第20話 精霊との契約
夏休みはあっという間に終わり、精霊との契約の日がやってきた。
「いよいよ精霊に働いてもらう為に契約を行う訳だが、みんなよく考えたかね?」
ウォレフ先生が神妙な顔で話す。
「もちろんっすよ、先生」
「おおっ、デイブ、元気が良いな。みんなも大丈夫かな?それでは順番に契約の儀を行うから出席番号順に来なさい」
出席番号はアルファベット順で、Aから始まる。ちなみにルーク達五人の中ではデイブが番先である。
「んじゃ行ってくるぜ」
意気揚々とウォレフと契約の儀に入るデイブ。
「お前さんはウンディーネとの契約だったな」
「はい」
「よろしい。では始めるぞ」
ウォレフが何やら呟いて呼びかけると空気がひんやりし、ウンディーネが現れた。
「ウンディーネ」
デイブは声を出しかけたが、その声は飲み込まれた。現れたウンディーネは何度も対話したウンディーネとは違う感じがしたのだ。デイブが気圧されながらもなんとか契約の義を済ませるとウンディーネの姿が消えた。
「デイブ君、終わったよ」
ウォレフの言葉に長い息を吐くデイブ。
「いつものウンディーネと感じが違ってびっくりしたろう」
「ええ。正直ちょっと怖かったっすよ」
「あれが本来のウンディーネ、精霊の姿だ。君達が見ていたのは精霊のほんの一面でしかないのだ。それを忘れずにこれからも精進する様にな」
「はい、先生!」
それにしてもこの数ヶ月で一番成長したのはデイブかもしれない。ルークが転校して来た頃はウォレフをロートルの魔法使いと心の中ではバカにしていて、その為か精霊の声を全く聞く事が出来ない、ただのお調子者だったデイブ。そんなデイブが今ではウンディーネに気に入られるほどになった。ウォレフの感慨も一入だった。もちろん精霊との契約がゴールでは無く、これから更に厳しい授業や実習があるのだけれども。
契約の儀が終わってやれやれといった顔のデイブにエディが質問する。
「どうだった?もうすぐボクの番なんだけど」
「ああ。正直ちょっとビビったぜ」
「え~っ、デイブがビビったって……」
「こればっかりは口で説明しても仕方無いや。自分で感じて来い」
「脅かさないでよ~」
逃げ腰になってしまったエディにお呼びがかかる。
「う~、じゃあ行ってきます」
エディは泣き出しそうな顔でウォレフと教室を出て行った。
「びっくりした?」
デイブの耳にウンディーネの声が聞こえた。いつものウンディーネの声だ。
「びっくりしたっていうか、ビビったぜ。ウンディーネって、あんな顔もするんだな」
「私だって真面目な時は真面目な顔するわよ。あなたはいつもの私が出てくると思ってたみたいだけどね」
「そりゃそうだろ。俺はあんただから契約したんだぜ」
「それは光栄ね。じゃあもし、私以外のウンディーネが出て来たらどうしてたのかな?」
「それは無いと信じてた。あんたが契約の呼びかけに応じてくれるってな」
「ふふふ……やっぱりあなた、面白いわ」
「だろ? ウンディーネ、これからもよろしく頼むぜ」
「こちらこそね。あっ、それと大事な事言うの忘れてた」
クールビューティーという言葉が似合うウンディーネが珍しく笑顔を見せた。
「私と契約してくれてありがとう」
ウンディーネの気配は消えた。
「こっちこそありがとうな」
デイブは聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で返した。
暫くしてメイティの名が呼ばれた。ウォレフと共に教室を出るステラ。
「ウォレフ先生……」
何か言いたげなステラ。だが、その前にウォレフの口から驚くべき言葉が飛び出した。
「わかっておりますよ、ステラ様」
にっこり笑うウォレフ。
「!?」
ウォレフはメイティの正体に気付いていたと言う。驚きを隠せないステラにウォレフは笑いながら言った。
「それぐらいわからないとでもお思いですか? ルーク君だって、ルフトのル
ーク王子なのでしょう?」
「ウォレフ先生……いつからわかってたのですか?」
震える声で聞くステラにあっさり答えた。
「ルーク君がこの学園に来た時からに決まってるじゃないですか。記憶を失くしたルフトから来た王子と同じ名前の転入生。しかも転入にはドルフが絡んでいたとなるとね」
