第21話 シーナの恋愛観って…… ~魔法学園の運動会~ 

「ううっやだなぁ……」

 エディがぼやいていた。

「どうしたの、エディ」

 ステラが聞くとミレアが答える。

「運動会よ、運動会」

「エディのヤツ、昔っからこの時期になるとこうだからな」

 呆れた顔のデイブ。どうやらエディは運動が苦手で、この季節つまり運動会シーズになるとこんな感じらしい。


「まあまあ、運動会は参加する事に意義があるんだし」

 ルークが慰める様に言うが、エディのぼやきは止まらない。

「参加する事自体が嫌なんだよ。みんなの見てる前で走ったり踊ったりって、ソレ何の罰ゲーム? ボク何か悪い事した?」

 完全にイジケモードに入ってしまったエディにデイブが耳打ちする。

「まあそう言うなよ。お前には奥の手があるじゃないか」

「奥の手?」

 きょとんとするエディ。

「ああ。が契約したシルフの力を使ってよ。ちょいと早く走れってる程度に飛ばせてもらうんだよ。走ってるフリしてりゃバレないんじゃないか?」

「デイブ……」

 ルークは『それってズルじゃない?』という言葉を期待したのだが、エディの口から出た言葉は真逆のモノだった。

「ナイスアイデア!」

 エディはやる気満々だ。トップでゴールテープを切る姿を想像しているのだろう、顔がにやけている。しかし、ホームルームが始まると彼はまた失意のどん底に突き落とされる事になるのだが。


 ホームルームが始まった。話題はやはり運動会について。

「もうすぐ運動会だが、ひとつだけ注意しておく事がある」

 ウォレフ先生の言葉にデイブが呑気に言う。

「怪我しない様に気をつけろとかっすか?」

 ウォレフは呆れた顔で言う。

「そんなもんは言うまでもない事だろ。もっと大事な事だ」

「大事な事? なんすか?」

「魔法の使用は一切禁止だからそのつもりで」

「まあ、運動会だからそりゃそうっすよね」

「うむ。魔法学園とは言え運動会は運動会。魔法使いと言えども体力は大切だからね」

 ウォルフはもっともらしい事を言った後、厳しい顔で付け加えた。

「もし、運動会で魔法を使った者には厳しい罰を与えるからな」


――ええええ~~~~!!――


 エディの心の叫び。せっかくデイブの悪知恵で今回の運動会では良いところを見せられると思っていたのが台無し。と言うか、前もって魔法禁止を言い渡すという事は、過去にも同じ事を考えた生徒がいたのだろう。


「ああ……魔法禁止かぁ……運動会、出たくないなぁ……」

 一人落ち込むエディにシーナが声をかける。

「そんな事言わないの。エディの分もお弁当作ってきてあげるから」

「本当?ボク頑張るよ!運動会、楽しみだなぁ」

 シーナの言葉にころっと態度を変えるエディ。

「エディも現金だなぁ」

「まあ、男なんてそんなもんね」

 その通り、男なんて単純な生き物である。するとデイブが言い出した。

「ミレアも俺に弁当作ってくれよ」

「じゃあ、私も作りますからまたみんなで食べましょう」

 デイブのリクエストにステラも乗っかってきた。

「楽しくなりそうだね」

 ついさっきまでのぼやきっぷりが嘘の様なエディ。女の子の手作り弁当とは実に偉大なものである。


 運動会当日は良い天気、体操着に着替えてグラウンドに整列、開会式が始まった。プログラム自体はラジオ体操から始まり短距離走や障害物競走、綱引きに棒倒しと何の変哲も無いものだった。

 肉体派のデイブと記憶を失くしているとは言え騎士の国で鍛えたルークは大活躍。ミレアはお転婆ぶりを発揮。ステラとシーナは可も無く不可も無くそつなく競技を消化した。

 エディは……まあ、それなりに頑張った。そしてやっとエディにとってのメインイベント、待望の昼食の時間となった。

 グラウンドの片隅に輪になって座るルーク達。

「教室じゃなく、グラウンドで食べる弁当ってのもオツなものだよな」

「運動会ならでわだね」

 おっさん臭い事を言うデイブと上機嫌なエディ。お弁当を広げながらシーナが言った。

「今日は運動会っぽくしてみたの」

「うわあっ、凄いや!」

 エディがシーナの作ってきた弁当を見て称賛の声を上げた。弁当箱のおかずは玉子焼にウインナー、唐揚げという変わり映えしないものではあるが、タコさんウィンナーには赤と白のハチマキが巻かれ、玉子焼で作られたコースを走り、アスパラガスに巻かれたベーコンの旗が風になびいている様だった。

