いたソルドは意を決して口を開いた。
「大事なのはこれからです。いかがなさるおつもりですか?」
ルークの記憶が戻った。ならば騎士として主君の意向を汲み、行動しなければならない。ソルドはルーク王子の意志を確認したのだった。
「ルフトはガイザスの配下に入ったとはいえ、国民の暮らしは昔と変わら無いと聞く。戦勝国は敗戦国を占領し、好き放題するものなのだが」
「そうですね。ガイザスの食い物にされると思っていたのですが、腑に落ちません。まあ、だからこそルーク様を学園に通わせる時間の余裕もあったのですけど」
「時間があればこそ……か。しかし、思い出してしまった以上、こうしてはいられないな」
「と、仰いますと?」
「とりあえずは魔法も使える様になった。すぐにでもガイザスに討って出たいのだが」
ルークは聞き知っていたルフトの現状を思い出し、少し考えたがやはり頭で考えた事より心で感じている事の方が強い様だ。残念そうな顔でソルドは答えた。
「やはりそう仰られますか……できれば魔法学園は卒業していただきたかったのですが……」
「ソルドのしてくれた事には感謝のしようが無い。だが、こればかりは……」
申し訳なさそうなルーク。その気持ちはソルドにも痛いほどわかっている。
「でしょうね。わかりました。このソルド、どこまでもお供致します」
「いや、これはルフトの為の戦いでは無い。私個人の仇討ちの私闘だ。ソルドを巻き込む訳にはいかない」
「いえ、ルフトの町でワイン達もルーク様の記憶が戻るのを待ち侘びておりますから。もっとも私としてはもう少し遅い方が良かったのですが」
ソルドはルークの記憶が戻ればすぐにでも立ち上がれる仲間、ワイン達がルフトで待っている事をルークに告げた。
「そうか。なら明日にでもルフトの町に出かけるとしようか。ルフトの現状もこの目で確かめたいしね」
腹を決めたルーク。しかし、ソルドには気がかりな事があった。
「ステラ様には会われなくてよろしいので?」
ガイザスと一戦交えるとなれば今度は助からないかもしれない。ルークは辛そうに答えた。
「会ったら……気持ちが揺らいじゃうかもしれないから」
「そうですか。私としては揺らいで欲しいのですけどね」
ソルドは残念そうに溜息を吐いた。そんなソルドに何か言いたそうなルーク。少し躊躇った後、彼は言いにくそうに口を開いた。
「それから、ソルドに一つお願いがあるのだけど」
ルークが照れくさそうな目でソルドを見つめる。
「これからもソルドの事を兄さんと呼んでも良いだろうか?」
ルークの思いがけない言葉にソルドの目が優しい兄の目へと戻った。
「ああ。もちろんだよ、ルーク」
翌日、ルークとソルドはルフトの町を散策した。
「本当に変わってないな。あの事が嘘の様だ」
「では、ワイン達の溜まり場に出向くとしましょうか。ワインのヤツ、驚きますよ」
前回も立ち寄った、かつてよく通ったバーの扉を開ける。カウンター席にはワインの姿。
「ワイン、元気か?」
「おうソルド、久しぶりだな。ルーク様の様子はどうだ?」
ソルドの声に振り向いて小声でルーク名前を口にしたワインの目にソルドの後ろに立つ少年の姿が映る。
「おいソルド……お前の後ろに居るのって……まさか……」
「おう、そのまさかだ。ルーク様だよ」
おずおずと質問するワインにニヤリと笑って答えるソルド。ワインの顔が涙に歪む。
「ルーク様! よくぞご無事で」
「すまない。ワインにも苦労をかけてしまったみたいだな」
嬉し涙に濡れるワインにルークが頭を下げる。
「滅相もない。我々ルフト騎士団、ルフト王家の滅亡以来バラバラになっておりましたが、ソルドにルーク様の無事を聞かされ、ガイザスからルフトを奪還するべく密かに準備は整えております。ルーク様が一言仰ってくだされば……」
いつでも行動に出れると伝えようとしたワインの言葉をルークは遮って尋ねた。
「ワインよ、現在のルフトをどう思う? ルフトの名前が消える訳でもなく、以前と同じ平穏な生活を国の民は送っていると聞いたのだが、それは事実なのか?」
「はい。ソルドに伝えました通り、以前とさして変わらぬ暮らしかと」
ワインは正直な見解で答えると、ルークは難しい顔になった。
「ならば、私がやろうとしている事は国の民にとって不要な事ではないだろうか?」
ルークが重い声で言った。昨日、ソルドはルーク個人の仇討ちで構わないと言ってくれた。
ワイン達もそうだと言ってはくれているが、やはり巻き込んで良いものだろうかと、どうしても考えてしまうのだった。
「国の民が平和に暮らしているのであれば、私がルフトを奪還する事に何の意味があるのだろうか? 私がガイザスに攻め入る事は国の為では無く、私個人の仇討ちの為という事ではないだろうか?」
「それでも構わないじゃありませんか」
ワインは静かに答えた。
「ルーク様は現在はこの国の王子では無いのです。ですから今のところは一人の人間としてロレンツ様の仇討ちのみを考えても良いのではないでしょうか。もちろん我々も最後までお供致します」
ルークの目から涙が溢れそうになる。だが、それを我慢して最後に聞いた。
「ならば皆に甘えさせてもらっても良いだろうか?」
「甘えるだなんて滅相もない。一声『行くぞ』とおかけください」
頼もしいワインの言葉。ルークの覚悟は完全に決まった。
「ありがとう、ワイン。じゃあ、言わせてもらう」
ルークの目が座り、ワインの目が期待に溢れる。
「行くぞ」
「その言葉を心待ちにしておりました」
ワインが片膝を付き、深々と頭を下げる。するとソルドが口を開いた。
「ワイン、みんなを集めるのにどれぐらいかかる?」
「そうだな、三日もあれば」
少し考えてワインが応える。それを聞いたルークは決断した。
「じゃあ、決行は五日後の夜、午前二時。騎士道には反するが、寝込みを襲う。ウチがやられた様にな」
「やられた事、そっくり返してやるぜ」
「倍返し、いや、十倍返しだ。思いっきり暴れてやるぜ」
色めき立つソルドとワイン。だが、すぐにソルドが冷静さを取り戻す。
「大勢で動くと目立ってしまうな。ワイン達は何人かに分かれてガイザスに入り、城の周辺で待機していてくれ。城門は俺がなんとかするから、タイミングを見計らって突っ込んでくれ」
それを聞いたワインは言い返す。
「なんとかするって……出来なかったらどうするんだ?」
ソルドは笑って答えた。
「なんとかするったらなんとかするんだよ。まあ、なんとかなるさ」
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