「上手くやってきたと思ってたのですが、先生の掌で踊っていたのですね」
「これでも上級魔法使いですから」
ウォレフの方が完全に一枚上手だった。恥ずかしそうに言うステラにウォレフは余裕の笑みを浮かべながら言った。しかしステラも負けてはいない。
「いくら魔法学院に来て欲しいと言っても魔法学園の方が良いと突っぱね続けた、王室としては困った上級魔法使いですけどね」
そう言ってステラは笑い返した。するとウォレフは楽しそうな声でその理由を語った。ゼクス王にも話していないウォレフが魔法学園にこだわった理由を。
「こっちの方が楽しいんですよ。たまにデイブ君みたいな子が出てきますから」
「魔法学院は真面目な生徒ばかりでつまりませんか?」
ステラの質問にウォレフは更に楽しそうな声で答えた。
「ステラ様だって、こっちの方が楽しいでしょう?メイティは凄く楽しそうですよ。それにステラ王女も最近よく笑う様になったとお聞きしてますよ」
ステラは困惑した。ルークが自分を思い出してくれなくて寂しいのに、よく笑う様になっていると言う。ミレアやデイブ、エディにシーナの存在の大きさをあらためて感じたステラ。
「おっと、長話しててはいけませんね。とは言ってもステラ様は既に精霊どころか複数の神々とも契約を契ってますから……やっぱりもう少し昔話でもしてましょうか?」
「そうですね。ステラとして先生とお話するのは久し振りですから」
くすっと笑ったステラ。二人が昔話に花を咲かせた後、ウォレフはステラに問いかけた。
「それで、ステラ様はルーク王子の記憶が戻ったらどうするおつもりで?」
「それは……」
「ルーク王子を止めますか? それとも……」
言葉に詰まり、俯いてしまったステラにウォレフは言葉を濁した。しかし、ステラはすぐに顔を上げて言った。
「止めることなんて出来る訳ありませんよね」
「おそらく」
頷くウォレフ。
「ならば私が出来る事は一つです」
ステラに出来る事、ウォレフには容易に予想出来た。
「そうですね。ルーク王子の無事を祈るしかありませんね」
予想を口に出したウォレフ。だが、返ってきたステラの言葉はウォレフの予想外のものだった。
「いえ、共に戦います」
「これは困ったことを。そんなことはルーク王子も望んで無いと思いますよ」
「そうでしょうね。でも……」
苦い顔のウォレフの言葉にステラは唇を噛み、拳を握り締める。
「ふう、やれやれ。幼い頃のステラ様はお利口さんでしたのに、メイティときたら。これだから魔法学園は……」
ウォレフは言葉の最後は濁したが、心の中ではこう思っていた。
――これだから魔法学園は面白い――
溜息を吐いたウォレフは言った。
「朱に交わればなんとやら。デイブ君たちに感化されましたかな?もっともルーク王子と一緒に居たいが為に名前まで変えて転入するぐらいですから元々そんな資質は有ったのかもしれませんがね。あっそうそう、今日メイティはシルフと契約したことにでもしておきますから」
「わかりました。ありがとうございました」
神妙な顔で頭を下げるとステラは席を立ち、ルーク達の待つ教室へ戻って行った。
全員無事に精霊との契約を終え、解散となった。いよいよ明日からは魔法使いとしての実習が始まる。期待と不安を胸にしながらもカフェでくつろぐルーク達。
「ねえねえ、メイティは誰と契約したの?」
早速ミレアが聞いてきた。ステラはウォレフが言った通りシルフと契約したと答え、逆に聞き返した。
「ミレアはやっぱりノームと?」
「ええ。ノームって治癒の力もあるんですって。みんなが怪我しても治してあげられるかなって」
「みんな……って、デイブがでしょ。剣の練習も頑張ってるみたいだしね」
ステラがストレートに言うと、横からエディの絶望的な声が響いた。
「ええ~~~っ メイティもシルフなの?」
「えっ いけなかったかしら?」
「いや、いけなくは無いけど、ボクとメイティが被るとは……比べられたら辛いなぁって」
肩を落とすエディ。
「何言ってるんだよエディ」
突然シルフの声がした。
「エディはまだボクと契約したばかりなんだ。これから時間をかけて成長していくんだよ。君もボクもね」
シルフの言葉に力付けられたエディは、あらためてシルフと契約して良かったと思い、強い意志で答えた。