「あら、かわいいわね。私も何か工夫すればよかったかしら」

 そう言うステラのお弁当は今回もサンドイッチだった。

「いや、メイティのサンドイッチは美味いから大歓迎だぜ」

 デイブが言ったが、ステラとしてはルークの口から聞きたかった言葉であろう。


 楽しそうなルーク達。だがしかしミレアだけは一人浮かない顔をしている。

「どうしたミレア? 暗い顔してよ」

 デイブが心配そうに聞くと、小さな声で答えるミレア。

「……お弁当」

「おおっ!ミレアも作ってきてくれたんだな。早く出してくれよ」

 デイブがミレアの弁当箱に手を伸ばすが、ミレアは弁当箱を離そうとしない。

「おいミレア、手ぇ離してくれよ。食えないじゃんかよ」

 デイブの声に、ミレアは弁当箱を胸に抱き抱えると泣きそうな声で言った。

「……やだ」

 様子のおかしなミレアにデイブが不思議そうに尋ねた。

「おいおいミレア、どうしたんだ? 弁当タイム、終わっちまうじゃんかよ」

「だって……」

 ミレアが顔を背けて俯いた。

「隙有り!」

 デイブの手はミレアの手から弁当箱を奪い取ろうと伸びた。

「あっ、嫌っ!」

 反射的に引っ張り返したミレア。デイブの手から弁当箱を守る事には成功したが、その反動で後ろにひっくり返り、弁当箱を投げ出してしまった。

「だ、大丈夫かミレア?」

 焦るデイブ。

「あいたた……あ……」

 ミレアの目からぼろぼろと涙が零れ落ちた。その視線の先にあったもの。それは投げ出されて蓋が開いてしまい、中身をぶち撒けてしまった弁当箱。

「……だから嫌だって言ったのに」

 ミレアが泣き声で言った。涙を拭う手の指には絆創膏が何枚も貼ってあった。

「やっぱり私なんかにはお弁当作りは無理だったのよ。一応頑張ってはみたけど……二人のお弁当見た後で、こんなの出せないわよ」

 散乱してしまった焦げた玉子焼に形の歪なおにぎり。キュウリとプチトマトが串に差してあるが、どうにもバランスが取れていない。デイブはおにぎりをひとつ手にすると、砂を払い、かぶりついた。

「おお、なかなか美味いじゃないか」

 いくら払ったところでおにぎりに付いた砂が全て払える訳が無い。噛む度にジャリジャリと砂を噛む嫌な音が聞こえる。

「デイブ……あんた……」

「お前が作った。それだけで俺には一番のご馳走だ」

 デイブがルーク達の前で初めて素直な気持ちを口にした。

「……バカ。そんなもん食べたらお腹壊すわよ」

「大丈夫だ。砂を噛む思いなら慣れてるぜ」

「いいから。メイティとシーナがたくさん作ってくれてるから、そっちを食べなさいよ」

 砂をものともせずジャリジャリとお握りを食べるデイブを見かねてミレアが涙ながらに言うと、彼はにこっと笑って答えた。

「じゃあ、また作ってくれよな」

「うん……」

 デイブの見事なまでのストレートな愛情表現。ミレアは頬を赤く染めて頷いた。

「ただ、ひとつだけリクエストしても良いか?」

 せっかく丸く収まったというのに、デイブは妙な事を言い出した。弁当を作ってくれるという女の子に注文を付けるなんて、彼は何様のつもりなのだろうか?

「何かしら?」

 涙を拭きながらリクエストを聞こうとするミレア。彼女は何か弁当に入れて欲しい物があるのだろうとぐらいにしか考えていなかったのだが、デイブのリクエストは彼女の想像とは違うものだった。

「玉子焼は焦げてないのを頼むぜ」

 彼には悪気は無いのだ。ただ単にオチを付けないと気が済まない、それがデイブという男なのだ。それはわかっている、そんなことは百も承知なのだが……

「デイブのバカぁぁぁぁぁ!!」

 ミレアの叫びが秋の晴天に響いた。


「じゃあ、気を取り直していただきましょうか。せっかくメイティとシーナが作ってくれたんだから」

 立ち直ったミレアの言葉を聞いてエディは待ちかねた様にシーナの弁当に手を伸ばした。本当は早く食べたくてしょうがなかったのだが、思わぬ展開が繰り広げられた為おあずけ状態になっていたのだから無理も無い。

「これで昼からの競技も頑張れるな」

 笑いながら言うデイブの手にはミレアの弁当箱があった。

「デイブ、バカ。そんなもん置いときなさいよ」

 ミレアが注意するがデイブは涼しい顔で応える。

「いや、全部こぼれたワケじゃないからな。お前、頑張って作ったんだろ」

「……バカ」

 言いながらも嬉しそうなミレア。

「あーあーお熱い事で」

「まったく、いつもは素直じゃ無いくせに」

「本当。いつもこうだったら良いのですけどね」

「きっと二人っきりの時はラブラブなんでしょう」

 ルーク達の言葉にお馴染みのフレーズが響く。

「腐れ縁だ!」

「腐れ縁よ!」


 昼からのプログラムが始まった。シーナの弁当で気合の入ったエディだったが、活躍する事は全く無かったのは言うまでも無い。


「あー、終わった終わった」

「面白かったねー」

「でも、今日はデイブに全部持ってかれちゃったね」

「ホント、全部の競技で大活躍だったものね」

「一番の見せ場はお弁当の時だったよね」

「その話は勘弁してくれよ」

 恥ずかしそうなデイブ。

「ところでシーナ、ひとつ質問しても良いかな?」

 ミレアが話題を変えようとしたのか言い出した。

「今日のお弁当、エディの為に作った様なものでしょ。最近よくエディと一緒にいるし、もう恋人みたいなものじゃない。どうして恋人じゃいけないの?」

「だって……」

 顔を赤らめて俯いてしまったシーナ。実はエディには言ってないもうひとつの理由があるのだった。

「恋人って、えっちな事とかしないといけないんでしょ?」

「はあ!?」

 予想の斜め上をいく答えに呆気にとられる一同。

「キス……とか、それ以上の……きゃっ」

 真っ赤になって両手で顔を隠すシーナ。いったい何を想像しているのだろうか?

「はあ……」

 呆れかえる一同。エディだけは耳まで真っ赤になっている。間違い無くけしからん事を想像しているのだろう。

「ミレアだってそうでしょ?デイブといろいろ……その、胸とか……えっちなコト……」

「はあぁ!?」

 赤い顔で指の間からミレアを見ながら言うシーナと、それ以上に真っ赤になるミレア。

「だって、恋人ってそういうものでしょ?」

「違あぁぁぁぁう!!」 

 大声で否定するミレア。ステラが諭す様に言う。

「シーナ。健全な男女交際って言葉知ってる?」

「だって、男はえっちなコトしか考えてないってお父さんが……」

 シーナのお父さんは正しい。思春期の男の頭の中なんてそんなものだ。

「まあ確かにそうと言えばそうかもしれないけど、そればっかりって事は無いでしょ」

 ミレアは言いにくそうに言った。そして拳を握りしめて強く言い放った。

「デイブもたまに迫ってくるけど、乙女の純潔、簡単に散らしてたまるものですか」

「そうなの?」

「そうよ!」

「余計な事言うな!」

 デイブは二人の時、実はミレアに迫ってるという事実を白日の下に晒け出され、叫び声を上げた。だが、ミレアはそれを無視する様にシーナに言った。

「だから、シーナもエディと付き合ってみたら良いんじゃない?」

「わかった。でも、ちょっとだけ考えさせて。いい?エディ」

「良いも何も、ボクは卒業まで待ってるって言っただろ。もちろん早く恋人になってくれたら嬉しいけどね」

 うつむき加減で言うシーナにエディ微笑みながら言った。ちなみに彼は、心の中ではこう叫んでいた。


――ミレア、グッジョブ!!――


「それが良いと思うわ。もし、エディが迫ってくるばっかりの男だったらスパッと別れてやれば良いのよ」

「ボク、そんな男じゃないよ~」

 良い方向に持って行ってくれたかと思ったら、奈落の底に突き落とす様な事を言うミレア。

 不満そうに言うエディを横目にシーナは笑顔で答えた。

「そうね。ありがとうミレア」

「ううん、頑張ってね」

「うん。でも、デイブ……ミレアに迫ったりしてるんだ……」

 綺麗にまとまったと思ったところにシーナの冷ややかな視線がデイブに突き刺さる。

「うわああぁぁ~~~、その話は忘れろ~~~」

 今度はデイブの声が澄んだ秋の空に響き渡った。



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