「そうだね。シルフ、一緒に頑張ろう。これからよろしく」
こうしてルーク達はめでたく魔法使いの第一歩を踏み出す事となった。
そして次の日。
「おはよう。いよいよ今日から魔法使いとしての授業、実習に入るのだが……」
ウォレフ先生がいつもの様に教壇で喋る。
「昨日は自分の精霊と対話はしたかな?精霊との対話は非常に重要だ。必要な時にだけ精霊に呼びかけてもダメだ。普段から対話することによって精霊は契約時以上の力を発揮してくれる様になる。言ってみれば成長するのだ」
「えっ、そうなんですか!?」
昨日の事もあり、うんうんと頷くエディに対し、驚きの声を上げるデイブ。彼は契約さえすれば精霊の持つ全ての力が使えると思い込んでいたのだった。
「うむ。対話する相手によって個性も出てくる。なんと、外見までも変わってくるのだよ」
「マジっすか!」
更に驚くデイブ。外見が変わるという事は、ただでさえ綺麗なウンディーネが、より一層自分の好みのタイプになる可能性もあるのだから期待に胸を膨らませている。
「今は君達の契約した精霊は多分、同じ姿をしている。言ってみればそれはデフォルト。これから能力も外見も対話次第でどんどん変わって行くんだ。良い方にも悪い方にもな。だから精霊との対話は大切だとずっと言ってたんだよ」
ウォレフの話を聞いてデイブにひとつの疑問が浮かんだ。
「じゃあミレアが契約したノームも対話次第でちっさいおっさんの姿からイケメンの姿に変わるってことも……?」
「さすがにそこまでの変貌は聞いた事が無いな」
デイブのおバカな疑問に苦笑するウォレフ。
「だってさ。残念だったなミレア」
ウォレフの答えを聞き、あざ笑う様にミレアに茶々を入れるデイブの目の前にちっさいおっさん、いや、ミレアと契約したノームが現れる。
「何が残念だ、この小僧が」
「うわっ、出たっ」
突然現れたノームに驚き声を上げるデイブ。ノームは面白くなさそうな顔で言う。
「『出た』とは何じゃ『出た』とは。重ね重ね失礼なヤツじゃな」
「いや~すんません。でも、いきなり出てくるとは」
「あんたが変なコト言うからでしょ」
謝るデイブに呆れるミレア。ウォレフがノームをなだめる様に言った。
「まあまあ、ここは私に免じて許してやってくださいな」
「おう、ウォレフか。お前の生徒は面白いヤツばっかりだが、コイツは別格だな」
「でしょ。あなた達が気に入ってくれて嬉しいですよ」
「ほざきやがれ」
「あなたがミレアと対話してどう変わっていくか、実に楽しみですよ」
ウォレフの挑発的な言葉にノームの鼻息が荒くなる。
「おう、そこの小僧の期待通りイケメンになってやろうじゃねぇか。楽しみにしとけよ」
「へえ~ 随分大きく出たものね」
声と共にデイブと契約したウンディーネまで現れた。
「なんだ、お前さんも出てきたのかい」
「そりゃあ私の契約者が悪い精霊に絡まれてるのだもの、出ない訳にはいかないでしょ」
「誰が悪い精霊じゃ」
デイブの次はウンディーネと怪しい空気になりそうなノーム。ミレアは事の収拾を図ろうとノームに声をかける。
「まあまあノーム、そうムキにならないで」
「そうじゃな、この儂としたことが」
ミレアになだめられて落ち着いたノーム。するとウォレフがしみじみと呟いた。
「それにしてもミレアもデイブも大したものだ」
「えっ?」
「何がです?」
きょとんとするデイブとミレアにウォルフは微笑みながら言って聞かせる。
「気付いて無いのかね?」
「はあ」
「野外実習以来、君達のところに精霊がよく現れると思わないかね?」
「あ……」
「そういえばそうですね」
「すっかり慣れてしまって普通の事になってしまっているかもしれんが、これは凄い事なんだよ。君達以外でこんなに頻繁に精霊の方から姿を見せてくる者は居るか?基本的に精霊は自ら姿を現す事はしない筈なんだが、君達はよほど精霊に気に入られた様だな、これからもその調子でな」
いきなり褒められて上機嫌のデイブ。だがしかし、それ以外の普通の勉強は相変わらずさっぱりで、すぐに落ち込む事になるのだった。
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